林千勝著、経営科学出版の書籍『広島・長崎 悲劇の正体』の『第8章 果たしてキノコ雲か』について見ていきます。
林の書いていることを丁寧に調べてみると、必ず何らかのインチキがあるわけですが、この章もまったく同じで、とんでもない嘘をついています。論ずるに値しない章だと思って放置していたのですが、調べだすと、林の手口が明確になりました。
ピカドンではありません
ここで林は様々な「原爆とされる煙」のいくつもの写真を見せ、「果たしてピカドン(核爆発)由来のキノコ雲と言えるのか?」(P55)と書いています。あとはひたすら雲(煙)の写真を引用しているだけです。それもかなりずさんです。
キノコ雲?1
この章の冒頭に提示された(P55)この写真は、深田敏夫撮影によるものですが、これがキノコ雲だったとしても、キノコの傘部分は映っていません。また、いつの時点で撮影されたものか不明です。これを見せられて「ピカドン(のキノコ雲)に見えるか?」と言われても、「見えます」と言える人は誰もいないでしょうね。林の意見に同意しますよ。
キノコ雲?2
次もピカドンではありません。これも林に同意しますよ。林はP58で次の写真を提示し、
P58:炸裂後、約1時間。「爆心」直下から4キロメートルの陸軍船舶練習部構内から撮影
としていますが、これは広島市街の火災を撮影したものです。この写真はこちらのもので、木村権一撮影の一枚です。説明書きにこうあります。
タイトル:炎上中の広島市街
写真説明:爆心地から4000メートルの陸軍船舶練習部構内から撮影。営庭で作業中だった木村権一(当時41歳)は、下敷きになった厩舎から這い出し、写真室まで走って取りに行ったカメラ(マミヤシックス)で3枚のきのこ雲を撮影した。しばらくして、西方向に火災の煙を発見、鉄はしごで建物の3階屋上まで上り、ものすごい勢いで広がる市中の火炎を撮影した。中央部が爆心地方向
そして、上の説明通り、木村権一は、この写真の撮影以前に「キノコ雲」と称する写真も撮影しています。
つまり、木村あるいは、広島平和記念資料館側かわかりませんが、「原爆によるキノコ雲」と「原爆によって起こった火災」を区別しているわけです。
林はわざわざ火災の方の写真を提示して「キノコ雲じゃないじゃないか!」としています。上の写真リストを見ればすぐにわかりますが、林が故意にすり替えていることは誰の目にも明らかでしょう。
悪質なことに林は、先の写真に「炸裂後、約1時間。「爆心」直下から4キロメートルの陸軍船舶練習部構内から撮影」という説明のみをつけ、「炎上中の広島市街」というタイトルも、「ものすごい勢いで広がる市中の火炎を撮影した」という説明も無視しているわけです。
キノコ雲?3
これも同じ手口です。P59には、次の写真が提示され、
P59:正午頃、広島市の上空いっぱいに広がった雲と煙。「爆心」直下から約7キロメートル。安佐南区古市町神田橋から撮影
という説明書きがあります。そもそも、仮にピカドンがキノコ雲を形成したとしても、説明書きの通り「正午頃」です。キノコ雲が何時間もその形を維持するものなのでしょうか???
この写真は、松重三男による写真のうちの一枚なのですが、説明にはこうあります。
タイトル:炎上する広島市内
説明:病気療養中だったレントゲン技師・松重三男さんは、安佐郡(現在の安佐南区)の自宅で被爆。ピカっと光った瞬間に、屋外に飛び出し、広島市上空にオレンジ色の火球が尾を曳くようにものすごい勢いで上昇するのを目撃した。急いでカメラを取りに部屋に引き返し、原子爆弾の炸裂から約2分後、友人から預かっていたキャビネ版の暗箱で、自宅近くの神田橋下の河原からそのオレンジ色の雲を撮影した。これは正午頃、広島市の上空いっぱいに広がった雲と煙を撮影したもの。
ということは、松重はキノコ雲も捉えていたのでしょうか?その写真はこちらのリストにあります。
林の手口が前項と全く同じであることが明白ですね。同一人物による「キノコ雲」と「市街火災」の写真がありますが、林は故意に「市街火災」の方を提示して「キノコ雲に見えるか?」としているわけです。林の悪質さがよくわかります。
再度、林は先の写真に「正午頃、広島市の上空いっぱいに広がった雲と煙。「爆心」直下から約7キロメートル。安佐南区古市町神田橋から撮影」という説明をつけているだけで、「炎上する広島市内 」というタイトルは無視しているのです。
キノコ雲?4
林はこの章の最後のP60に米軍撮影の写真を掲載しているのですが、ここに「さて、これらの写真はストレートにピカドンに結びつくだろうか?」と書いていますね。もしかしたら『広島原爆戦災誌第5巻』の印刷物にはあるのかもしれませんが、PDFバージョンには見つけられませんでした。
本物のキノコ雲の写真
これです、本物のキノコ雲の写真です。
当然ですが、米軍撮影のものであり、これくらい離れなければ、キノコ雲には見えない事実を示す一枚でもあります。
しかし、なぜか林はこの写真を第8章ではなく、第9章で提示しており、そこにはこうあります。
(4)時間経過後のキノコ雲写真(68頁)の信憑性に疑義。
「爆心」直下から約80キロメートルの瀬戸内海上空から米軍機が撮影したと言われている
写真の撮影時刻が、投下10分後とも、1時間後とも、3時間後とも言われていて不正確。
信憑性に欠ける写真とも考えられる。
かなり苦しいですね。これまであげた「雲」にしても正確な時間などわかりません。また、既述の通り、林が故意に写真をすり替えていることは証明済みと考えます。こんなものよりも林の方がはるかに信憑性に欠けることは誰の目にも明らかでしょう。
本当に広島なのか?
さて、次に問題になるのは、これが本当に広島なのか否かです。こんな記事がありました。
こう書いていますね。
PDF2ページ最後:一番右の写真.これが有名な広島のキノコ雲の写真図 1 で,松山沖の瀬戸内海上空のエノラ・ゲイから撮影されたとされているが,撮影者や撮影時間は特定されていない.しかし,これには倉橋島や広島湾の海岸線が写っている.馬場氏らは,この写真を使って爆心からの距 離は 52.1 km,雲の高さは危険率 5% で 14.54〜 16.88 km と評価している.
倉橋島をGoogle Earthで見てみると、わかりました。こんなアングルです。オレンジで示した海岸線が特徴的です。
キノコ雲は火災の煙?
さて、この記事の冒頭では、「キノコ雲は,爆発直後にできたものではなく,しばらく時間がたった後の地上の激しい火災によって発生した煙や雲とみられることが分かった」という報道を引用しており、これは林の複合爆弾説にとって好都合な話ですね。
しかし、この記事では「最新の映像解析もキノコ雲を確認(PDF2ページ)」としてこれを否定しています。詳細は省きますが、こうあります。
PDF3ページ:したがって,これらの写真に写っている巨大な雲は明らかに原爆の爆発によるキノコ雲であると断定してよいと思う.
まぁ、正直なところどういう見解でも構いませんが、これは複合爆弾などではなく、一発の核爆弾に間違いないことですから。
近くから見てもキノコ雲には見えない
結局のところ、冒頭にあげた写真の撮影者は、爆心から2.5kmしか離れていないのです。キノコ雲に見えるわけがありません。また、それ以降にある二つは単に広島市街の火災です。キノコ雲のわけがありません。









コメント