この記事の三行要約
- フラットアース論は、現代科学の都合の良い部分だけを採用し、不都合な部分は否定・無視する「科学のつまみ食い」に陥っている。
- GPSや測量など現代技術は球体地球を前提に成り立っているため、平面説を主張するなら代替説明と証明が必要になる。
- 科学を否定するなら部分的な反論ではなく、世界全体を矛盾なく説明する新たな「ルールブック」を示さなければならない。
ここまでの記事を読んでおそらく薄々わかってきたのではないでしょうか?
- フラットアースは科学をつまみ食いしているだけである。
- ある科学は自説にとって都合が良いので採用する。しかし、独自に検証したことはない。
- ある科学は自説にとって都合が悪いので不採用。
- つまり、根拠も示さず採用した科学をもとに論じ、不都合な科学は不採用。
科学のつまみ食い
具体的な例をだしましょう。フラットアーサーは、
- 光が「通常は直進する」という科学的な知見を利用する。
- 物体から放たれた光が目に到達することで、人間が何かしらを判断できるという科学的知見を利用する。
- しかし、大気屈折、蜃気楼、大気差など、光が折れ曲がりうるという科学的知見を通常は無視する。
- その結果、見えたのだから平面だという結論に飛びつく
- 一方、都合の悪い状況になると、大気屈折のせいだと言い訳することもある。
- ジャイロスコープが宇宙空間に対して一定方向を指し示すという科学的知見を利用する。
- しかし、地球の自転にそってジャイロスコープの方向が変わることを認められない。
- 重力はないというが、密度や電磁気ではすべてを説明することはできない。中途半端。
- 大気差・球差を基盤として形成されている現代文明を何の疑問も持たずに平気で利用している。
フラットアーサーは基本的には現代科学がほとんどすべてウソという立場に立つようですが、そうであれば、あらゆる事柄の代替説明が必要になります。しかし、そんなことはできず、都合によって現代科学のある部分を肯定しながら、別の部分を否定します。
しかし、そこに大きな矛盾が出てきてしまうのですが、そこは無視してしまうのです。
最も大きなものは、もちろん、地球が平面であることです。フラットアーサーは平面であることの証拠を様々と出してきますが、実際には地球は球体であるとの前提で現代技術が利用され、この社会も現代文明も形成されているのです。
GPSの無理筋
GPS一つをとってみても、平面では成立しないことは明らかです。彼らは、人工衛星は存在せず、GPSも地上波であるとしますが、これはあまりに無理筋です。もしそうであるなら、2つの問題を解決せねばなりません。
- 地上波によってGPSの機能を果たす技術の提示
- GPSに関わる多くの人が「ほんとは平たい」とわかってるのに口を閉ざしている事実
そういった部分は無視し、ただ単に「GPSは地上波」と言葉だけで主張するだけなのです。これでは誰も納得できるはずもありません。
さらに、もしGPSが地上波であるならば、大量のアンテナが必要になり、実際にあちこちにGPS電波を放つアンテナがあるはずですが、フラットアーサーはその一つでも発見したことがあるのでしょうか?
何の証拠もなく、何の理論もなく、ただただ「人工衛星はないのだから、衛星によるGPSはありえない」と言ってるだけなのです。
フラットアースにはルールブックが一切ない
アインシュタインの「神はサイコロをふらない」という言葉は有名です。彼は神を信じていたわけではなく、宇宙秩序の象徴として神に言及したようです。仮に神が作ったとするならば、その秩序、ルールを見出そうとしていたわけです。この世界はどういう仕組みで動いているのか?そのルールブックを完成させようとしていたわけです。
このルールブックには、矛盾があってはならないのです。有名な例としては、ニュートン力学をアインシュタインが否定したことがあげられますが、結局、ニュートン力学は一般相対性理論の「近似」ということになりました。
では、これをフラットアースに適用すると、どうなるか?彼らは、まず最初にルールブックを提出せねばなりません。これまでの物理学やそれに基づく技術を否定するのであれば、以下を行わねばなりません。
- フラットアーサーが思う「誤りの科学」に対する代替説明とその証明
- 上の代替説明を含めた一貫性のあるルールブック(つまり、この世界の秩序)の構築・体系化
例えば、フラットアーサーの愚かさ(4):オールド・ベッドフォード川をめぐるストーリーで指摘したように、測量技術では、大気差(気差)・球差が補正に使われます。フラットアーサーとしては、大気差は認めても、球差は認められないでしょう。では、測量の世界でこういった「ありもしない補正」が行われているのに、なぜ現実では物事がうまく行っているのでしょうか?これを説明せねばならないはずです。
というよりも、ここでのテーマとしては、「この世界はどういった原理で動いているのか?この世界の秩序は何か?」、そのルールブックを示す必要があるのです。フラットアーサーのように、「この科学は受け入れ、この科学は否定する」といった態度では一貫性が全くありませんね。
つまり、人類がこれまで作成してきた「宇宙の法則大全」というルールブックを書き換え、「フラットアーサーによる宇宙の法則大全」というルールブックを出さねばならないはずです。
まとめ
フラットアーサーは現代科学・技術の都合の良い部分を認め、その土台に立った上で平面説を論じますが、都合の悪い部分は単に否定するか無視します。
しかし、この世界がフラットアーサーの言うようなものであれば、まるで一貫性がなく、もし世界がそのようなものであれば現代技術の恩恵など受けられはしないことでしょう。
彼らが自説に責任を持つつもりであれば、彼らは新たなルールブック=この世界の秩序を示さねばならないはずです。しかし、それができないのがフラットアーサーというものです。自説に責任など持っておらず、言ったきりの言いっぱなしだからです。
おまけ
一部のフラットアーサーはこんなことも言い出します。自らの「お気持ち」が平面説の根拠になってしまうようです。ひろゆきと対峙した場合にどうなるかをイラスト化しました。




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