この記事の三行要約
- 地球が球体か平面か自体には大きな意味を感じておらず、この世界そのものが誰かによって作られた仮想現実ではないかと私は考える。
- 一部のフラットアーサーの問題としては、平面説だけに固執し、疑問や反論に感情的に反応する姿勢にある。
- その背景には「真実を知る優れた自分」を演出したい心理、つまりエゴの満足があり、対立や摩擦によってその優越感が強化されているのではないか。
一部フラットアーサーにおける本質的問題というのは、「地球が実際に球体なのか平面なのか」ではありません。それはむしろ些細な問題にすぎないのです。ここにせまろうと思いますが、うまく言い表せないかもしれません。これは人間心理の問題だからです。
この世は仮想現実
何度も書いていますが、私は常々「地球が平面だろうが球体だろうがどっちでもいい」と言ってきました。そもそも私は、シミュレーション仮説の支持者です。つまり、この世界は自然発生ではなく、何者かが、何かしらの目的のために作ったと考えています。宗教的概念としては、神が作った云々でしょうけれども、特定の宗教は支持していません。
もう少し詳しく書くと、この世は何者か(神と呼びたければ神でも良い)が作ったコンピュータの中の仮想現実ゲームであり、その中で我々「魂」が自身のキャラクター(肉体)を操って遊んでいるという考え方です。そもそも、我々が遊べるようにと、何者かがこの世界を作ったのです。この世界は偶然できて、そこに偶然我々が現れたのではないのです。
フラットアーサーには、そういった思想を持つ方もいます。平面説にこだわる者は真のフラットアーサーではないに書いたとおりです。そして、フラットアーサーは、普通の人よりもそった考え方にすんなり移行できるはずなのです。地球は平面だというのであれば、当然ながら、なにものかがこの世界を作ったという考えにならざるをえません。
「この宇宙は自然発生し、星々も自然発生し、何かしらの生命が自然に生まれ、それが進化して人間になり、たまたまお前が生まれてここにいる。お前の意識も、その脳みそが物理的に作り出したものである。肉体が滅びれば、すべてなくなる」。現代科学とやらで説明されるようなこれらの「常識」を、私は全否定しています。もちろん、一部量子物理学者なども、これらを否定し、別の説明を試みていますね。これらの傍証はますます積み上がっています(決定的証拠ではない)。
そういった議論に比較すれば、平面か球体かなど、本当に些細な問題であって、どちらでも大差ないのです。私にとっては平面であれば「誰かが作った」説が多少補強される程度の話です。
一部フラットアーサーは、ひたすら平面にこだわるだけ
ここまでで言いたいことはわかると思います。一部のフラットアーサーは、ただただ平面か球体かに異常にこだわるだけで、もし平面であるならば当然行くべきであろう方向には決して行きません。
せっかく、
地球は平面だ→誰かが作ったに違いない
という経路が与えられているにも関わらずです。
そして、ここが最悪なのですが、反論したり、疑問を呈すると逆上し、「フラットアースを理解していない奴は馬鹿だ!」「お前はレベル1だ」と上から目線で小馬鹿にするわけです。こちらとしては、あなたがたの言うところの「現代物理学で洗脳された頭」とやらで考え、そこからひねり出された誤りの指摘・疑問点を提出しているだけです。それが間違いなら丁寧に説明すればいい話なのにです。
一部フラットアーサーの目的は平面ではなくエゴ
なぜそんなことになるのでしょう?
容易に想像できると思いますが、これら一部のフラットアーサーにとってのフラットアース普及の目的は、
皆が騙されてきた、未だに騙されていることを知らしめたい、真実を伝えたい!
では全くないからです。
そうではなく、「真実を知っている優れた自分」という自己像を描きたいからです。簡単に言えば、己のエゴの満足でしかないということです。ここを明確にしておきましょう、
一部のフラットアーサーにとって、フラットアースとは、自身のエゴを満足させるためのツールにすぎないのです。
もちろん、「優れた自分」というのは「他者よりも優れた」という意味ですよ。その自己像演出のために、「ここ違うんじゃないの?」「こういう場合はどうなるの?」と聞いてくる者を小馬鹿にするわけです。それによって、「優れた自分」が強化されます。つまり、反対者との摩擦がそのエゴを強化するわけですね。
こういった行動は、ネトウヨに極めて似ていますね。異論を唱える者は反日サヨク、外国人(白人以外)を見れば侵略者。敵を作り、敵から国を守っている優れた自分を演出するわけです。すべてエゴのなせるわざです。もちろん、こういった運動の先頭に立っている者は、ネトウヨという弱い人間から幅広く人気を得るためですが。
ともあれ、一部フラットアーサーは、「レベル3」とやらの「フラットアースを完全に理解している人たち」を集めて自分たちの優越性を確認したいようです。それだけの話です。
こういった傾向はネトウヨにも見られますね。20年以上前のものですが、彼らを注意深く観察した<癒やし>のナショナリズムという本があります。
こういうものをひとまとめに宗教構造と呼べば良いのか、あるいは別の呼び方があるのかわかりませんが、どこでも同じようなことが行われています。なぜそれに気づかないのか不思議で仕方がありません。



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