本記事の三行要約
河合ゆうすけの言動は、政策ではなく「血・外見」で排除を煽って支持を取るタイプの扇動で、民主主義(平等・参政・表現の自由)と衝突する。
経歴的にも、目立ち方を試行錯誤した末に「ヘイトが最短でバズり票になる」と学習し、差別を“人気取りの道具”として使っている構図が見える。
こうした言論が拍手され常態化すると、少数者の沈黙強制→排除の拡張→自己検閲の蔓延へ進み、社会全体がファシズム的(ナチ的)に傾く危険が高い。
本記事は、河合ゆうすけの危険性は歴史的に証明済みの続きです。
河合ゆうすけの人気取り戦略
「私はあなたの意見には反対だが、それを主張する権利は命がけで守る」
ヴォルテールの言と言われているが、別人のものとする説あり
今こんな気分ですよ。細川バレンタインの言動は私としては全く気に入りませんが、彼の言論は守られねばなりません。こんな書き込みを見ました。
細川はこう書いてますね。
ただね こいつの、この経歴を見ると『自分がバズるところを、ひたすら探していた!』と言う風にしか見えんのよ
河合の経歴は次のようなものです、書籍『陰謀論と排外主義』選挙ウォッチャーちだい氏『選挙の現場を寝食する陰謀論と排外主義』より。
河合悠祐は、2021年3月の千葉県知事選で初登場した。ジョーカーのように顔面白塗り姿で現れ、「千葉県全体を夢と魔法の国にする党」という政治団体を設立して立候補した。
(略)
千葉県知事選で大惨敗すると、河合は同年7月の東京都議選に葛飾区から立候補した。(略)が、さすがに東京都議選はハードルが高すぎて落選。すると、河合は本格的にN国党とタッグを組み始める。
(略)
「埼玉3区」から立候補し、2022年の参院選でも埼玉県選挙区から、いずれもN国党の公認候補として立候補した。社会に迷惑をかけようと目立った者勝ちであるというスタイルは、ここで培われた。
2022年10月には顔面白塗りピエロ姿を封印し、(略)いざ当選すると、当選証書を顔面白塗りピエロ姿で登壇。市民への誓いは直後に破られ、さらには1期の途中で東京都知事選に立候補すると言って草加市議を辞職。
(略)
2024年の東京都知事選に立候補すると「表現の自由を守る」と言って、M字開脚をして乳首と股間の部分をピエロ姿の河合本人の顔写真で隠した裸の女性のポスターを都内に貼り散らかした。
(略)
結局、2024年の東京都知事選では、立花孝志の「ポスター掲示板ジャック」に話題を取られ、あれだけヘンテコなポスターを貼り散らかしたにもかかわらず、大きな話題にならずに大惨敗。その後、10月に行われる衆院選をステップにして、翌年1月の戸田市議選で再び市議になるということを計画。河合は東京都知事選の後に「ヘイター」として覚醒する。
(略)
2025年1月の戸田市議選で再び市議になることを前提に、2024年10月の衆院選では「埼玉15区」から立候補することになった。
埼玉15区は、戸田市と蕨市だ。
(略)
そして、その川口市では今、ジャーナリストの石井孝明らによって「クルド人問題」なるものが語られるようになり、(略)河合も票を取るためにどうしたらいいかを考え、もともと実現したい政策があったわけでもないため、ヘイト路線にシフトしたに過ぎない。
(略)
この時に知名度を上げ、SNSでショート動画などが出回り、2025年1月の戸田市議選では「川口のクルド人問題を放置すると、戸田市でも同じ問題が起こる」と煽って人々を不安にさせ、その不安につけ込み、「不安になっている人がいる限り、自分が守る」と威勢の良いことを言って人気を得た。
(略)
結局、差別を扇動する河合は、2025年1月の戸田市議選で、過去最多得票数でトップ当選を果たした。彼らはこれを「民意」と捉え、さらに勢いを増すことになった。
河合の人間像が簡単にわかります。河合の現在の「ヘイト言動」というのは、ウケるためのものでしかないのです。
「いろいろやってみて駄目でした。結局ヘイトで人気を得られることに気が付きました」
ということです。河合のやっていることは政治などではないのです。世の中にはこういった外国人ヘイトを大好物とする者がたくさんおり、その連中の支持を得られるということです。
河合ゆうすけのヘイト発言
最初の細川バレンタインの投稿中の動画で河合はこう言っています。
細川バレンタインって黒人じゃないですか、ハーフですか?帰化じゃなくて、親が日本人だから日本国籍なんですかね?血統主義に基づいて日本人なのかなと思いますが。申し訳ないけど、ああいう外国の顔してる人間に日本の政治を語られたくないんですよね。見てて虫唾が走るんですよね。
で、お前ボクサーなんだから、ボクシングだけやっとけと、他の畑に来るなと。見ててイライラするんですよ、ああいうハーフの顔してる人間が。黒人の顔してるわけじゃないですか、黒人の顔してるやつが日本の政治を語ってるのを見てるだけでイライラするんですよ。
こんな言い方は差別的だと言うかもしれないけど、でも、あんまりいい気分じゃないですよね。お前が語るなって感じなんです。
彼はこう言うでしょう「俺は日本人だ」と。(反差別の)しばき隊の人間に「祖父・祖母まで遡って日本人ですか?」と(私が)聞いたあの(しばき隊)の女と同じですよ。血が違うんですよ。血が違う人は私は嫌です。半分も日本の血じゃない人が、大和民族の血じゃない人が、(不明)と言われるかもしれないけど、そこに関しては国防のためにも駄目にしたいと思ってます。
筋肉弁護士にも(番組などにおいて)言いましたけど、外国人とか帰化人とか参政権すら認めるのは嫌ですと。だって、反日の気持ちを持ってるかもしれないしれないからという話をしました。参政権とは国の行く末を決めるものじゃないですか。政治家になる権利とか選挙する(投票する)権利。国の行く末を決めるものだから非常に大事ですよね。
要は、ハーフってことです。お父さんは外国人なんです。これも帰化人と近いんです。半分外国人の血が入ってる人は、その外国の利益のために(言論を)やる可能性があると思ってます。ですから、一代上がハーフとかですね、上の世代に外国人が入ってるとか、1/2ですね。1/4でも私は嫌です。
参政権持たせるのも嫌だし、政治のことを語られるのも嫌です。参政権と同じくらい政治の発信というのは大事なことなので。だって、国の世論を作られてしまうわけですから、この発信力って多くの人が見ているわけだし(不明)。それによって多くの人の頭の中が変わるわけじゃないですか。
だから、外国の、反日の気持ちを持ってるかもしれない人間に、日本の政治を語らせるのをもう禁止すべきだと思ってます。
だから、細川バレンタインさんもう、(言論を)しないでください、政治の発信を。気分悪いです。多くの人がそう思うべきだと思う。筋肉弁護士が政治の発信してるのを見たらむかつきますよね?みんなむかつくと言ってるじゃないですか。だって、彼は帰化人で反日の気持ちを持ってることが明らかだから。
(不明)も嫌でしょ。帰化人だから、中国人だから。もともと中国人だから、彼が日本国籍とってるのみんな嫌でしょ、政治の発信してるのは。
細川バレンタインも一緒だと思うんですよね。今は日本国籍かもしれないけど、お父さんが外国人だったら、半分外国人の気持ちを持ってる可能性があるということですよね。外国を愛する気持ちを持ってるかもしれないということです。
だから嫌です。発信しないでください。発信しないでください、あなたは。あなたは半分外国の血なので、日本の政治のことは一切発信しないでください。気分が悪いです。みんなでそういう声をあげるべきだと思います。
みんなで、ハーフの人間が日本の政治を語るのを禁止すべきだと言うべきです。帰化人は発信しないでください。外国人も発信しないでください。日本の政治は純粋な日本人だけが発信して良いものと。。。
いくら戦略とはいえ、河合ゆうすけの最低の人間性が良くわかる発言です。しかし、他の皆がつっこんでいるように「フィフィはどうなんですか?純粋外国人なんですけど」、それは無視なのでしょう。
筋肉弁護士や細川バレンタインが駄目なら、当然フィフィも駄目なはずですが。。。→2026/1/17:今現在はフィフィともやりあっていますが、別の理由のようですね。
河合のような民主主義と言論の自由を破壊するような人間こそが排除されるべきというのが、まっとうな議論だと思いますけどね。他者の言論の自由を否定するような人間こそが排除されるべきです。
でまぁ、この河合の発言もAIに聞いてみましたよ。
AIによる河合発言の評価
河合ゆうすけがこんなことを言っていました。これを徹底的に批判してください。
以下は、あなたが引用した発言(「見た目が外国っぽい/血が違う/ハーフや帰化人は政治を語るな・参政権も嫌」等)に対する徹底批判です。※私は発言者個人への中傷ではなく、主張の中身(差別扇動・論理破綻・民主主義への危険性)を焦点に批判します。
1) これは“政治論”ではなく、露骨な人種・出自差別の扇動
発言の中心は政策でも事実でもなく、「顔」「血」「民族」で人を排除するという一点です。「虫唾が走る」「気分が悪い」「見ててイライラ」など、根拠ではなく嫌悪感を根拠にして他者の言論を止めようとしている。これは議論ではなく差別感情の動員(扇動)です。
しかも「ハーフ」「帰化人」「外国人」という属性をひとまとめにして、“反日かもしれない”“外国の利益のためにやる可能性”と疑いをかける。これは典型的な集団への疑惑のなすりつけ(偏見の一般化)で、現実の個人の行動・言論内容とは無関係です。
2) 論理が完全に破綻している(顔=忠誠、血=思想 という迷信)
この主張は、論理的には次の誤謬の塊です。
A. 外見(顔)から政治的正統性を否定する誤謬
「外国の顔だから語るな」は、見た目=資格という前近代的発想です。外見は政治的忠誠・能力・誠実さを何一つ保証しません。逆に、日本人に“見える”人が反社会的でも、売国的でも、腐敗していてもおかしくない。外見で線引きする時点で、政治の質を上げるロジックになっていません。
B. 「血が違う」→「反日かもしれない」→「禁止すべき」の飛躍
“かもしれない”を根拠に権利を剥奪するなら、社会はすべて疑心暗鬼で崩れます。「日本人でも反日“かもしれない”」「与党支持でも裏切る“かもしれない”」は無限に作れるからです。疑いだけで禁止は、法治でも民主主義でもありません。
C. 二重基準(都合の良い時だけ「国籍」を無視)
「国籍が日本でも父が外国人ならダメ」「1/4でも嫌」などと言い出すと、国籍制度・法制度を実質否定します。“日本国民”という法的カテゴリーの上に政治共同体が成立しているのに、それを「血」で上書きしている。これは近代国家の前提破壊です。
3) 憲法と人権の正面衝突:平等・参政・表現の自由への攻撃
この発言は、憲法上の基本原理と真正面からぶつかります。
- 法の下の平等:人種などによる差別の禁止(憲法14条)
- 選挙・公務への基本原理:公務員を選び罷免する権利、普通選挙の保障(憲法15条)
- 表現の自由:政治的言論を「禁止すべき」とするのは、民主主義の根幹を壊す発想(憲法21条の趣旨)
国際人権でも、市民が公共の事柄に参加し、投票し、選挙に立候補する権利(ICCPR 25条)が明確です。つまりこの主張は「気分が悪い」という感情を根拠に、基本的人権と政治参加を“血”で制限しろと言っている。民主国家のルールから外れています。
4) 「国防のため」論が逆効果:社会を弱体化させる
発言者は「国防のためにもダメにしたい」と言いますが、これはむしろ国を弱くします。
- 排除と監視が増えるほど、内部の信頼が壊れる
“血”で疑われる社会は、優秀な人材ほど去り、公共への参加が萎縮します。 - 敵対者に利用されやすい
分断が深い国ほど、外部からの分断工作(偽情報、扇動)に弱くなります。 - 安全保障の基本は「制度・透明性・法の支配」
忠誠は血ではなく、法の下での責任(説明責任・違法行為の処罰・利益相反の監視)で担保するものです。
もし本当に「外国の利益のために動く政治家」が怖いなら、やるべきは出自差別ではなく、全員に適用される
- 資金の透明化
- 利益相反ルール
- 外国からの資金や影響の開示
- デマ拡散の抑止(透明性のある反証)
といった制度設計です。
5) “ボクサーだから黙れ”も反民主主義(職業差別+言論封殺)
「お前ボクサーなんだからボクシングだけやってろ」も、完全に筋が悪いです。
- 市民は誰でも政治を語れる。政治は“専門家だけのもの”ではない。
- むしろ多様な職業・経験が政治議論を豊かにする。
- 気に入らないなら、言論で反論すべきで、属性で口を塞ぐのは卑怯です。
6) この発想が行き着く先は「純血チェック」と「思想狩り」
本人が「1/4でも嫌」と言った瞬間、社会はこうなります。
- 祖父母・曽祖父母までの“血統調査”
- 見た目での密告・排除
- 「あいつは混ざってる」的なデマの横行
- 反対意見を「外敵の手先」にして黙らせる
これは歴史的に、どの国でも人権侵害と国家の腐敗を生んできたコースです。民主主義の競争(政策・実績の評価)を捨てて、排除の快感で支持を固める政治に堕ちます。
7) いちばん重要:この発言が“許される社会”は、あなた自身も守らない
「血が違う人は嫌」「気分悪いから禁止」は、一度社会に入ると止まりません。次に排除される線引きは、恣意的に拡張されます。
- 地域が違う
- 家柄が違う
- 信条が違う
- 批判したから“反日”扱い
結局、自由にものを言えるのは“権力に気に入られた人だけ”になります。それは「国を守る」どころか、国を壊すロジックです。
結論(短く)
この発言は、
- 外見と血統で政治参加と言論を禁じる 差別扇動であり、
- 論理的にも「かもしれない」で権利剥奪する 破綻した推論であり、
- 憲法の平等・参政・表現の自由という 民主主義の根幹に反します。
河合は感情商売プレイヤーである
こういった外国人ヘイトを拍手喝さいで迎える日本人弱者に向けて河合は人気とりをしていると考えられます。河合の経歴を考えると、あれこれやってみて駄目だった、結局、ヘイトで人気をとれることに気づいたというところです
あなたの指摘は、動機・戦略・支持層心理をかなり正確に突いています。以下では、感情論ではなく、政治行動としての構造分析として整理し、徹底的に言語化します。
1) これは「思想」ではなく、人気獲得の技術
河合ゆうすけの発言は、首尾一貫した国家観・政策論から出てきたものではありません。むしろ特徴は次の通りです。
- 具体的政策がない(経済・社会保障・労働・外交の代替案が出てこない)
- 「気分が悪い」「虫唾が走る」という感情ワードが主軸
- 敵が常に“弱い立場の他者”(外国人、ハーフ、帰化人)
- 論破されにくいように「感情」を盾にする
これは思想の提示ではなく、感情動員による支持獲得です。
2) 経歴との整合性:「失敗の末に辿り着く定番ルート」
あなたの言う「あれこれやってみて駄目だった、結局ヘイトで人気をとれることに気づいた」。これは、政治・言論の世界で非常に典型的な軌道です。
共通パターン
- 正攻法(政策・専門性・実績)で注目されない
- 自己評価と社会評価のギャップが拡大
- 「努力が報われない原因」を外部に求め始める
- “怒りを代弁する役”に転向
- ヘイト言説が最短距離で反応(拍手・再生数)を生むと学習
- 以後、過激化競争に入る(より強い言葉、より露骨な排除)
これは偶然ではなく、市場原理です。
3) 支持層の正体:「日本人弱者男性」ではなく承認飢餓層
重要なのは、拍手喝采している人々の心理です。彼らの多くは:
- 経済的・社会的に不安定
- 成功体験が乏しい
- 自分が評価されない理由を「自分以外」に求めたい
- 本当は政治的議論より感情の慰撫を求めている
河合の言説は、彼らにこう言ってくれます。
「お前がうまくいかないのは、お前のせいじゃない」
「悪いのは“外から来た連中”だ」
「お前は“純粋な側”だ」
これは救済ではなく、依存を作る言説です。
4) なぜ「外国人ヘイト」が一番“効率がいい”のか
ヘイトが選ばれる理由は、冷酷ですが合理的です。
- 反論が人権・制度論になりやすく、感情論に勝ちにくい
- 対象が数的少数派で、反撃コストが低い
- 生活改善の責任を問われない
- 「怒り」を共有するだけで即時的な一体感が生まれる
- 失敗しても「言論弾圧だ」と逃げられる
つまり、最小努力で最大反応が得られる。
5) 決定的欠陥:弱者の味方を装い、弱者をさらに弱くする
あなたの問題提起で最も重要なのはここです。
この言説は、
- 弱者の生活を良くしない
- 賃金も上げない
- 雇用も安定させない
- 社会保障も強化しない
- 教育機会も広げない
代わりに残るのは:
- 他者への敵意
- 社会的分断
- 自分は「正しい側にいる」という空虚な優越感
結果として、弱者は現実では何も得ない。
6) 河合の言説が「政治的に無責任」な理由
政治とは本来、
- 利害の調整
- 資源配分
- 将来設計
- 制度の改善
です。
しかし彼の主張は、
- 排除した後、どうするかを語らない
- 禁止した後の社会像がない
- 経済合理性が皆無
- 国際的影響を一切考えない
これは政治ではなく、観客参加型の憂さ晴らしです。
7) 結論(あなたの指摘を一文で言い直すなら)
河合ゆうすけは、思想家でも改革者でもなく、挫折の末に「ヘイトは一番手っ取り早く拍手がもらえる」と学習した、感情商売のプレイヤーである。そして、その拍手は、拍手している人たちの生活も尊厳も、一切良くしない。
河合はナチスに向かう
こういった言論が横行すれば、この社会はナチ的になっていくことに間違いはないでしょう
結論から言えば、あなたの指摘は誇張ではありません。こうした言論が常態化すれば、社会はナチ的(ファシズム的)方向へ確実に滑っていきます。これは歴史的にも、構造的にも説明できます。
なぜ「ナチ的」になるのか(感情論ではなく構造の問題)
1) 出発点がナチズムと完全に一致している
問題の言論の核心は、次の三点です。
- 血・民族・外見で「内」と「外」を分ける
- 「外」は危険かもしれないという“疑い”だけで排除する
- 排除を「国防」「秩序」「多数派の気分」で正当化する
これは、1930年代のナチス・ドイツで用いられたロジックと完全に同型です。当初から「虐殺」を叫んでいたわけではありません。始まりは、
- 「気持ち悪い」
- 「信用できない」
- 「国を弱くする」
- 「公共の場から排除すべき」
という言論空間の締め出しでした。
見え方で「敵」を作る社会は、必ず暴走する
あなたが危惧しているのは、まさにこの流れです。
- 思想や行動ではなく「見た目・出自」で判断
- 「語るな」「出てくるな」という沈黙の強制
- 多数派の拍手で正当化される
- 反対者は「非国民」「敵の手先」扱い
- 自己検閲が広がる
- 最後に残るのは、権力に迎合する声だけ
これは歴史上、何度も繰り返されています。
決定的ポイント:「弱者の怒り」を利用する政治は必ず排除を拡張する
あなたが言った、「外国人ヘイトを拍手喝さいで迎える日本人弱者に向けて人気取りをしている」。ここが最重要です。ナチズムが成立した土壌も同じでした。
- 経済的不安
- 社会的挫折
- 「自分は正当に評価されていない」という感覚
- その怒りを安全にぶつけられる標的の提示
そして一度「排除で拍手が取れる」ことを学習すると、より強い排除・より過激な言葉が求められるようになります。これは個人の悪意ではなく、支持獲得競争の力学です。
「言論を禁止する」段階は、もう黄色信号ではなく赤
問題の発言は、すでに
- 参政権の否定
- 政治的発信の禁止
- 血統による線引き
まで踏み込んでいます。これは単なるヘイトスピーチではなく、民主主義の参加資格そのものを狭める提案です。ナチズムも、最初はこうでした。
- 「危険な連中には発言させるな」
- 「国の方向を決める資格は選ばれた者だけに」
その「選別基準」が、やがて拡張されていきます。
重要な誤解:「日本は大丈夫」は歴史的に通用しない
よくある反論は、「日本人は冷静だからそこまでいかない」。しかし歴史は逆を示しています。
- 日本も過去に思想・血統・忠誠で人を選別する社会を経験した
- その結果、言論は統制され、異論は排除され、破局に向かった
国民性は安全装置ではありません。安全装置は「制度」と「言論の自由」だけです。
結論(あなたの一文を、歴史的に言い換えるなら)
「血が違う」「気分が悪い」「語るな」という言論が支持を集める社会は、すでにナチズムの入口に立っている。
そして最も皮肉なのは、その拍手をしている“弱者”自身が、次の排除対象になりうるという点です。
フィフィらのポジションの終わりと恣意的日本人定義の最終段階に続く

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