原爆なかった論の戯言:「広島原爆に必要なウランはなかった」論を検証する(1)

原爆なかった論の戯言シリーズはこちら

原爆なかった論の戯言:Trinity実験の偽装は不可能の続きです。

この記事の三行要約

  • Palmerは「1945年に兵器級U-235を十分量生産できなかった」と主張するが、実際の生産量・出荷量などの一次資料による物量的検証を示していない。
  • その根拠は、Grovesが濃縮事業の困難さを記した回想録、Fuchsの遅延報告、戦後ソ連の濃縮技術開発の苦労など、間接的な資料に依存している。
  • 一方、Manhattan District HistoryにはY-12からLos Alamosへの実際のU-235出荷量を示す一次資料が存在するため、まず1945年の生産・出荷記録を検証する必要がある。 

ここでもまた、『Michael Palmer / Hiroshima Revisited(邦訳:ミヒャエル・パルマー/偽装された原爆投下 広島・長崎原爆の物理学的・医学的エビデンスへの再検討)』を対象とし、Palmerの主張「広島型原爆製造に必要な量のウランはなかったはずだ」を検証していきます。

Palmerの論旨をかなり簡単にすると、

  • 広島型の「Little Boy」は濃縮ウラン(U-235)を大量に必要とする。
  • ところが、1945年当時の米国のウラン濃縮・生産実績や、残された資料を検討すると、実際に爆弾に投入できる量の高濃縮ウランが本当に存在したのか疑わしい。
  • したがって、広島で実際にウラン核爆弾が爆発したという公式説明に疑問がある。 

ただし、ここでは爆発直前までの経緯にのみ注目します。爆発及びその後の土壌検出などについては無視します。米国が実際にU-235爆弾爆発までこぎつけたのかを調べたいのです。

Palmerの主張

以前に見てきた1945/5/31暫定委員会におけるCompton発言についてです。

どうやら、この抜粋の一見すると淡々とした、目立たない表現のために、もともと「最高機密(top secret)」だったこの文書を機密解除した官僚たちは、その本当の意味を見落としてしまったようである。しかし、その意味は明白である。Comptonが述べる第1段階は、ウランの同位体濃縮である。これには、高度に濃縮されたU-235と、低濃縮のU-235の両方の生産が含まれる。高濃縮ウランは、広島型の爆弾を製造するためのものである。そして驚くべきことに、この議事録には、そのような爆弾が「現在、生産中である(now in production)」と記されている

(略)

こうした予備的な説明の後、Comptonはプルトニウム爆弾の実現可能性について論じている。彼によれば、原子炉によって生成された核種の混合物(nuclide mixture)は、現在すでに「ポンド、あるいは数百ポンド」という規模で得られている。¹²しかし、この混合物に含まれるPu-239の量は、最初に新しい原子炉燃料に投入されたU-235の量に比例する。おそらく、生成されたPu-239と供給されたU-235の比率は1未満だったと考えられる。したがって、「数百ポンド」にも及ぶ「濃縮物質(enriched material)」が存在したとしても、そこから得られる精製済みPu-239は、せいぜい数ポンド程度にしかならない

(略)

では、この議事録にある、「U-235爆弾は現在、生産中である」という主張を、果たして真剣に受け止めるべきなのだろうか?利用可能だった「濃縮物質(enriched materials)」の量が少なかったことは、原子炉級ウランでさえまだ不足していたことを示している。まして、原子爆弾の製造に必要な大量の高濃縮U-235が利用可能だったという話は、明らかにフィクション(fiction)である

あとからわかってくるのですが、Palmerのこれらの記述「驚くべきことに…生産中であると書かれている」「せいぜい数ポンドにしかならない」「明らかにフィクションである」は、色眼鏡で見ただけの感想でしかありません。彼は一次資料を見ていないからです。

それほどの量のU-235を生産できたのか?

P67:The enrichment of ²³⁵U was carried out at Oak Ridge, Tennessee. According to Groves, three different plants were constructed for this purpose, each of which implemented a different physical principle of isotope separation. The first type was based on electromagnetic particle acceleration, the second on gaseous diffusion, and the final one on liquid thermal diffusion. In each case, construction was begun before the technical details of the process in question had been fully worked out. For example, with respect to the electromagnetic plant, Groves explains [40, p. 95 f]:

²³⁵U(ウラン235)の濃縮は、テネシー州オーク・リッジで行われた。Grovesによれば、この目的のために3種類の異なる工場が建設され、それぞれ異なる物理原理に基づく同位体分離法を採用していた。最初の方式は電磁的な粒子加速に基づくもので、2番目はガス拡散法、最後のものは液体熱拡散法であった。いずれの場合も、対象となるプロセスの技術的詳細が完全に確立される前に、工場の建設が開始された。例えば、電磁分離工場について、Grovesは次のように説明している[40, p. 95以下]。

“We then had to design, build and operate an extremely large plant with equipment of incredible complexity, without the benefit of any pilot plant or intermediate development: to save time we had early abandoned any idea of a pilot plant for this process. Always we were driven by the need to make haste. Consequently, research, development, construction and operation all had to be started and carried on simultaneously and without appreciable prior knowledge.”

“L. R. Groves: Now it can be told.”より「われわれはその後、パイロットプラントも中間的な開発段階もないまま、信じられないほど複雑な設備を備えた、極めて大規模な工場を設計・建設し、運転しなければならなかった。この工程については、時間を節約するため、早い段階でパイロットプラントを設けるという考えを断念していた。常にわれわれは、一刻も早く進める必要に迫られていた。その結果、研究、開発、建設、そして運転を、十分な事前知識がほとんどない状態で、すべて同時に開始し、同時並行で進めなければならなかった。

Anyone with some experience in real-world research and development will understand that the chance of success of such a venture will be infinitesimally small. Groves, of course, claims that this plant was highly successful, as were both of the others.⁹ To determine if this claim is credible, let’s put ourselves in Groves’ shoes and consider the following question: If our first isotope enrichment process is successful, will we scale it up, or will we gamble on a second process that has not yet been proven? If our first two processes work, will we scale up the more efficient one, or will we take our chances on a third?

現実の研究開発について多少なりとも経験のある人なら、このような計画が成功する可能性が限りなく小さいことを理解するだろう。もちろんGrovesは、この工場が非常に成功したと主張している。そして、他の2つの工場についても同様に成功したとしている。⁹この主張が信頼できるものなのかを判断するために、ここではGrovesの立場に立って、次のような問いを考えてみよう。最初の同位体濃縮法が成功したなら、それを大規模化するだろうか。それとも、まだ実証されていない第二の方法に賭けるだろうか?最初の2つの方法がうまくいったなら、より効率的な方を大規模化するだろうか。それとも、第三の方法に賭けるだろうか? 

グローブズは「非常に困難だった」と記述していますが、しかし、「非常に成功した」とも主張しています。これに対してPalmerが行っているのは「無理だろう」という推測のみです。その他の個所を含めると、グローブズの著書についてPalmerが指摘するのは要するに、

  • Oak Ridgeでは3種類の濃縮方式を並行して開発した。
  • 建設開始時点で技術的詳細が完全には確立していなかった。
  • Groves自身も、研究・開発・建設・操業を同時並行で行ったと記述している。
  • Grovesのこの著書の該当箇所には、各方式について具体的なU-235生産量・最終濃縮度が書かれていない。 

他の部分を見てみましょう。

P68:3.6.2 The state of the art according to Klaus Fuchs
In his book Historical Dictionary of Atomic Espionage [66], Glenmore Trenear-Harvey quotes from a conversation between the physicist Klaus Fuchs, a member of the Manhattan Project and also a Soviet spy, and his spy handler Harry Gold from February 5th, 1944:

3.6.2 クラウス・フックスによる当時の技術水準
Glenmore Trenear-Harveyは著書 Historical Dictionary of Atomic Espionage [66] の中で、マンハッタン計画のメンバーであり、同時にソ連のスパイでもあった物理学者クラウス・フックスと、彼の情報提供担当者であったスパイ・ハンドラー、ハリー・ゴールドとの1944年2月5日の会話から、次の発言を引用している

“The work involves mainly separating the isotopes . . . should the diffusion method prove successful, it will be used as a preliminary step in the separation, with the final work being done by the electronic method. They hope to have the electronic method ready early in 1945 and the diffusion method in July 1945, but K [Fuchs] says that the latter estimate is optimistic.”

「作業の中心は、主として同位体を分離することである……もし拡散法が成功することが証明されれば、それを分離工程の予備段階として使用し、最終的な分離は電子的方法によって行うことになる。彼らは、電子的方法を1945年初頭までに、拡散法を1945年7月までに準備することを期待している。しかしK[フックス]は、後者の見積もりは楽観的だと言っている。

Again, according to Trenear-Harvey, Fuchs met with another spy handler, Stepan Apresyan, in June 1944 and reported that

さらにTrenear-Harveyによれば、フックスは1944年6月、別のスパイ・ハンドラーであるステパン・アプレシャンと会い、次のように報告した

“the ISLANDERS [British] and the TOWNSMEN [Americans] have finally fallen out as a result of the delay in research work on diffusion.”

「ISLANDERS[イギリス側]とTOWNSMEN[アメリカ側]は、拡散法の研究の遅れをめぐって、ついに仲違いした。

Fuchs continued working for the Soviets throughout the war and afterwards, but he never could give them a description of a viable enrichment process. This is apparent from the technical development pursued during the late 1940s and early 1950s by the Soviets themselves. The German physicist Max Steenbeck, who played a leading role in this effort, gives a first-hand account of it in his autobiography [67]. Before the experimental work began, the Soviets conducted broad consultations to identify the most promising physical principles of separation, and indeed there were some false starts before the successful development of the gas centrifuge. Thus, even though the Soviets had supposedly come into possession of America’s most prized atomic secrets, clearly those secret files did not tell them how to enrich ²³⁵U.

フックスは戦争中、そして戦後もソ連のために活動を続けた。しかし、彼は実用可能な濃縮プロセスについての説明をソ連に与えることができなかった。これは、1940年代後半から1950年代初頭にかけて、ソ連自身が進めた技術開発からも明らかである。この取り組みにおいて中心的な役割を果たしたドイツ人物理学者マックス・シュテーンベックは、自伝 [67] の中で、その過程について自らの経験に基づいた記述を残している。実験作業を開始する前に、ソ連は、どのような物理的分離原理が最も有望なのかを特定するため、幅広い検討を行った。そして実際、最終的にガス遠心分離法の開発に成功するまでには、いくつかの失敗や試行錯誤があった。したがって、ソ連はアメリカの最も重要な核兵器関連機密を手に入れたとされているにもかかわらず、それらの機密文書には、²³⁵U(ウラン235)をどのように濃縮するのかという方法までは明らかにされていなかった。

まるで論拠になっていません。単に、

  • スパイがソ連に濃縮法を伝えられなかった(ソ連が濃縮技術に苦労したことを問題視。何の関係が?)
  • 遅延について米英に仲違いが起こった

と言ってるだけです。

そして、Palmerは、本書を通じて工場の実際の生産量報告資料などは一切参照していないようです。つまり、本になったものを読んで推測しているだけなのです。Palmerは、これでも本当に学者なのでしょうか?信じがたいことです。正直なところ、そんな感想を持ってしまいます。

Palmerが本来すべきだったこと

Palmerの「U-235が十分あったはずはない」主張の立証のためには、どう考えても以下が必要と思いますが、違うでしょうか?

その上で、このストーリーのどこに穴があるかを指摘しなければならないはずです。グローブズの独白やスパイがソ連に技術を伝えられなかったことなど関係ありません。あまりに論証が弱すぎます。

念の為にAIにもPalmerの著書においてU-235生産量データを参照している形跡がないかを調べてもらったのですが、以下の回答でした。

以下AI—————-

 Palmerの最新版 Hiroshima Revisited(Version 1.9, July 20, 2023)のPDF本文と巻末Bibliographyを確認しました。結論としては、Palmerは、第3.6節の「1945年に兵器級U-235を大量生産できたのか」という議論で、Manhattan District Historyの実際の生産・出荷記録を参考文献として挙げていません。

Palmerの第3.6.1節は、Oak Ridgeについてほぼ完全にGrovesの Now It Can Be Told に依存しています。本文では、

“According to Groves, three different plants were constructed…(Grovesによれば、この目的のために3種類の異なる工場が建設され)”と始まり、Grovesのp.95以下を引用しています。さらに脚注9で、“With none of the plants, however, does Groves give any numbers as to the degree of enrichment achieved, or the amounts of enriched materials obtained.(しかし、どのプラントについても、グローブスは、達成された濃縮の度合いや、得られた濃縮物質の量について、具体的な数値を示していない。)”としています。

そして巻末Bibliographyを見ると、[40] L. R. Groves: Now it can be told. Harper & Row, 1962.はありますが、Manhattan District History、Book 5, Volume 6、Electromagnetic Operation: Top Secret Appendixという資料はありません。

第3.6.2節も確認できます。こちらで使っているのは、[66] G. Trenear-Harvey: Historical Dictionary of Atomic Espionage.と[67] M. Steenbeck: Impulse und Wirkungen.です。つまり、

3.6.1→ Groves
3.6.2→ Fuchsの情報を引用するTrenear-Harvey、戦後ソ連の技術開発を扱うSteenbeck

という構成です。さらに重要なこととして、Palmer自身が第3.6節の冒頭で、“We might therefore wonder if the technology for producing bomb-grade uranium even existed in 1945.(したがって、そもそも1945年に兵器級ウランを生産する技術が存在していたのか、疑問に思わざるを得ない)”と問題を設定しています。

ところが、その後に1945年のOak Ridgeの実際の生産量を示す表・月別データ・出荷記録は出てきません。むしろPalmerは、

  • Grovesの本に濃縮度・生産量の数字がない
  • 3方式を並行して建設した
  • これは成功しそうにない
  • Fuchsも1944年には遅延を報告していた
  • ソ連も戦後濃縮に苦労した
  • “the technology for enriching uranium to bomb grade, in quantity, did not exist in 1945.”

という論理で結論しています。ここはかなり重要な発見です

先ほど私が紹介した、Manhattan District History, Book 5, Volume 6, “Electromagnetic Operation: Top Secret Appendix”には、実際にY-12からLos AlamosへのU-235出荷量を記録したグラフが存在します。しかもこれはManhattan Engineer District / U.S. Army Corps of Engineersの内部公式史です。1947年10月7日付の資料として保存されています。ところが、PalmerのBibliographyにはこの資料がありません。これはかなり重要です。

したがって、現時点で言えること「Palmerは絶対にこの資料を見ていない」とまでは、参考文献に載っていないだけでは論理的に断定できません。しかし、少なくとも本の本文では、この一次資料を使って実際の生産量を検証していない。そして、巻末参考文献にもManhattan District Historyの該当巻は掲載されていない。これは確認できます。

さらに第3.6節そのものを見ると、実際の生産量を検討した形跡がありません。したがって、今までの議論を一段正確に言い直すと、Palmerは「1945年に大量の兵器級U-235を生産できたか」という核心的問題について、実際のOak Ridge生産記録を提示して否定しているのではなく、Grovesの回想録、1944年のFuchs情報、戦後ソ連の濃縮技術史などから間接的に否定しようとしているという評価になります。

そして、これはかなり大きなポイントです。Palmerが使っていない一次資料に、実際の生産量が記録されている。次は、そのManhattan District Historyの原資料そのものを開いて、1945年3月・4月・5月・7月・8月初頭の実際の記録を確認するのがよいです。そうすれば、「Palmerが見落としているだけなのか」「その記録自体に別の問題があるのか」まで踏み込めます。

まとめ

実際の生産量については、次回見ていこうと思いますが、Palmerが一次資料にあたっていないことは明らかです。単に

  • グローブズの著書によれば、かなりの困難性が明らかだし、具体的な数字が提示されていない。
  • Glenmore Trenear-Harveyの著書によれば、ソ連スパイが濃縮法をソ連に伝えられなかったため、ソ連が苦労した

という話なのです。これが論拠になりますか?再度ですが、以前の資料で見たように、暫定委員会での議論ではいかにも「原爆開発順調っす!」という感じで事が進められていました。ということは、U-235の生産量報告もそれに見合ったものなくてはならないはずです。

仮にそれらがすべて嘘であるとしてもですよ。辻褄が合うような数字が出てきているはずです。

 

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