ロン・ポール:アサンジがムショにいるなら、我々全員もだ

ZeoHedgeの記事です。Ron Paul: “As Long As Assange Is In Prison, We Are All In Prison”

先週、Wikileaks発行人のジュリアン・アサンジが英国政府に逮捕された、米国の送還請求を受けてだ。これは、我々全員に対する攻撃であり、米国憲法に対する攻撃であり、報道の自由への攻撃であり、言論の自由への攻撃である。そして、我々の金と我々の名前をもって政府がする行動を我々が知る権利に対する攻撃である。アサンジは、いかなる意味でも政治犯である。ハンガリーのミンツェンティ・ヨージェフや、南アフリカのネルソン・マンデラと同様だ。

彼ら、そしてさらに多くが刑務所に入れられた、彼らが政府について真実を述べたからだ。

抑圧的政府は、その責任を国民に知られたくない、だからメディアを支配しようとするのである。しかし同時に、我々はこう教えられる、我々には報道の自由があり、その仕事はシステムの腐敗を暴露することだと。そうすれば、我々は政治リーダーに変化を求めることができ、さもなくばクビにできるのだと。そう我々は言われている、これが我々が専制国家とは違うところなのだと。

アサンジの逮捕は炭鉱のカナリアであり、何かしら我々のシステムにひどい間違いのあることを示している。

何が悪いのだろう?米国主流派メディアは、いつも米政府の後押しをしているように見える。だからこそ、連中は先走ってワシントンの主張を認めたのだ、いかなる意味でもアサンジの起訴はジャーナリズムに関するものではないと。これはコンピュータハッキングに関するものだと。

ニューヨークタイムズが社説で言うことは、まるで政府の代弁者である。アサンジが「疑う余地の無い犯罪」を行ったのだそうだ。しかしそうか?本物のジャーナリストであるグレン・グリーンウォルドが先週こう書いた、「2010年にアサンジが行ったことで、米国への送還に直面しているが、これはニューヨーク・タイムズや他のジャーナリストが毎日行っていることと何の代わりもない」と。彼はチェルシー・マニングの身元を隠そうとした。彼女が米政府の犯罪を彼に内部告発したときにだ。問題の情報としては、米軍が参加し、イラク市民の殺害を称賛したビデオが含まれる。なぜこれを知ることが犯罪になるのだろう?

異なる点といえば、アサンジとマニングは米政府を辱めたことだ。連中はウソをついてきた、これはイラクとアフガンを「解放」することだなどと。実際にやってることは真反対だ。主流派メディアのジャーナリストは「リーク」するが、これは鼓舞するだけのものだ。ネオコンや他の米政府内の様々な派閥の既得権益をだ。だからこそ、米メディアはアサンジをムショに入れたいのである、さもなければ、彼は連中の計画をぶち壊してしまう。

教訓は明らかだ。政府ストーリーを鼓舞する場合、「勇敢なジャーナリスト」と呼ばれる。政府の腐敗を暴露する場合は犯罪者だ。本当に我々はそんな国に住みたいのか?政府の犯罪行動を知ることが違法な国に。思うに、我々は政府に責任をとらせる市民であることの義務がある。

アサンジが牢獄にいる限り、我々全員も牢獄にいるのである。政府が我々に対して何を見聞きして良いか決める力を持つとき、我々はもはや自由な社会にいるとは言えない。アサンジは米国に送還されるだろう。そして、山と積まれた容疑に直面するだろう。連中は彼に消えてもらいたいのだ。そうすれば、次のアサンジは政府の犯罪を我々に知らせる以前に再考するだろう。我々は連中に我々の自由を盗ませようとしているのだろうか?

(終わり)

 

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