ジェームズ・コーベット:ディープステートとは何か?

本記事の三行要約

  • ディープ・ステートとは「国家は善・ディープ・ステートは悪」という単純な二項対立ではなく、国家そのものに内在するシステムであり、特定の秘密組織ではなく権力・利害が複雑に絡み合って自然発生する気象システムのようなものだ。
  • ピーター・デイル・スコットが2007年に英語で定式化したこの概念は、トルコのスレルリク事件に由来し、CIAの麻薬密売関与やCOG計画など、公衆への説明責任を持たない手段で目的を追求する国家の深部を指す。
  • ディープ・ステートを克服するには投票や立憲共和制への回帰では不十分であり、まずこの概念を正確に理解・言語化することが第一歩であると、コーベットは18年間の独立系メディア活動を通じて主張している。

What is the Deep State? – Questions For Corbett

0:00(オリジナル動画のタイムコードを示す)

真実は、あなたも私も知っているように、アンドリュー・ジャクソンの時代(1829-1837)以来、大都市の金融勢力が政府を支配し続けてきたということだ。ウッドロウ・ウィルソン政権(1913-1921)も例外ではない。この国は今、ジャクソンと合衆国銀行との闘いを、はるかに大きく広い規模で繰り返しているのだ。

 フランクリン・D・ルーズベルト大統領(1933-1945)、エドワード・マンデル・ハウス大佐への書簡、1933年11月21日。

この引用文は、これまでさまざまなドキュメンタリーで目にしたことがあるかもしれない。だが多くの引用文とは異なり(かなり多くの偽物あり)、これは本物だ。私がそうしたように、この引用の実際の出典を掘り起こすことができる。もちろん今日のエピソードのショーノートにリンクを載せておく。

そう、これは公然と認められた事実だ。何世紀にもわたり、政治家たちが繰り返し語ってきたことがある――表舞台に見える権力よりも、重要な意味を持つ力が舞台裏で動いているということだ。

「玉座の後ろの権力(the power behind the throne)」という考え方は、数百年前にさかのぼる。その表現自体、英語において二、三百年の歴史を持つ。この言葉を広めたのはウィリアム・ゴドウィン(ジャーナリスト・政治哲学者・小説家)で、1770年3月2日に上院でウィリアム・ピット――かつてのイギリス首相(1756-1761,1766-1768)――が行った演説を言い換えたものだ。演説当時、彼はすでに首相ではなかったが、在任中に経験した挫折と落とし穴について語った。

あらゆる重要な公共の施策に伴う障害や困難は、野党(反対派)から生まれたものではなかった。それらは、私が述べた見えない影響力と、その手下たちの働きによって形成され、育まれ、支えられた――最初は秘密の裏切りによって、次いで公的な影響力によって、そしてのちには公の場での謀議によって。そのような行為が長く続いた末に、私はついに、宮廷の中に王自身よりも大きな何かが存在するという確信を、不本意ながらも抱くに至った。

繰り返すが、これはかつてのイギリス首相が上院で行った演説だ。そしてウィリアム・ゴドウィンがこれを「玉座の後ろの権力」という言葉で広めた。

この概念はさまざまな呼び名で耳にしてきたはずだ。たとえば「エスタブリッシュメント(支配層、the  establishment)」という言葉もそのひとつだ。私が最近の「コーベットへの質問」で取り上げた「反エスタブリッシュメント(anti-establishment)」という言葉はどこから来たのか、何を意味するのか?

1955年9月、『スペクテイター』誌に寄稿したヘンリー・フェアリーはこう語っている。

エスタブリッシュメントとは、公式権力の中枢だけを指すのではない。それも含まれるが、むしろ権力が行使される公式・社会的関係の総体を意味する。

やはり同じ概念だ――公の目から隠れた場所で動く力が、表舞台に見せている権力よりも重要かもしれないということだ。

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こうした話をするなら、20世紀で最も有名な演説のひとつ、あるいは少なくとも最も有名であるべき演説を忘れるわけにはいかない。ドワイト・D・アイゼンハワー(1953-1961)の退任演説だ。彼はこう述べた。

政府の審議においては、求められるにせよ求められないにせよ、軍産複合体による不当な影響力の行使を警戒せねばならない。不適切な権力が不吉な形で台頭する可能性は現に存在し、今後も続くだろう。

そう、軍産複合体である。「玉座の後ろの権力」という概念を別の形で言い表したものだ。

そして、誰もが嫌う陰謀家の一人、ズビグネフ・ブレジンスキーがいる。2007年に思わず本音を漏らしたことを覚えているかもしれない。彼はこう言った。

人々を操る秘密結社などというものが存在するとは思わない。だが、もちろん、いかなる政治システムにも、表の取り決めと裏の取り決めがある。

そう、どのシステムにも、大衆が全く知らないまま行われ、しかし政治的現実に確実に影響を与えている「裏の取り決め」が存在する。

呼び名が何であれ――玉座の後ろの権力、黒幕(?)、エスタブリッシュメント、裏の取り決め――何世紀にもわたり、公に認められた権力の舞台裏で動く力や勢力の存在は、公然と認められてきた。

もちろん、もう一つの呼び名がある。近年ますます広まっているその言葉こそ「ディープ・ステート(深層国家)」だ。そして今日はこれについて話そう。

5:12

ようこそ、友よ。これはあなたが質問し、私が答えを提供する定期シリーズ「コーベットへの質問」だ。今週の質問は、エピソード485『ディック・チェイニーの暗い遺産』のコメント欄から取り上げる。そのポッドキャストをまだ聴いていないなら、ぜひ聴いてほしい。特に力強い内容だったと多くの人から伝えられている。

多くのフィードバックとコメントが寄せられた中に、ギルバートからのこんなコメントがあった。

一つだけ聞かせてほしい。あなたはディープ・ステートが存在すると無条件に主張する。私はこの話に懐疑的で、それは単に、農民たちに政府を通じた正義と公平な競争が可能だと信じ込ませるための、国家による別の誘導に過ぎないと思っている。国家がディープ・ステートに勝った例を一つでも挙げられるか?それができないなら、国家とディープ・ステートは同一のはずだ。重要な政府の問題を見ると、ディープ・ステートは常に勝っているように見える。今日あなたが絞殺者ディック・チェイニーに対して提示したすべての証拠をもってしても、国家の慈悲深い側が彼を刑務所に送ることができたか?いったい、この慈悲深い政府はかつて誰か注目すべき人物を投獄したことがあるのか?

ありがとう、ギルバート。これは用語そのものの根本的な誤解に基づいた質問だと思う。あなたの定義の中には――国家を慈悲深い政府、ディープ・ステートを悪意ある政府とうように対比させているように見えるが――それは私の概念や定義とは全く異なる。

数年前なら、どうしてそんな定義が生まれるのか想像すらできなかった。私の視聴者、コーベット・レポートにコメントを残す常連の購読者たちは、少なくとも私が「慈悲深い政府など信じていない」点を考慮してくれると思っていた。もっと投票しよう、という話ではない。コーベット・レポートを見ているなら、それが私の立場でないことはわかるはずだ。だから、私が絶対に言わないようなことを私に言わせないでほしい。

慈悲深い政府など存在しない。政府そのものが悪であり、悪意があり、力による支配だ。それは何度も述べてきたし、ここでも繰り返す。そんな区分――国家は善、ディープ・ステートは悪――など、どうして誰かが思いつけるのか、かつては想像もできなかった。

7:42

近年まで、「ディープ・ステート」という言葉は、陰謀論リアリストだけが使うような陰謀論用語の一つであり、使えば即座に指差されて「陰謀論者め」と嘲笑されるものであった。それが今では、通常の主流政治言説の一部となっている。

そしてこの「ディープ・ステート」という言葉の主流化の過程で、その言葉の意味は確実に劣化・矮小化された。その結果、「国家は善でディープ・ステートは悪だ」と誤って信じることが一部の人々の間で可能になってしまっている。

その典型例が、現在の米国大統領とその取り巻き、追随者、プロパガンダ屋たちだ。Qアノンやその他の盲目的な信者も含め、ディープ・ステートとは「アメリカを再び偉大にしようとしている善良なトランプと戦う民主党」であると彼らは決めてつけてしまった。

ドナルド・トランプ:ディープ・ステートを解体し、ワシントンの腐敗からわれわれの民主主義を永遠に取り戻す計画がここにある。腐敗、まさにその通りだ。

対談動画(出演者不明):「ディープ・ステートの代理人たち」とは何を意味するのか?それはFBIで働いていた、そして今もそこにいるかもしれない人々だ。おそらくその名前は数えられている。彼らはトランプ大統領に就任してほしくなかった。彼を自分たちの権力と支配に対する脅威と見なしていた。

FOXニュース・アンカー:ディープ・ステートが悪党を大統領の座に就けようとし、アメリカ人が望んだ男を破壊しようとしているのだ。

アレックス・ジョーンズ(ジャーナリスト、当時はトランプ支持):トランプには二つの選択肢があった。これほど著名な人々を全員起訴するか、あるいはその情報をディープ・ステートへの脅しに使うか。

トランプの投稿:今夜、我々は民主党の露骨な腐敗、フェイクニュースメディア、そしてディープ・ステートの悪徳官僚たちを強く非難する。これらの急進派が理解できるメッセージはただ一つ、2020年11月3日の圧倒的な敗北だけだ。

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ああ、民主党のディープ・ステートに苦しめられるかわいそうなドナルド・トランプのことを誰か考えてくれないか。Qアノンとホワイトハットが来て救ってくれれば、すべてが解決するのに。

これほど馬鹿馬鹿しく無意味な話が、政治分析の最低水準に陥っている。「トランプはエプスタイン・ファイルを使ってディープ・ステートを脅しているから公開できない」という話もそうだ。子供への性的虐待という吐き気を催すような行為を、民主党というディープ・ステートへの単なる脅し材料として使っているというのか。そんなことは絶対にない。

これほど酷い政治分析が近年主流化してしまったせいで、そのようなディープ・ステート観を持つ人々が、この言葉への言及そのものを左右対立の無意味なたわ言への迎合と捉えるようになったのは、ある意味理解できる。

面白いことに、この主流化と稀薄化は、私がほぼ11年前に気づいていたことだ。「ディープ・ステートの台頭、影の政府の主流化」という記事を書き、この現象について論じた。その中でこう書いた。

それは多くの名で呼ばれる。影の政府、ディープ・ステート、秘密チーム。名前が何であれ、概念は単純だ。可視的な政府の背後に、選挙で選ばれず、説明責任を持たない、ほぼ無名の集団が存在し、権力を行使し、いずれの政党や傀儡政治家が権力を持とうとも関わりなく長期的な目標に向けて動いている。忌まわしい陰謀論者コミュニティの領域に長く留まりながらも、この考えは長年にわたって時折浮上してきた。JFK暗殺は秘密チームについての内部告発や外部からの暴露を多数生んだ。イラン・コントラ事件はビル・モイヤーズ(ジャーナリスト・テレビキャスター・知識人)による「秘密の政府(The Secret Government)」についてのドキュメンタリーを生んだ。これは19年後の今も見る価値がある。9/11の際には影の政府が作動し始めたことが公然と認められた。しかし近年、奇妙な現象が起き、最近の数か月でそれが強まっている。ディープ・ステートや影の政府が政治を支配しているという考えが、米国においてさえ主流になりつつあるのだ。

そこから私はさらに様々な例を挙げた。ワシントンのベルトウェイ分析家(ワシントンの政治エスタブリッシュメントの内側に生きる専門家・論客)たちが書いたディープ・ステートに関する二冊の本、サロンやアメリカン・コンサーバティブの記事、連邦準備制度とのからみでディープ・ステートについて語った金融アナリストたち、ディープ・ステートについてのビル・モイヤーズのインタビュー、ボストン・グローブ紙の「いくら投票しても、秘密の政府は変わらない」という記事、ニューヨーク・タイムズ紙の「アメリカのエスタブリッシュメントはディープ・ステートを受け入れた」という記事。世界銀行のブログでさえ取り上げられていた。それらのリンクはすべてこの記事に含まれており、今日の「コーベットへの質問」のショーノートからもアクセスできる。

いずれにせよ、約10年前にディープ・ステートという言葉を主流化しようとする組織的な動きがあったことは明らかだ。当時、私は疑問に思っていた――なぜ今なのか、と。

「玉座の後ろの権力」というディープ・ステートの考えは、長年にわたって多くの政治家が認めてきた政治の一側面でありながら、広範な主流メディアの中で公然と論じられることは決してなかった。ところが、突如として議論されるようになった。この記事(『ディープ・ステートの台頭、影の政府の主流化』)はその探求であり、何が起きているのか、なぜ今なのか、という問いへの試みだった。

当時は全貌を掴めていなかった。この記事が書かれたのは2016年1月――トランプが2016年の選挙で共和党候補に選ばれる前のことだった。「アメリカを再び偉大に(Make America Great Again)」もQアノンも、すべてはま だ先の話だった。しかしこれは明らかに、その後に向けた準備段階だった。「いくら投票しても秘密の政府は変わらない」「アメリカのエスタブリッシュメントはディープ・ステートを受け入れた」という報道は、2016年から2017年にかけての「完全なアウトサイダー」への権力移行への準備であり、そのトランプの政権にはゴールドマン・サックスの内部者が複数おり、ポンペオや他の著名なディープ・ステート関係者が含まれていた。なんという革命的なアウトサイダーだろう。ディープ・ステートに対抗するには彼が必要だとでも言うのか。そして「ディープ・ステート」は、政権が変わっても変化しない官僚組織というような意味に変わっていった。そちらについて陰謀論的なことは考えなくていい、というわけだ。

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 もちろん、これは馬鹿げた話だ。主流メディアのディープ・ステート論、フォックス・ニュースやMSNBCで語られるものは、プロパガンダの戯言だ。

では実態はどうなのか。まず、ジョン&ニーシャ・ホワイトヘッドによる最近の記事から探ることができる。『泥棒による支配――警察国家はいつしか、金を払った者だけが恩恵を受けられる陰の政府へと変貌する』という記事で、彼らはクレプトクラシー(泥棒政治)の枠組みでこの問題を論じている。その中で彼らは、私が『ディープ・ステートの台頭』論説でも言及したプリンストン大学とノースウェスタン大学の研究を引用している。

研究者たちがアメリカを事実上の寡頭政治と結論づけてから10年以上が経つ。その研究では、「政治的な結果は富裕層、大企業、ビジネス集団に圧倒的に有利」であり、一方で一般市民の影響力は『非有意のゼロに近いレベル』にあることが示された。

そう、一つの視点ではある。大衆の前にぶら下げられた政治プロセスや権力のレバーには実質的な意味がない、という事実を把握するための。

ただ、これだけでは全体を捉えられないと思う。ここで示唆されているのは、クレプトクラシー(泥棒政治)というよりもプルトクラシー(富豪支配)ではないか。少なくともその観点から見れば、億万長者であるトランプは、プルトクラシーのシステムのアウトサイダーでは決してない。これである程度は掴めるが、それでも何が本当に起きているかを説明するには十分ではない。

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ディープ・ステートの真の説明を求めるなら、少なくとも英語圏においてこの言葉を作った人物、すなわちピーター・デイル・スコットに当たるべきであろう。私の常連の視聴者であれば、詩人・政治研究者・元カナダ外交官であるピーター・デイル・スコットの公式ウェブサイト、PeterDaleScott.net をご存知のことと思う。もしご存知でなければ、これを機に彼とその著作に親しんでいただきたい。

先に述べたように、彼は2007年にこの言葉をその文脈において英語で作った人物である。その例として、これが必ずしも最初の用例とは断言できないが、2007年にピーター・デイル・スコットが執筆したある論文がある。『9・11、JFK、そして戦争――アメリカのディープ・イベントに繰り返されるパターン』。これはピーター・デイル・スコットが以前から執筆し続けてきた、ディープ・ポリティクスとディープ・イベントについて論じたものである。

これが必ずしもこの言葉の最初の登場例とは断言できないが、ディープ・ステートという言葉の英語における最も初期の用例の一つであることは間違いない。では、この概念について彼が何を述べているか見てみよう。彼はこう言っている。

歴史とは記録されたものだとすれば、ディープ・ヒストリーとは、公式の書籍やメディアで意図的に隠蔽または抑圧される傾向にある出来事の総体だ。重要な近年のディープ・イベントとしては、1960年代の政治的暗殺、ウォーターゲート事件、イラン・コントラ事件、そして今や9/11がある。これらのディープ・イベントはすべて、私がディープ・ステートと呼ぶものに関わっている。ディープ・ステートとは、公衆への説明責任を持たず、公的な検証には耐えられない手段によって目的を追求する、国家の一部分だ。CIAとその麻薬密売組織との継続的関係は、ディープ・ステートの明白な側面の一つだが、唯一のものでもなく、おそらく最も汚いものでもない。ディープ・ステートという言葉は私の造語ではない。これはトルコ語の「ギズリ・デヴレト」または「デリン・デヴレト」の訳語であり、1996年の「ススルルク事件」によって明らかになったネットワークを指す言葉だ。事件とは、致死的な自動車事故で一緒に死んだ乗客が、国会議員、警察署長、ミス・コンテストの女王、そして彼女の愛人でトルコの麻薬密売人かつ暗殺者のアブドゥラー・チャトリだったというものだ。決定的だったのは、インターポールの指名手配リストに載っていたヘロイン密売人のチャトリが、トルコ内務大臣自身が署名した外交パスポートを持っていたことだ。事故当時、彼は麻薬を持ち込んでいた。

これがこの言葉の由来であり、真のディープ・ステートが位置づけられる文脈だ。これは網羅的な説明や定義ではないが、ピーター・デイル・スコットがディープ・ヒストリー、ディープ・イベント、ディープ・ポリティクス、そしてディープ・ステートについて語る際の方向性を示している。

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では、これをさらに詳しく知るにはどうすればいいか。ピーター・デイル・スコットの本格的な著作、『アメリカのディープ・ステート:巨大資本、大石油資本、そして米国民主主義をめぐる闘争(THE AMERICAN DEEP STATE: Big Money, Big Oil, and the Struggle for U.S. Democracy)』(2014年刊行、2017年改訂)がある。この本でスコットはディープ・ステートの概念を徹底的に検討している。ディープ・ステートについて知りたいなら、ぜひ読んでほしい。この短いポッドキャストで表面をなぞるのが精いっぱいの内容を、この本は余すところなく肉付けしてくれる。

目次を見ると、「ドゥームズデイ・プロジェクト、ディープ・イベント、そしてアメリカ民主主義の縮小」という章がある。コーベット・レポートの視聴者なら覚えがあるはずだ。以前に言及したエピソード485(ディック・チェイニーの暗い遺産)の中で、9/11前から計画されていた継続性政府計画と、それを実行したラムズフェルドとチェイニーについて、ピーター・デイル・スコットの研究を引用して論じたからだ。だから、既にこの概念にはなじみがあると思う。

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彼はまた、ディープ・ステート、ウォール街の支配層、そしてビッグ・オイルについても論じている。9・11におけるCOG(継続政府計画)がいかにして米国憲法を従属させたか。アルカイダのテロリスト、アリ・モハメッドに対する米国の保護のディープ・ヒストリー。ディープ・ステートがアメリカ国民ではなくアラブ湾岸諸国をいかに保護してきたか。「ディープ・ステートによるアルカイダ・テロリストの利用と保護」「CIA」「9・11とアフガニスタン・中央アジア」「深層権力が米国大統領に与えた打撃」「ドゥームズデイ・プロジェクトとディープ・イベント」「アメリカのディープ・ステート」「アメリカの無制御な安全保障国家」「アメリカの無制御な安全保障国家と無法状態」「アメリカ人はなぜアメリカの自己増殖する戦争を終わらせなければならないか」。

この本にはディープ・イベントとディープ・ヒストリーの分析が豊富に盛り込まれている。しかし本書の中で彼は、今日の我々の考察にとって重要と思われるいくつかのことについてさらに論じている。

例えば、彼は改めて、「ディープ・ステート」という言葉のトルコ語における起源——スレルリク事件と、それがトルコのディープ・ステートについて明らかにしたこと——を引用している。そして彼がその言葉をアメリカのディープ・ステート、さらには国際的なディープ・ステートを含む他のディープ・ステートを描写するために転用したことについても述べている。

ディープ・ステートの構造がどのようなものであるか、あるいはそうでないかについては、もう少し後で詳しく見ていくことにしよう。まずは彼がこの件について述べていることをいくつか見てみよう。 

例えば、スレルリク事件を詳述する中で彼は言う。

それが依然として大部分において不可解な情報機関関連の出来事——あるいは本書で私がディープ・イベントと呼ぶもの——であり続けている。それはジョン・F・ケネディ暗殺のような、アメリカにおける類似の事件と同様である。この交通事故に関する西側のほぼすべての記述は、それが事故ではなく意図された暗殺であったという主張を見落としている。

これもその事件の重要な側面の一つであるが、いずれにせよそれは今日の我々の考察とその特定のディープ・イベントの範囲を超えるものだ。しかし彼は、ディープ・ステートのさまざまな定義、長年にわたってそれについて語ってきたさまざまな人々、そしてそれが何を意味するのかについて、例えば次のように論じている。

これらのディープ・イベントが集合的にアメリカ社会の大きな変化をもたらしてきたと述べる際、私はそれらすべてを単一の操作的な秘密チームによるものと帰しているわけではない。むしろ私はそれらを、抑圧的な権力そのものの作用から生じるものとして捉えている。

この点については後ほど詳しく述べる。しかし繰り返すが、彼はこの言葉の意味、その歴史的起源、FDRのようにかつてそれを引用した人々など、さまざまな文脈で論じており、それが何を意味するかについても述べている。改めて、これを全文読むことを強くお勧めする。

では、ディープ・ステートの構造という問いに戻ろう。ここでもピーター・デイル・スコットは、まさにその概念・考え方について非常に重要なことを述べている。

ピーター・デイル・スコットのインタビュー:ディープ・ステートは長い間、本質的に多中心的なものだったと思う。私の本でも、それを構造として捉えることは誤りだと述べた。マイク・ロフグレンは著書の中で氷山のようなものだと言っている。見えない部分がほとんどだという比喩は参考になるが、問題は、見えない部分も見える部分と同様に固体だという印象を与えてしまうことだ。実際にははるかに非定形なものだ。私の本では、それは気象システムのようなものだと述べた。気象システムは定義が難しいが、ハリケーンが来れば非常に強力であることは誰にも疑いようがない。

さて、すぐには明らかでないかもしれないが、ピーター・デイル・スコットがそこで述べている点は非常に重要であり、立ち止まり、じっくりと考え、そこに覚えておく必要があると私は思う。なぜなら、またしても言語そのものが我々を裏切ることが明らかになるからだ。「ディープ・ステート(the deep state)」と言うとき、定冠詞(the)を使うだけで、私たちはそこに存在するかどうかわからない、あるいはスコットが言うように実際には存在しない形での構造や堅固さを暗に帰属させてしまう。まるでカード会員証のある組織で、会員でなければメンバーでないかのように。

私たちが使う言語や比喩が、分析を深く左右し、誤った方向に導く。その結果として「ディープ・ステートは民主党だ」とか「トランプはエプスタイン・ファイルを公開しないことでディープ・ステートを脅している、それはあなた方のためだ」などという馬鹿げたことになる。あるいは私がかつて批判したマンガ的な陰謀論――すべての陰謀家が一つの部屋に集まり、それぞれが台本を渡されるというもの。プーチン、あなたは明日これを言え。習近平、あなたは明日これを言え。トランプ、あなたは明日これを言え。ディープ・ステートを単一の構造として捉えることから生まれる、マンガ的な陰謀論だ。

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これは重要な点なので、ピーター・デイル・スコットの著作から引用してみよう。彼はインタビューと同様、マイク・ロフグレンを指摘している。ロフグレンはその著書でこう言っている。

ワシントンのモール(政治的中枢)の周りに、目に見える政府がある。そして、もう一つの影のような、より得体のしれない政府があり、市民教育や、ホワイトハウスや議会を観光する人々には観察できない。前者は伝統的なワシントンの党派政治で、C-SPANを見ている公衆が毎日目にし、理論的には選挙で統制可能な、氷山の一角だ。氷山の水面下の部分を私はディープ・ステートと呼ぶ。それは、誰が正式に権力を持っていようと関わりなく、独自の羅針盤で動く。

スコットが述べているように、この定式化は多くの人のものより真実に近い。確かに権力の見える部分と見えない部分を適切に示唆している。だが彼が主張するような氷山の比喩は誤解を招く。彼自身が、後の方で言っているが。

氷山という比喩は便利だが、ディープ・ステートと表の世界との関係が、あまりにも固体的・構造的であるような印象を与える危険がある。国家とは異なり、ディープ・ステートは構造ではなく、システムだ。定義は難しいが、気象システムと同様に現実のものであり、強力だ。

訳者の解釈:ディープ・ステートとは、誰かが意図的に設計した陰謀組織ではなく、権力・カネ・情報・利害関係が複雑に絡み合うことで自然発生的に生まれるシステムである。

本当に素晴らしい比喩だ。私が何度も言おうとしてきた概念を、これほど見事に言い表しているが、誰にもなかなか伝わらないと感じていたものだ。誰もが知る大規模なディープ・イベント――JFK暗殺、9/11など――は、一つの閉じた集団が決めて実行したものではないと、私は繰り返し主張してきた。そうではなく、特定のディープ・イベントの実現に利害が一致する複数のプレイヤーが存在し、それぞれがそれを起こすことに関心を持ち、事後の隠蔽にも同様に協力する、という仕組みだ。

これはその比喩によって単純かつわかりやすく言い表せる。あのハリケーンをもたらした気象システムの構成要素をすべて定義することはできないが、それが上陸すれば誰にでもわかる。先週の台北で蝶が羽ばたいたせいかもしれないし、それが何であれ、その時その場所でそのように収束したのだ。これがここで実際に何が起きているかを理解し解析するための、より良く有益な方法かもしれない。

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ではもちろん、こんな疑問が残る――もしディープ・ステートが水面下の気象システムと同じくらい曖昧で非定形なのであれば、それが何であるか、どのように動いているかをどうやって把握すればいいのか。

ここにも調整の原理がある。これについても私はさまざまな形で言おうとしてきたが、ピーター・デイル・スコットの言葉に任せよう。この概念の核心は「イデオロギー的収束」にある。実際に様々な政府機関、軍、諜報機関、企業、金融、ビルダーバーグや世界経済フォーラムや三極委員会などの組織の実際の一員であるかもしれない様々な派閥が存在する。しかし彼らを特定のディープ・イベントのために結びつけるのはイデオロギー的な類似性だ。

スコットはこれを「あらゆる社会に見られる二つの政治的文化的心性」として論じている。

それらはハンナ・アレントが定義した、権力と統治の二つの異なる対立するモードに対応する。一方は議論による説得、もう一方は力による強制だ。

アレントはトゥキュディデスに倣い、これをギリシャ人が内政を扱う一般的な方法(説得)と、外交を扱う一般的な方法(力と暴力)に由来するものとして捉えた(訳注:古代ギリシャ人は、国内では市民同士の説得・議論で政治を行う、対外では他国に対して力と暴力を行使するという二重基準を持っていた)。

別の論文で彼女は、暴力と権力(すなわち説得的権力)は同一ではないと書いている。権力と暴力は対極にある。一方が絶対的に支配するところでは、他方は存在しない。

開かれた立憲社会の規範として説得的権力を擁護するアレントの立場は、ハーバード大学教授サミュエル・P・ハンティントンとは対照的だ。彼は、社会的凝集のための前提条件としてのトップダウンの強制的な、あるいは「暗い権力」を擁護した(訳注:トップダウンの強制的権力こそが社会秩序の前提条件とした)。ハンティントンが称揚した強制的権力は、説得と開放性の権力とは相容れないものだった。彼の言葉によれば、「権力は闇の中にある時に強くある。日光にさらされると、蒸発し始める」。

32:20

思うに、ディープ・ステート(the Deep State, a Deep State)の概念を理解し始めると、問題の核心に近づいてくる。社会の中で共に生きる人間として前進するための方法として、開放性・透明性・説得・議論を支持する者と、社会的凝集をもたらすにはトップダウンの強制力しかないと考える者との間には、明確なイデオロギー的分断がある。

この根本的な区分こそ、ディープ・ステートについて語るときに問われていることだ。社会的凝集をもたらすためには暴力による権力しかないと信じる者たち。もちろんこれは非常に多くの側面と共鳴するはずだ。様々な陰謀家の政治哲学を見てきた人々、たとえばネオコンの先駆者たちが書いた「高貴な嘘」について、つまり様々な問題をめぐる公衆の結束を作り出すために語られなければならない嘘について。陰謀家たちは、自分たちが西洋文明やアメリカを救っていると本当に信じているかもしれない。しかし彼らはそれをこの特定の方法でやっているのだ。

これが様々な深層の歴史的出来事がどのように、なぜ起きるかを説明し、また様々なプレイヤーが他の点でイデオロギー的に対立していても、なぜある特定のディープ・イベントのために結集するかを説明する。これは大きな説明力を持つ概念だ。

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ギルバートのこれに関する立場が何であったかは正確にはわからない。しかし、ディープ・ステート、あるいはディープ・ポリティクス、ディープ・イベント、ディープ・ヒストリーをより深く検討したい人にとって、この方向性は実りある分析への道だと思う。それは実在し、観察可能で、今ではある程度認められている何か――すなわち公衆の前に公開された政治プロセスは存在するが、そのプロセスの背後にあるものは別のことが起きている、ということを特定できる。

それは立憲民主主義が良いものだとか、それを目指すべきだとかいうことを意味しない。しかし、政府はそのように描かれているが、実際にはその原則の上で機能していないことを意味する。これは重要な区分であり、理解され、言語化され、そして対峙されるべき重要な識別可能な現象だ。

この理解と言語化の段階を経て、Qアノン的な「トランプはディープ・ステートを脅迫している、みんなのために」という方向に堕落しないためには、実際に何が起きているかを特定するきちんとした形で言語化しなければならない。

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もちろん、そこで「ディープ・ステートをどうすればいいか」という問いの入口に立つことになる。ある意味では、それこそがコーベット・レポート、そして多くの独立系メディアのメンバーが——少なくとも私のキャリアを通じて、今や18年にわたるこの仕事の中で——ずっと追い続けてきた問いだと言えるだろう。

これは非常に重要な問いであり、このポッドキャストの残り数分で決定的な答えを出せるものでは到底ないことも明らかだ。しかし改めて、先ほど見ていたあの論文——「9・11、JFK、そして戦争――アメリカのディープ・イベントに繰り返されるパターン」——を参照するよう皆さんにお勧めしたい。その論文の中でピーター・デイル・スコットは、見てきたように、おそらく英語で初めてディープ・ステートという概念を定式化した。

そしてその直後に彼は重要な指摘をしており、それは後に『アメリカのディープ・ステート』という著書の中でさらに展開されている。この論文でその箇所を見てみよう。彼はこう述べている.

私が長年かけて学んだことは、これらのディープ・イベントをすべてまとめて見ることが有益だということだ。

これは……ああ、失礼。ハイライトしたのは違う箇所だった。別の箇所を見てみよう。

これらのディープ・イベントの研究は、JFK暗殺からほぼ半世紀が経つ中で、徐々に正当性を認められるようになってきた。その主な理由の一つは、インターネットやその他の新しいメディアの台頭であり、そこでは同じディープ・イベントがはるかに広範に扱われる傾向がある。もし新しいメディアが旧来のメディアの優先順位に対して優位に立つようになれば、真剣な公的言論にとって何が適切かという点でパラダイム・シフトが起きる可能性がある。

非常に重要な指摘だ。思い起こしてほしいのだが、これは2007年に述べられていたことだ。ちょうど私がコーベット・レポートを始めたばかりの時期であり、私と同じような多くの人々が独立系メディアの世界への参加を考え始めていた頃だ。

そしてそのパラダイム・シフトを実現すること。もちろん、それを自分自身の功績とするつもりはない。しかし繰り返すが、インターネット上の独立系メディアという現象は、正当な公的言論に関するパラダイムを実証可能な形で変えてきた。

私がかつてそれを表現した一つの方法として、今ここで再び例として挙げるならば——偽旗テロという概念は、20年前には一般の人々にとって考えられない、想像もできない、まったく理解不能なものだった。それが今や非常に一般的な概念となり、人々がその概念を理解しているがゆえに、主流メディアの見出しでも普通に使われるようになっている。

これは些細なことでも小さなことでもない。ディープ・イベント、ディープ・ポリティクス、ディープ・ヒストリー、そしてディープ・ステートへの理解と認識は、過去二十年の間に起きたことなのだ。

繰り返すが、ディープ・ステートを正しい方法で理解し表現することは、ディープ・ステートを克服するための非常に重要な一歩だ。これが何であるか、どのように機能しているか、誰がその背後にいるかを理解しなければ——繰り返すが、それを会員証を持つ固定したメンバーからなる硬直した構造として示唆することは、おそらく誤った見方だ——しかし様々なディープ・ヒストリー上の事件に誰が関与しているかを調べることは重要な作業だ。

それを行うことで、政治の舞台裏で動いているその隠れた構造に対抗するための方法をより深く理解できるようになるだろう。

39:05

ヒント、ネタバレ注意——答えは「もっと一生懸命投票する」ことではない。では「立憲共和制に戻ろう」ということか?それがどれほどうまくいくか?ああ、そうだ。それがまさにアメリカ合衆国そのものの話だ。「政府を縛り付けて、我々の僕にする、主人にはさせない」——そう言っていたのに、もちろん結果として世界史上最大の帝国になった。

いずれにせよ、投票も、民主的な意味での立憲共和制という公的な国家への回帰も、答えではない。私はそれを主張したことはないし、今後も決して主張しない——もしその点について疑問があるなら念のため言っておく。

しかしいずれにせよ、少なくともこれがどのように機能しているか、そしてどのようなゲームが行われてきたかを知るべきだ。

いずれにせよ、投票したり何らかの公的な民主主義的立憲共和国に戻ろうとすることが答えではないと、私は決して、一度も、これからも主張しない。もし疑いがあるとすれば、はっきり言っておく。

しかし少なくとも、これがどのように動いていて、どんなゲームが行われてきたかは知るべきだ。これほど多くの人が国家を信じるのは、権力が社会の中でどのように実際に動いているかを理解していないからだ。そして「ディープ・ステート」という言葉は、一般の人々の理解の扉を開く一つの潜在的な鍵だ。

今日は考えることが多かった。少なくとも今日のエピソードのショーノートに含まれるリソースを活用してほしい。CorbettReport.comで詳しく探ってみてほしい。

いずれにせよ、考える種として提供した。「ディープ・ステート(the Deep State)とは何か」、あるいは定冠詞を避けるなら「ディープ・ステート(Deep State)とは何か」、これは重要な問いだ。この概念を誤解してきた人々にとって、この答えの始まりになれば幸いだ。

以上で今日の探求を締めくくりたい。この種の会話のパラダイムを変えつつある独立メディアを支援したい方は、コーベット・レポートのメンバーになっていただければ、この活動を継続することができる。また、reportagebook.comで私の本もお求めいただける。

今日はここまで。コーベットレポート.comのジェームズ・コーベットが、この探求に時間を費やしてくれたことに感謝し、またすぐにお会いできることを楽しみにしている。

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ディープ・ステート。偽旗作戦。9/11の真実。連邦準備制度。秘密の戦争と隠された歴史。フェイク・ニュース。医療戒厳令。絶え間ないプロパガンダ。

ジェームズ・コーベット著 『リポルタージュ:新世界秩序についてのエッセイ集』。売られている場所で入手可能、なくなるまでは。

※日本語版は『ジェームズ・コーベット/まだ誰も気づいていない【認知戦争・認知支配】の全貌』として2026年5月末ヒカルランドより発売予定。

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