原爆なかった論の戯言:広島は偵察だけで攻撃はしなかった、8月6日までは

原爆なかった論の戯言シリーズはこちら

林千勝のトンデモ「原爆はなかった」論の大穴の続きです。

この記事の三行要約

  • 広島は原爆の効果を正確に測定するため、候補地選定後も通常爆撃を避けて偵察が続けられた。一方、周辺の呉などには大規模な通常攻撃が行われた。
  • そのため広島市民にはB-29の偵察飛行と警報・解除が日常化しており、8月6日の警報解除も「日本側の共謀」を示す証拠とは言い難い。
  • Palmerは日本側共謀の具体的証拠や民間人への箝口令を示さず、警報解除や毒ガスへの対応、日本側の原爆説受容を根拠に推測しているにすぎない。 

日本側全面協力が必要

おさらいですが、Palmer説、林説を成立させるためには、日本側の全面協力が必須です。どう考えてもそうならざるをえません。

  • 観測機も含めて三機編隊から落とされた一発のピカドン、ではなく、
  • 実際には、100〜200機程度のB-29大編隊から連続して落とされた通常爆弾や毒ガス

もしそうであれば、日本軍・政府内部におけるあらゆる工作が必要であり、それどころか、民間人にも箝口令をしかねばなりません。しかし、Palmer(おそらく林もでしょうが)は、ほぼ何の証拠も提示していません。

しかし、Palmerがわずかに提示しているのは、警報が解除された(だから多くが犠牲になった)という点だけです。そこで匂わせているのは、日本側の協力です。

彼が言わんとするのは、原爆ではなく通常爆撃による死者を多数にするために、日本側も協力して警報解除したというものです(そうはっきりとは書いてありませんが)。

再度、タイムテーブルを提示すると以下です。

  • 7:09 米軍機1機(気象偵察機)の高高度通過を受けて警戒警報
  • 7:31 その警報を解除
  • 8:06 松永監視哨による3機確認(Enola Gay、Great Artiste、Necessary Evil)
  • 中国軍管区司令部に伝達され、8時12~13分ごろに警戒警報を発令しようとしていたという記録・証言がある
  • 8:15 原爆炸裂 

この「米軍機1機(気象偵察機)」というのは、原爆被害の概要によるものです。

「B-29の定期便」

ところが、原爆投下時の日本銀行広島支店という証言があります。

昭和20年8月6日(月)の朝は、前日来の晴天でした。市内各所では、建物の強制疎開作業が義勇隊や動員学徒等大勢の手ですすめられていました。また官庁や会社、軍需工場などへ出勤する多くの人達で市の中心部は活気づいていました。

午前7時9分、敵機B29、4機が市の上空に侵入したため、警戒警報が発令されましたが、間もなく退去したため、31分には警報は解除されました。その頃、午前中の敵機の偵察は毎日のことであり、多くの市民はそれを「B29の定期便」と呼んでいましたが、今朝は何事もなく済んだため、ほっと一息つき再び活動を開始しました。

午前8時15分、 強烈な閃光が一瞬空を裂き、大轟音が天地にとどろきました。 

ここでは、偵察機が4機になっていますが、この数は曖昧のようです。3機という説もあります。ともあれ、重要な点は、

その頃、午前中の敵機の偵察は毎日のことであり、多くの市民はそれを「B29の定期便」と呼んでいました

とあることです。

「偵察機が頻繁に来ていた」

B29が毎日のように偵察にきていた事実については、複数の証言があります。だから「B29の定期便」とまで呼ばれていたわけです。

被爆体験記 難波亘

当時広島には毎日のようにB29が偵察に来ていました。この時も8時ごろでしたので偵察機がやって来たのだと思いました。それで、私は窓側から3列目の机にいましたから、「どうや」と窓側の席の人たちに聞くと、「例のやつと一緒だ」と言うので、偵察機だと思ったのです。

銀翼のB29が広島を通過して行って、警戒警報も空襲警報も解除になった途端、パーっと明るくなって、「なんだ、これは。誰かマグネシウムの量を誤って、窓の外で撮影するのに、相当大量のマグネシウムを焼いて、それでこんなふうになったんだ」と思いました。

被爆体験記 長田悦平治 

私の家族は、土手町(比治山の北西)に住んでいましたが、毎日のようにB29が偵察に飛来していたので、父が「広島は軍都だから何かあるかもしれない。少し郊外へ引っ越そう」ということになりました。そして曙町での生活が始まりました。それは、原爆が投下される二か月前、六月頃だったと記憶しています。

被爆体験記 J.ジーメス

八月六日は、朝からぎらぎらと太陽が照りつける暑い日だった。午前七時ごろ、いつものように警戒警報のサイレンが鳴り、やがて敵の飛行機が二、三機、市の上空にあらわれた。しかし、これを気にかける人はいなかった。じじつ八時ごろには警報も解除された。 

米側の意図は「見るだけ」、むしろ攻撃を避けた

上の証言を読めば、少なくとも二ヶ月前から頻繁に偵察機が送られたことがわかります。だから、広島市民は「定期便」とまで呼んでいたわけです。

そして、米側の候補地選定から投下までは、AIにまとめてもらうと、次のような経過です。このあたりは特に資料を示さなくても大丈夫でしょう。

  • 5月10~11日:広島が原爆候補に選ばれ、追加の写真情報や標的地域の詳細情報を収集することが決定された。
  • 5月末~7月:広島は原爆用の「温存目標」とされ、通常の大規模焼夷弾爆撃の対象から外された。これは「広島を攻撃しなかった」という意味では重要。
  • 一方で、米軍は日本各地に対して通常爆撃を継続しており、広島そのものについては、8月6日まで通常の大規模爆撃を行わなかった。広島が「未爆撃都市」として残されたこと自体が、原爆の効果を評価するうえで重要だったとされる。
  • そして8月6日に初めて、広島を第一目標とする原爆投下任務が実施された。 

つまり、米側は原爆の威力を計ることを目的に偵察だけを行い、攻撃を避けたわけです。その間にも広島周辺の都市は爆撃されています。これもAIにまとめてもらうと、以下です。このあたりも資料は不要でしょう。

5月以降の主な攻撃

日付 場所 攻撃
5月5日 B-29 148機が呉海軍航空廠を爆撃
5月10日 徳山・岩国 燃料施設を爆撃
6月22日 B-29 162機が呉海軍工廠を爆撃
6月28~29日 岡山 岡山大空襲
7月1~2日 B-29 152機による大規模焼夷弾攻撃、約40%の市街地を破壊
7月3~4日 高松・高知 大規模空襲
7月24日 呉・瀬戸内海 米海軍機動部隊が呉などを攻撃
7月26~27日 松山 松山大空襲
7月28日 米海軍機動部隊・B-24などが呉の艦船を攻撃
8月5~6日 今治 B-29による空襲

「広島は爆撃しない」

Atomic Mission という記事がありますが、こうあります。

The target committee in Washington used several criteria. The target would be a large urban area of importance where the damage could convince the Japanese of the destructive force. To make it clear the damage was not from previous incendiary attacks, the target would be a city not previously bombed. Several cities had thus been “saved” as potential targets for the atomic bomb.

ワシントンの目標選定委員会は、いくつかの基準を用いた。標的は、大規模な都市圏で重要性があり、その被害によって日本人に破壊力の大きさを納得させられる場所でなければならなかった。さらに、その被害が過去の焼夷弾攻撃によるものではないことを明確にするため、それまで爆撃を受けていない都市が標的とされた。そのため、いくつかの都市は原子爆弾の候補地として「温存」されていた。

Hiroshima fit the criteria. The headquarters for the Japanese Second Army, with a garrison of more than 25,000 troops, was there. So were major armament plants, including Mitsubishi Electric Corp. and Japan Steel Co., an ordnance supply depot, an infantry training school, and a factory that turned out 6,000 rifles a week. The port was a major assembly point for naval convoys. US planners believed that Hiroshima was the only one of the target cities where there were no allied POWs. In fact, 23 American prisoners were held in 400-year-old Hiroshima castle, now occupied by the army. 

広島はこの基準に合致していた。そこには、2万5,000人以上の兵士を擁する日本陸軍第2軍司令部が置かれていた。また、三菱電機株式会社や日本製鋼所などの主要な兵器工場、兵器補給所、歩兵訓練学校、そして週6,000挺の小銃を生産する工場もあった。港は、海軍船団の主要な集結地点でもあった。米国の計画担当者は、広島は候補都市の中で連合国軍の捕虜が存在しない唯一の都市だと考えていた。実際には、陸軍が使用していた築400年の広島城に、23人のアメリカ人捕虜が収容されていた。 

明確ですね、米側は原爆の威力を測定するために、故意に広島は爆撃せず、偵察だけを繰り返していたのです。

ですから、広島市民はそれに慣れっこになってしまっており、警報が発令され、解除されることが、いつものことになったのです。

再度、Palmerは何と書いているか?

原爆の偽装なんてできるの?大編隊による通常爆撃の無理筋に書いたものを再度提示しますが、Palmerは次のように記述しています。

As is well known, however, in Hiroshima the alarm that had been in place earlier in the morning was lifted very shortly before the beginning of the attack. This measure caused many inhabitants to leave the air raid shelters and to take to the streets, which must have greatly increased the number of victims.12 As noted above, this effect was compounded by the failure to issue appropriate warnings to survivors or protective equipment to early entrants, which caused avoidable casualties in the aftermath.

ところが、よく知られているように、広島では、その日の朝早くから発令されていた警報が、攻撃開始のほんの少し前に解除された。この措置によって、多くの住民が防空壕から出て街路に出ることになり、その結果、犠牲者数が大幅に増加したはずである。¹²前述したように、この影響は、生存者に対して適切な警告が発せられなかったこと、また最初に現場に入った者たちに防護装備が与えられなかったことによってさらに深刻化した。その結果、攻撃後に避けることのできた死傷者が生じた。 

「よく知られている」ことは事実です。しかし、その裏にはこれまで説明したような事情がありました。Palmerはそこまで調べなかったようですね。

そしてあたかも、「日本側の協力によって警報解除され、死傷者を増やした」かのような記述になっているのです。もうわかりますね?実際には、

  • 標的は、大規模な都市圏で重要性があり、その被害によって日本人に破壊力の大きさを納得させられる場所でなければならなかった。
  • さらに、その被害が過去の焼夷弾攻撃によるものではないことを明確にするため、それまで爆撃を受けていない都市が標的とされた。
  • したがって、周辺都市は攻撃を加えたが、広島だけは偵察しただけだった。
  • 当然、広島市民にとっては、警報発令→解除の繰り返しであり、当日も「いつものことだ」と警報解除を普通に受け入れて仕事などに出かけていた。

ということなのです。Palmerの論理はまったく成立しません。

そして、驚くべきことにPalmerの主張全体において、「日本側が協力したかもしれない証拠らしきもの」は、これしか見当たらないのです。

それ以外は、

  • 医師が「毒ガスではないか」と主張した。
  • 大久野島毒ガス製造工場もすぐ近くにあった。
  • それなのに政府が生存者などに毒ガス警告を出さなかった。

という、「あらかじめ毒ガスと決めつけた上での疑念」です。循環論法に近いですね(あるいは論点先取というべきか?)。それと、もうひとつは「日本側が十分な調査をせず、すぐに原爆説を受け入れた」ことくらいなのです。

最初に示したように、B29大編隊よる爆撃なのであれば、日本側の全面協力が必須ですが、その証拠は一切ありません。

また、こういった状況であれば、多くの民間人も目撃しているはずですが、「箝口令があった」という証拠も示していませんね。

しつこく確認しておきますが、

一発のピカドンではなく、100〜200機もの大編隊による通常爆撃と毒ガス・放射性物質の投下であるならば、日本側の協力は絶対に不可欠

です。理性的思考のできる人であれば、誰でもそういう結論にならざるを得ないでしょう。そんな証拠がどこにありますか?

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