原爆なかった論の戯言:パレラルワールド映画「もし原爆が偽装だったら」絶賛公開中!(ウソです)の続きです。
この記事の三行要約
- Trinityは、数百人の科学者・技術者・軍人と大量の計測設備を動員した大規模実験であり、単純な「爆発の演出」ではない。
- PalmerはTrinityを通常爆薬や特殊効果による偽装と推測しますが、誰が・何を・どう偽装したのかという具体的な工程や証拠を示していない。
- したがってこの説を成立させるには、多数の関係者・計測記録・爆発後の放射性物質などを一貫して説明できる、具体的な偽装シナリオが必要になる。
ここでもまた、『Michael Palmer / Hiroshima Revisited(邦訳:ミヒャエル・パルマー/偽装された原爆投下 広島・長崎原爆の物理学的・医学的エビデンスへの再検討)』を見ていきます。
結論から言えば、Trinity実験を偽装とするのは物理的に不可能です。Palmer・林(おそらく林も否定していることでしょう、読んでませんが)に残された道としてはこうです。Trinity実験に関わった者ほぼ全員がウソをついており、記録フィルムや計測データもすべて捏造と証明することです。それ以外にはありません。
Trinity実験とは何か?
「原爆なかった論」の人たちは、どうやってもTrinity実験を潰さないといけません。簡単に経緯まで書くと、こうです(資料はこちら)。
- 広島8/6のウラン-235爆弾(Little Boy)については、科学者たちには絶対の自信があり、実験を行う必要もないと考えていた。広島がぶっつけ本番だった。ウラン-235が貴重だったという事情もある。
- 長崎8/9のプルトニウム爆弾(Fat Man)については、不確実だったため、実証実験の必要があった。
- そこで、7/16に長崎型原爆をニューメキシコ州の Jornada del Muerto(死者の旅)砂漠でテストした。これがTrinity実験と呼ばれる。
場所はこんなところです。現在は「ホワイトサンズ・ミサイル実験場」の中だそうです。当時の資料では、「アラモゴード」と呼ばれることが多いのですが、その呼び方は、地理的には大雑把すぎるとのこと。
このTrinity実験が、「原爆なかった論」の人たちにとって非常に厄介な理由はこうです。
- これが本物だと、少なくとも長崎型が本物だと認めざるをえなくなる。
- 広島・長崎については、爆発の瞬間は上空の観測機からしか見ることができなかったが、Trinity実験は事前に多数の計測器などが置かれ、その効果が明確に記録されている。
Palmerの主張
Palmerは、5/31の暫定委員会の議事録を参照してこう書いていますね。
Comptonの言葉からは、最初のプルトニウム爆弾を組み立てられるようになるまで、会議の時点からなお2年が経過しなければならないことになる。したがって、プルトニウム爆弾が、わずか6週間後にアラモゴードで行われたとされる伝説的な(Trinity)実験のために準備できていたはずはなく、ましてその3週間後の長崎への爆撃に使用できたはずもない。
さらにこうです。
レスリー・グローブズと、その場に出席していたすべての科学者たちは、実際の状況を把握していたと考えることができる(assume)。
(略)
しかし、ウラン爆弾について欺かれていた可能性のある出席者でさえも、その後まもなく、アラモゴード(※7/16Trinity実験のこと、プルトニウム爆弾の試験)と長崎(※8/9)でプルトニウム爆弾が爆発したという話は、到底事実ではあり得ない(could not possibly be true)ことを理解していたはずである。
Palmerの主張としては、こうです。グローブズやオッペンハイマーらの科学者たちは、「ウランだろうがプルトニウムだろうが原爆なんか作れないよ!」とわかっていたのであり、この会議の出席者たちも、ウランについては騙されていたものの、プルトニウムは不可能だと認識していたというのです。
ですから、出席者たちは、Trinity実験や長崎投下(両者ともにプルトニウム)を見ても「ウソだ」と思ったに違いないというのがPalmerの主張です。
どうやって偽装したのか?
5/31暫定委員会出席者と7/16Trinity実験の立会人として共通する者は次です。
| 人物 | 5/31 暫定委員会での立場 | Trinityでの立場 |
|---|---|---|
| Vannevar Bush | 暫定委員会メンバー、OSRD長官 | Trinity立会い。Bush・Groves・ConantとBase Campから観測 |
| James B. Conant | 暫定委員会メンバー、NDRC議長・Harvard学長 | Trinity立会い。Bush・GrovesとBase Campから観測 |
| J. Robert Oppenheimer | 暫定委員会の科学諮問パネル(Scientific Panel)メンバー | Los Alamos所長。Trinity実験の科学責任者として立会い |
| Leslie R. Groves | 委員会の正式メンバーではないが、5/31会合に出席 | Manhattan Engineer District責任者。Trinity立会い |
Palmerによれば、グローブズとオッペンハイマーは「ウランも含めて原爆など作れっこない」と「わかっていた」のであり、他の出席者Bush、Conantも「プルトニウム爆弾などできっこない」と「わかっていた」はずですね。
そして、Palmerによれば、特にグローブズとオッペンハイマーは、「原爆製造順調っす!」と騙す側です。極めて重大な問題としては、どうやって騙しを行ったのでしょう?このメンバーだけで準備して爆発させたわけではありません。多数の科学者・技術者・軍人が関わった大規模な実験だったのです。
キビシイって(筋肉弁護士風)
しかし、Palmerの書籍での議論はおおよそこうです。
- あれこれと理屈をつけ、Trinityは偽装だったとする
- しかし、グローブズとオッペンハイマーがどうやって偽装したのか、どう計画し、誰が実行し、誰が知っており、誰を騙し、どうやって証拠を捏造し、どうやって秘密を維持したのかが一切説明されていない。
本筋から外れるので特に引用しませんが、鉄塔が溶けてないだの、旗が立ったままだのといういちゃもんをつけているだけです。
再度確認しておきますが、Palmerの主張から論理的に導かれることは、こういうことですよ。
- 少なくとも5/31の時点では、グローブズとオッペンハイマーは「原爆など作れるはずがない」とわかっていたのに、「できます!」とウソをついていた。そのため、7/16のTrinity実験を原爆であるかのように偽装する必要があった。
- 7/26に日本への攻撃命令がくだる。この時点でも米政府側は騙されていたのだろうか?あるいは、この時点では、既にグローブズやオッペンハイマーとぐるだったのだろうか?
- 8/6広島に投下。どう考えても、この時点では米政府や軍が全面的に偽装に協力し、日本側も協力していなければありえない。
- 8/9長崎に投下。同上である。
Trinity実験はどの程度の規模だったのか?
当然ですが、ここでの視点としては、爆発の規模や放射能ではなく、どれだけの人を巻き込んでいたかということです。これを調べるのは大変な作業なので、AIにまとめてもらいました。まぁ、公開情報からわかることなので、大きく間違ってることはないでしょう。
以下AI———————-
Trinityは、数人の科学者が砂漠に爆弾を持って行って爆発させたような実験ではありません。1944年から準備が始まり、最終段階では数百人が現地で作業し、Project Trinity全体では数千人が関与した巨大な軍事・科学プロジェクトです。
規模を数字で見る
| 項目 | 規模 |
|---|---|
| 準備開始 | 1944年秋ごろ |
| Trinity計画全体 | 数千人が参加 |
| 1945年7月16日、現地にいたことが確認できる人数 | 約355人(film badge記録) |
| うち防護用シェルター | 99人 |
| 避難部隊 | 144~160人 |
| 避難部隊の車両 | 約140台 |
| 最終2週間の技術要員 | 約250人 |
| 主要観測シェルター | 3か所 |
| Ground Zeroから主要シェルターまで | 10,000 yards ≒ 9.15 km |
| 最も近い有人観測地点 | 約5.7 miles ≒ 9.2 km |
| 爆弾設置塔 | 高さ100 ft ≒ 30.5 m |
| 予備試験 | 100 tons TNT(5月7日) |
| Ground Zero周辺 | 数百台・多数の計測機器、ケーブル等 |
現場は「爆弾+砂漠」ではない
実際のTrinity Siteには、かなり大規模な施設群が作られました。中心がGround Zero。そこに高さ約30mの鉄塔を建設し、その頂上にGadgetを設置しました。その周囲には、計測機器、カメラ、放射線検出器、圧力・衝撃波測定装置、爆発光・火球の観測装置、高速度撮影装置、電気的なタイミング装置、信号ケーブル、遠隔操作設備などが配置されました。特に重要なのは、数百個のフィールド計測器をGround Zero周辺に配置し、それらを地上・地下の信号ケーブルで記録装置につないでいたことです。
つまり、爆発するGadget(実験用の爆縮型核爆弾)だけではなく、Gadget → 爆発 → 放射線・衝撃波・熱・光 → 多数のセンサー → ケーブル → 記録装置という巨大な測定システムだったわけです。
「予行演習」までやっている
さらに重要なのが、5月7日の100トンTNT実験です。これは核爆発ではありません。100トンのTNTを使って実際に大規模爆発を起こし、計測装置が正常に動くか、爆風をどう測定するか、放射性物質がどのように拡散するか、機器をどこに配置するべきか、本番後にどう回収するかなどを事前に検証しました。
つまり、5月7日:大規模な予行演習→7月16日:本番です。
※Gadgetの破壊力はTNT換算21,000トンとされている。
人員については特に面白い数字があります
Kenneth BainbridgeのTrinity試験報告書によれば、最後の2週間だけで約250人のY部門の技術要員がTrinityで技術作業に従事していました。しかも、それ以前の4週間では、そのうち約2/3~3/4程度がフルタイム、さらに4か月前には約半数程度だったとされています。したがって、7月16日の一発のために、最後の数週間だけでも数百人規模の専門家が現地で働いていたと考えることができます。
そしてこれは科学者だけではありません。物理学者、化学者、電気技術者、爆薬技術者、計測技術者、通信技術者、建設作業員、運転手、警備兵、軍警察、医療要員、放射線監視員、事務員、食事・宿営担当、輸送・物流担当などが必要でした。
しかも「安全対策」だけでも巨大
核爆発ですから、万一に備えた避難計画まで作られていました。140人の兵士+4人の将校=約144人を中心とする避難部隊を配置し、約140台の車両を準備。テント、水、食料などを用意し、450人を2日間収容できるだけの物資まで準備していました。さらに、放射線監視員、軍警察、周辺地域の監視、民間人避難計画、偽の説明を含むプレスリリース準備(※弾薬庫の爆発とされた)まで行われています。
つまりTrinityは、「爆弾を爆発させる」だけではなく、爆発前 → 警備 → 避難 → 気象観測 → 爆発 → 計測 → 放射線監視 → 現場回収という巨大なオペレーションだったわけです。
そして「355人」という数字が重要
ここは今回の議論ではかなり重要だと思います。資料によると、1945年7月16日にTrinity Siteにいたことがfilm badge記録から確認できる人数は約355人です。ただし、「爆発の瞬間に355人全員が現場にいた」という意味ではありません。その355人には、爆発後に現場へ戻って作業した人も含まれます。爆発時に少なくとも確認できるのは、
99人 → 3つの有人シェルター
144~160人 → 避難部隊
5人 → 放射線安全監視
1人 → Guard Post 4の放射線監視員
各Guard Postの軍警察
などで、少なくとも263人程度が爆発時に現場にいたことが文書から確認できるとされています。
規模を一枚のイメージにすると
かなり乱暴に単純化すると、
- マンハッタン計画:数千人
- Project Trinity:数百~数千人
- Trinity Site:数百人規模、100フィートの塔、数百の計測装置、数km~10km規模の観測網、大量のケーブル、観測シェルター、警備部隊、避難部隊、医療・放射線監視
TNTに換算するとどうなるか?
上のAIの説明には、こうあります。
「5月7日の100トンTNT実験です。これは核爆発ではありません。100トンのTNTを使って実際に大規模爆発を起こし、計測装置が正常に動くか、爆風をどう測定するか、放射性物質がどのように拡散するか、機器をどこに配置するべきか、本番後にどう回収するかなどを事前に検証しました。」
そして、Gadgetの破壊力は、TNT換算21,000トン相当であることも説明しました。この100トンTNTの210倍ということです。
では、具体的にこの100トンのTNTは、当時どの程度の大きさだったのでしょうか?これもAIに聞いてみます。
1945年当時の通常爆薬として100トンは、かなり巨大な規模です。ただし「都市を破壊するような巨大爆発」というより、軍が特別な試験として意図的に準備する規模と考えるのが近いです。Trinityの事前実験では、正確には約108トンTNT換算です。使われたのは主にComposition B(TNTとRDXの混合爆薬)でした。イメージしやすくすると、
100トン = 10万kg
25 kg入りの爆薬箱なら 約4,000箱
1トン積みトラックなら 100台分
10トン積みトラックなら 10台分くらいです。
この10トン積みトラックとは、こんなもののようです。
ちなみに、以前にB29の最大積載量を見積もりましたが、これも10トン位(航続距離によります)でした。ですから、仮にB29で運ぶとすれば10機必要になります。
すると、単純計算すれば、GadgetをTNTで置き換えるには、
- 10トン積みトラック2100台
- B29で運ぶとすれば2100機
という膨大な規模になってしまいます。ちなみに、長崎型の推定はGadgetと同じくTNT換算21,000トン相当で、広島型の推定は15,000トンです。何にしても、単純計算してしまうと膨大な量になるのです。
さて、Trinity実験では、30mの鉄塔の上にGadgetが置かれ、そこで爆発させたわけですが、こんなものの上に「単純計算で21,000トン」のものを置けるはずがありませんよね。
重さだけではなく、体積もですが、これもAIに計算してもらうとこうです。
TNTの密度をおよそ1.6 g/cm³とすると、21,000トン ≈ 13,000 m³です。
これは例えば、約23 m × 23 m × 25 mの巨大な立方体に相当します。
では、この鉄塔のGadget格納部分の体積もAIに見積もってもらいます。
写真・図面から概算するなら、Gadgetを載せる部分は数m四方程度です。例えば仮に、プラットフォーム:約3 m × 3 m、高さ(Gadgetを含めた設置空間):約2~3 mとすると、3 × 3 × 3 ≈ 27 m³程度の空間です。仮に少し大きめに見積もって、4 m × 4 m × 3 m ≈ 48 m³程度。
もちろん、あくまで数字上の単純計算ではこうなるという話ですが、まるで桁が違ってきますね。
では、TNTで置き換えるとすれば、ここに最大何トン置けるのでしょうか?
先ほど仮定した3~4 m四方・高さ2~3 m程度の空間を、そのままTNTで満たすという非常に単純な仮定なら計算できます。
TNTの密度を約1.6 t/m³とします。
仮定する空間 体積 TNT重量 3 × 3 × 2 m 18 m³ 約29トン 3 × 3 × 3 m 27 m³ 約43トン 4 × 4 × 3 m 48 m³ 約77トン 4 × 4 × 4 m 64 m³ 約102トン したがって、先ほどの仮定なら、せいぜい数十~100トン程度です。
ただし、これは「空間をTNTで完全に充填する」という非現実的な上限計算です。実際には鉄塔、床、Gadget、起爆装置などがありますから、置ける爆薬量はもっと少なくなります。
つまり、どんなに大きく見積もってもTNT100トンしか置けません。この量ではとてもGadgetの威力を再現はできません。この時点でもう答えは出ていますね。
ちなみに、ここにGadgetが置かれる様子はこうです。
実際のTNT100トンの爆発はどの程度か?
で、彼らは、7/16の本番に先立ち、5月7日に100トンTNT実験を行っているわけですが、どんなものだったでしょう?実際の写真はこうです。
鉄塔の上のスペースよりも大きめに感じますが、「だいたい同じ」と判断してよいでしょう。この100トン実験とGadgetをAIに比較してもらいました。両者共に、詳細なデータが残っているはずなので、この辺は間違いないところでしょう。
以下AI————————————
実際の爆発影響を比較すると、100トン実験とTrinityの差はかなりはっきりします。しかも、これは単なる理論値ではなく、両方について当時の観測記録があります。
| 100トン実験 | Trinity | |
|---|---|---|
| 爆薬・核爆発 | 高性能爆薬 | Pu爆縮型核爆発 |
| TNT換算 | 約100~108トン | 約21,000トン |
| エネルギー比 | 1 | 約200倍 |
| 実施日 | 1945/5/7 | 1945/7/16 |
100トン実験では、実際には89.75トンのTNT+14.91トンのComposition B、合計約104.7トンが使われました。これは本番の測定機器を校正するための実験でした。
① 火球・閃光
100トン実験でも、もちろん非常に明るい閃光と大きな火球が発生しました。当時の報告には、「highly luminous sphere」、つまり「非常に明るい球状の火球」が形成され、その後楕円状に広がった、と記録されています。さらに約60マイル(約100 km)離れたAlamogordo Air Baseでも光と音が確認されています。
したがって、「100トンでも遠くから見える巨大な爆発になる」というのは間違いありません。しかしTrinityでは、NPSの資料によれば、火球は直径約2,000フィート(約610 m)に達しました。つまり、100トン実験も派手ですが、Trinityはまったく別のスケールです。
② 爆風
100トン実験でも爆風は当然発生しています。実際、100トン実験では爆風測定器を多数設置し、地上・上空の圧力を測定しました。B-29も観測機として使用され、約4マイル離れたところで爆風を受けています。一方Trinityでは、観測員が約5.7マイル(9.2 km)離れた防護施設に退避していました。それでも強烈な閃光と、その後に到達した爆風を体験しています。
Grovesの7月18日報告では、Trinityについて、“Several of the observers standing back of the shelter … were knocked flat by the blast.”。つまり、防護施設の後ろにいた観測員の何人かが爆風で吹き倒されたと報告しています。
③ クレーター
ここは非常に面白い比較です。100トン実験では、当時のTolman報告によれば、深さ:約1.5 m、直径:約9 mのクレーターができました。一方Trinityでは資料によって測定値に差がありますが、NPSは、直径:約804 m(約0.5マイル)、深さ:約2.4 mとしています。つまり、100トン:直径9 m程度、Trinity:約800 mです。単純な直径比較でも約90倍。面積なら約8,000倍です。
ただしクレーターの大きさは爆発高度・地質・爆発位置などにも強く依存するので、単純なエネルギー比とは一致しません。
④ 地面そのものへの影響
Trinityでは、熱によって砂が溶融してガラス状のトリニタイトになりました。DOEは「塔が瞬時に蒸発し、周囲のアスファルトと砂が緑色のガラスになった」と説明しています。これは非常に重要です。
100トン実験でも地面は大きく破壊されましたが、Trinityでは、爆発 → 極端な熱 → 地表物質の溶融 → ガラス化という現象が観測されています。
⑤ 放射線
ここが通常爆薬との決定的な違いです。100トン実験では、わざわざ爆薬の中に放射性物質を通した管を配置して、核爆発で生じる放射性生成物を模擬しました。つまり、100トン実験には核爆発そのものによる放射性生成物は存在しないので、人工的に放射性物質を加えて測定器を試験したわけです。
一方Trinityでは、実際の核分裂によって、核分裂生成物+未反応プルトニウム+放射化された地表物質が生じました。NPS資料も、核分裂生成物と放射化された地表物質が火球に巻き上げられ、放射性降下物を形成したとしています。これは「100トンTNTを大きくしただけ」では再現できない現象です。
まとめ
つまり、こういうことです。
- この鉄塔にプルトニウム爆弾ではなく、TNTが置かれたとするならGadgetに相当するTNTは置くことはできない。せいぜい、事前実験で使われたと同じ程度の量である。
- したがって、TNTでGadgetの威力を再現することは不可能。実際には桁違いの威力があった(とされる)。
これを否定するには、そもそも、ほぼ全員がウソをついており、記録フィルムもデータもすべて捏造と証明するほかはありません。
もし、この実験場での爆破用鉄塔、防護施設、測定データなどなどを前提として認めてしまうと、それは間違いなく彼ら自身の主張を否定することになります。なぜなら、その前提では絶対に捏造できないからです。その前提のひっくり返す以外に彼らの主張が生き残る道はありません。







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