フラットアーサーの愚かさ(6):映画『ビハインド・ザ・カーブ』が提示した問い

フラットアーサーのトンデモはこちら

この記事の三行要約

  • 映画 Behind The Curve は、フラットアーサーたちを単なる変人としてではなく、居場所や仲間を求める人間として描いている。
  • 作中では彼ら自身が平面説を証明しようとジャイロスコープ実験や光の実験を行うが、結果は逆に球体説と一致してしまう。
  • 映画は「人はなぜ信念に惹かれるのか」「コミュニティや承認欲求が考え方にどう影響するのか」を、観客自身にも問いかけて終わる。

何度でも書いておきますが、そもそも私はフラットアース理論に興味など全くなかったのです。仲良くしてもらっている多くの人がフラットアーサーですが、彼らには何の偏見もなく真実を追求しようとする姿勢があり、むしろ尊敬している位です。これも既に書いていますが、私にとっては平面だろうが球体だろうがどちらでも大差ないと感じています。

しかし、ごく一部のフラットアーサーの、いかにもな「私は真実を知ってる!私は優れている!お前はこんなこともわからないのか?低レベルだな!」という姿勢を目の当たりにし、あまりに無礼なその態度に驚愕したわけです。

この時点でフラットアースはエゴ助長の一手段にすぎないと理解しました。ですから、フラットアース理論を調べ、徹底的にフラットアースを論破することに決めたのです。

その一部フラットアーサーにとってこれは、他のカルト宗教と同じく、ただの信仰にすぎません。その目的の一つは、他者を上から目線で蔑むことであり、ただただ弱い人間である自らのエゴを満足させ、助長させ、自己満足する手段でしかありません。私はこれを完全に理解しました。つまり、彼ら一部にとってフラットアースとは心理的な問題にすぎないと判断しています。フラットアーサーの愚かさ(5):球体か平面かではない。人間心理の問題であるに書いたとおりです。

映画『ビハインド・ザ・カーブ -地球平面説』

さて、今回はフラットアーサーを取り上げた映画『ビハインド・ザ・カーブ -地球平面説-(Behind The Curve)』について説明します。

  • 2018年アメリカ映画
  • ダニエル・J・クラーク監督
  • 2019年Nexflixで配信開始(現在も配信されているかは未確認)
  • 著名なフラットアーサーのマーク・サージェント、ネイサン・トンプソン、パトリシア・スティアらが出演

日本語レビューの雰囲気としては、フラットアーサーの行動を逐一追っかけていく映画ですね。感想としては以下のようなものだそうです。

  • 「科学的実験と証拠探しの違い」「誰もが人と繋がろうとしている、その方法がたまたま平面説だった人たち」「ドキュメンタリーなのにオチも素晴らしい」
  • ある科学者がドキュメンタリーの中で「彼らは『クレイジーな奴ら』と一蹴するのは惜しすぎるほど聡明だ、頭ごなしに否定するな」と述べている場面が印象的

この映画について、地理位置情報に関係ありそうな配信動画コンテンツ・その1 という、かなり詳しい記事があります(ネタばれあり)。

ここで解説されていますね。平面説を唱える人たちは。。。

  • 自分が見聞きしたものしか信じられない
  • 教育で教えられたことに納得ができない

という点が共通しているそうです。そして、

  • 地球が自転する速度が、発砲した銃弾より速いことにも納得がいかない

そうです。

最終的なオチとしては、フラットアーサー自身が発案した2つの実験があり、それを彼ら自身がやってみるわけですが、その2つともに失敗してしまいます。つまり、平面であればこうなるはず(逆に球体であればそうはならないはず)というものでしたが、2つの実験ともに見事に球体説を証明してしまいます。

詳しくは映画を見てほしいのですが、今見れるのはYouTubeの英語版(たぶん海賊版だが、3年間削除されていない)位しかないかもしれません。Netflixにあるとの話もありますが、Netflixのアカウントがないと検索もできないようです。

インポスター症候群とダニング・クルーガー効果

映画中で科学者が言う言葉ですが、なぜフラットアーサーがフラットアースを信じ込んでしまうのか、その理由が示されていると思います。私も一部フラットアーサーとのやりとりの経験から、この意見を強く肯定せざるをえません。まるで物理学の基礎を理解できていないのに、平面だと主張しているだけだからです。

https://x.com/jimakudaio/status/2057440021712720110

科学の世界でよく見られることに「インポスター症候群」があります。あるテーマについて知れば知るほど、より感じてしまうんです、自分は専門家ではないと。権威になど、なれないと感じてしまうんです。この逆としては、ダニング・クルーガー効果というものがあります。これは、心理学的知見ですね、つまり、ある分野の知識や専門性が乏しい人ほど、自分はよくわかっているという、誤った自信を持ちやすいことです。これによって、そういう傾向になるんです、自分はすべての事実がわかっていると。知るべきことすべてがわかっていると。

別の例でわかりやすい(かもしれない)漫画を作ってみました。要するにこういうことです。

ジャイロスコープ実験の失敗

ここが本当に皮肉なのですが、彼らは「地球は平面(球じゃないんだから地球というのはおかしいが)」を証明しようと2つの実験を行い、逆(地球は球体)を証明してしまってるんですね。その一つがジャイロスコープ実験です。

ジャイロスコープは一度向いた方向をずっと向き続けます。球体説では地球は自転しているわけですが、ジャイロはそれに追随しません。だから時間とともに地球とジャイロにズレが生じるはずです。映画での説明図は以下です。もちろん、フラットアーサー側として期待する結果としては、「ジャイロの軸は変わらない。だから自転してない」です。

※ちなみに、少々知識のある方であれば、こう思うでしょう。絶対座標系というものは存在しないのだから、ジャイロの軸がそれに固定されるはずがないと。私もそう思ったんですが、ともあれそうなるようです。AIに聞いてみると、こんな答えでした。

ジャイロスコープが何に固定されるのかは、現代物理学でも完全には解決していない問題です。ニュートンは絶対空間と言い、マッハは宇宙全体の物質分布との関係と言い、アインシュタインは時空の曲率と言いました。三者とも違う答えを出し、どれも完全には証明されていません。しかし観測上の事実として、ジャイロスコープの軸は遠い銀河の方向と一致します。そして地球の自転を仮定した計算値と実測値が完全に一致します。なぜそうなるのかの深い理由はわからない。しかし何が起きているかは精密に測定できる。科学はしばしばこういう状態にあります。

ともあれ、この実験の結果としては、地球上にあるジャイロの軸が固定していた(平面説の証明)ではなく、球体が回転している場合の予測値に正確に一致していたのです。地球は24時間で360度回転するので、ジャイロの軸は一時間あたり15度ずれます。それが検出されたのです。

実験者は、「wow, that’s kind of a problem」(なるほど、これはちょっと問題だな)と言い、その後、電磁シールドに入れて「天からのエネルギー」を遮断しようとしたが失敗、さらにビスマスという金属で覆う実験を計画しました(実際に行われたのか、映画では語られていない)。さらに、そのプロデューサーに対して「今言ったことは秘密にしてほしい(what I just told you is confidential)」と発言したことも映画に記録されています。

光による実験の失敗

第二の実験は、フラットアーサーの愚かさ(4):オールド・ベッドフォード川をめぐるストーリーで見るような歴史上何度も繰り返されたきたものと同じです。

ビクトリア運河にて、三本のポールを立て、左からレーザーを当て、左のポール、右のポールの同じ8フィートの場所に当たるようにする。左右は6.2kmです。平面であれば、真ん中のポールの8フィート(2.44m)場所をレーザー光が通過するはず。

もし球面であれば、計算上、真ん中のポールの5.5フィートの場所を通過するはずです。

しかし、レーザー光が広がってしまい、ボードの穴に入らず、この実験は断念されました。その代わりとして行われた実験としては、かなり原始的なものです。

左端からカメラ(望遠鏡)で2つのボードを覗き、右端には光を持った人が立ち、その光を見るというものです。2つのボードの距離などはわかりませんが、カメラから光まではやはり6.2kmです。この実験では高さが5.18mになってますが、特に脚立などは使っていません。水面よりも上の土手などで行ったと思われます。

しかし、平面前提のこの実験は失敗し、球面を前提にした以下の状態では光が「見えてしまう」という結果になりました。つまり、光をもっと高く掲げないと見えなかったのです。

「エンリケ、もっと光を高くしてくれ」と言うと、カメラに光が写ります。それをみて「Interesting(面白い、興味深い)」とつぶやくところで、映画はエンドロールになります。

もちろん、この実験は正確とは言えないですね。(フラットアーサーの立場からすれば)大気屈折の影響が出ているかもしれないからです。これよりも、ジャイロスコープの方が信頼できそうです。

フラットアーサーの人間模様

この映画の実験部分を一言で言えば、「真実を求めて実験したら、求めていなかった真実を発見してしまった人たちの物語」です。実験以外の人間模様について、AIにまとめてくれと言ったら、次のようなものを出してきました。


ここから読み取れる人間ドラマをまとめます。

マーク・サージェントという人物

映画の中心人物です。お母さんと仲良く食事する場面から始まり、ごく普通の中年男性として描かれています。映画好きで「トゥルーマン・ショー」に強く影響を受けており、平面説を広めたことを「ドアを指さしただけ」と謙遜しつつも、会議では英雄として迎えられ感激して涙ぐんでいます。

コミュニティの心理

終盤に最も核心的な言葉があります。参加者たちが口々に言っています。「私はずっと何かがおかしいと感じていた」「どこにも馴染めなかった」「ここで初めて仲間を見つけた」。平面説そのものより、居場所と仲間を求めていたことが伝わってきます。

マーク自身の罠

インタビューでマークが驚くほど正直に語っています。「もし間違いだとわかったとして、コミュニティの友人を全員失う。主流派の人たちは戻ってきた私を歓迎しない。二重に孤立する。だから仮に疑いが生まれても後戻りできない」。自分が罠にはまっていることを自覚しながら抜け出せない構造が明確に語られています。

科学者側の反省

科学者側も一方的に正しい側として描かれていません。「私たちは彼ら(フラットアーサーたち)を馬鹿にしすぎていた。それが問題だ」という発言があります。見下すことが人々を追い込み、むしろコミュニティへの帰属を強化するという指摘です。

第三世代という衝撃

会議において、あるフラットアーサーから来た手紙をマークが読み上げますが、そこには「孫たちは12歳、10歳、8歳の三世代目のフラットアーサーです」と書かれていました。ここに科学者のコメントが挿入されていますが「子供の理科の授業で自転と公転を教えたら、三分の一の生徒が『違う』と叫んだ」という実例を紹介し、これは単なる笑い話ではないとします。フラットアース信仰が単なる笑い話ではなく、次世代の科学リテラシーを実際に損なっているという警告です。

映画全体の問い

最後に科学者はこう問いかけます。「あなた自身はどこでディズニー映画の主人公になっているか。あなた自身はどこで自分に都合のいい現実を作り上げているか」

フラットアーサーを笑う観客自身に向けられた問いで映画は終わります。


フラットアース陰謀論を超えて

もちろん、私自身は地球平面説は誤りであると今では確信していますが、気候変動、ワクチン、月面着陸、9/11事件などは一般大衆とは逆の信念を持っています。その上でこれらについてAIに聞いてみました。


映画では「地球温暖化はウソだ」といった個別テーマを深掘りしているわけではありません。ただし監督や作中の科学者は、「フラットアースだけを特殊な変人集団として切り離してはいけない」と繰り返し示しています。フラットアースは“極端な例”として扱われ、同じ心理パターンが他にも現れると説明されています。

映画やその関連インタビューで示唆されるものは、例えば次のようなものです。

  • 「気候変動(地球温暖化)は捏造」
    • 「政府が支配のために作った」
    • 「科学者が研究費を得るために言っている」
    • 「国連や巨大組織の陰謀」
  • 「ワクチン陰謀論」
    • 「隠された目的がある」
    • 「科学者や製薬会社が真実を隠している」
  • 「月面着陸は偽装」
  • 「9.11陰謀論」
  • 「政府やNASAが世界の真実を隠している」

共通点として映画が強調しているのは、「何を信じるか」よりも心理構造です。

  1. 自分だけが真実に気づいた感覚
  2. 主流の情報源への強い不信
  3. 同じ考えのコミュニティへの帰属感
  4. 反証が出ても、別の説明で維持してしまうこと

監督はそれらのインタビューで「フラットアースは究極の陰謀論だが、政治・宗教・その他の信念でも同じ行動パターンが見える」と述べています。

ただし一点分けておくべきなのは、「懐疑論」そのものは悪いものではないということです。科学は疑うことから始まります。問題視されているのは「証拠が出ても結論を修正しない姿勢」で、映画もそこをテーマにしています。


ここでも、私が示している問題が指摘されていますね。「何が事実か、何を信じるか」よりも、心理構造の問題です。そこに自ら気づけない限り、(仮に間違いだとすれば)そこから一生抜け出せないのです。

というよりも、もはや正しいか間違いかという原理を飛び越えてしまっています。彼らの心理にとっては、そんなものは大した意味はなく、ただの道具にすぎないからです。その点こそが、フラットアーサーにとっての悲しい現実というものです。

 

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