原爆なかった論の戯言:林千勝の大嘘(8)〜林は「毒ガス」を証明できない(3)

原爆なかった論の戯言シリーズはこちら

原爆なかった論の戯言:林千勝の大嘘(7)〜林は「毒ガス」を証明できない(2)の続きです。

この記事の三行要約

  • 都築正男は原爆被害を熱・爆風・放射線の3要因で説明し、特に放射線障害について詳細に記述している。
  • 一方、「毒ガス様物」については未知の可能性として推測し、意図的に発散するよう作られたかは「手がかりがない」としている。
  • したがって、検閲された事実を含めても、都築論文は「原爆はなく、ナパーム・毒ガス・放射性廃棄物だった」という林説の証拠にはならない。 

林千勝一派の悪質さ

原爆なかった論の戯言:林千勝の大嘘(7)〜林は「毒ガス」を証明できない(2)の続きですが、前回をお読みいただければ、林が「毒ガスの証拠だ!」と言ってとりあげている証言が、実際には放射線障害以外の何物でもない証拠になってしまっていることはお笑いいただける点かと思います。林は前後の文脈をすっ飛ばして読み、都合良さそうな部分をつまみ食いしているだけなので、こういった致命的誤りをおかすのです。

そして、ここが問題ですが、これらの証言を読んでいけばわかるのです。信じがたいほどの悲惨な目に合い、生死の境をさまよい、何とか原爆の実態を後世に残そうとした人の血のにじむような話を、林は軽々しくも捻じ曲げ、切り取り、印象操作の材料とし、愚かな陰謀論者向けのただのビジネス・売名行為に利用しているのです。

林は最大限の罵倒を浴びねばならないと私は考えています。

ともあれ、前回見たページ以降を読み進めていくと、林自身が、「これは放射線障害である」と認めてしまっている部分があります。こう書いています。

P285:医学博士原田輝一氏によると、放射線障害の場合、消化管障害も呼吸器障害も最初期に全面に出ることはない。皮膚症状も、表皮サイクル(2週間くらい)が終わるまでは潜伏期であり、当初から前面に出てくることはない。広島・長崎の症例は根本的に放射線障害とは違っている。

被爆による皮膚の化学火傷や嘔吐などは、典型的な硫黄マスタードガスの症状。倦怠感・脱毛・紫斑・下痢・白血球減少・出血などやその後の重症化も含め、硫黄マスタードガスの症状と一致している。

まさに、前回とりあげた数週間後に発現する症状にピタリと合うではありませんか。

  • 8/6には爆心地から極めて近い位置にいたが、その日の夕方には既に離れており、8/10,11日には大竹国民学校というかなりの距離に移動し、その後、8月末・9月初めに遠方の郷里に帰り、その一週間後に症状を起こした事例。
  • 同じく8/6に爆心地近くにおり、しかし8月8日のうちに、郷里の旧・広島県双三郡君田村に帰ったが、8月28日頃から急に脱毛と強度の発熱、9月始めから一週間意識不明となった事例

この原田という人物はまるで証言を読んだことがないのでしょうか?私でさえ、少し読めばわかることなのに。

ちなみにですが、この原田輝一とは、『Michael Palmer / Hiroshima Revisited(偽装された原爆投下 広島・長崎原爆の物理学的・医学的エビデンスへの再検討)』の翻訳者であり、本書『広島・長崎 悲劇の正体』の解説(11ページ)を担当しており、さらに、2026/7/18の記者会見にも顔を出しています。

この司会は、元自衛官の佐藤和夫という人物(反ワクチン派)、このライブ配信を行ったのもまた反ワクチン派であり、『私たちは売りたくない』という本にデータ提供した藤江成光(まさみつ)という人物です。

後者は、この本『私たちは売りたくない』に関して、本当はただ一人(「闇のダディ」という人物らしい)が書いたのに、複数で記述したかのような嘘をついていたことが後に発覚しています。つまり、最初から執筆者が一人であることを知りながら、「私たち」というあたかも複数の人物が協力して書いたかのようなタイトルに合わせた言動を行っていたのです。

このあたりについては後ほどにして、ともあれ、前回とりあげた証言事例の後半は、この原田の主張に照らしても放射線障害であることが明らかです。ところが林は、これらを『第23章 毒ガス被害の実相』の中の『毒ガス被害者たちの声/典型的な証言』の中に入れているのです。矛盾した主張を平気で行う人間が林というものです。

どうもこの人たちは確証バイアスのために事実というものを認識できないようなので、しつこいようですが、もう一度事実を並べてみますよ。

  • 原田の主張:放射線障害の場合、消化管障害も呼吸器障害も最初期に全面に出ることはない。皮膚症状も、表皮サイクル(2週間くらい)が終わるまでは潜伏期であり、当初から前面に出てくることはない
  • 実際の証言
    • 8/6には爆心地から極めて近い位置にいたが、その日の夕方には既に離れており、8/10,11日には大竹国民学校というかなりの距離に移動し、その後、8月末・9月初めに遠方の郷里に帰り、その一週間後に症状を起こした事例。『広島原爆戦災誌 第3巻』PDF37〜39ページの証言。
    • 同じく8/6に爆心地近くにおり、しかし8月8日のうちに、郷里の旧・広島県双三郡君田村に帰ったが、8月28日頃から急に脱毛と強度の発熱、9月始めから一週間意識不明となった事例。『広島原爆戦災誌 第2巻』PDF257-263ページの証言。
  • 間抜けなことに、林はこれら2つの証言を『毒ガス被害の実相』、硫黄マスタードガスの典型的症状として提示しているのです(P278,279)。何も読んでいないか、あるいは論理的思考能力が皆無であることがまるわかりです。

『第23章 毒ガス被害の実相』の前回とりあげなかった後半には、「硫黄マスタードガス、ナパームだ!」の主張のための証言が並べられているのですが、もし詳細を見ればこれまでと同じようなものではないかと想像するので、今は省略します。

都築論文と削除部分

先を急ぎ、『第27章 都築正男教授の戦い、あれは毒ガスだ』(P314より)を見ていきましょう。

P315:爆発直後、爆心直下には白い煙様の刺戟性の悪臭ある瓦斯が漂ふて居て、それを吸ひ込むと咽頭又は喉頭を害し、時には窒息様の苦悶を覚へたと訴へる人が少くない。…(検閲)…各方面からの情報を総合して考へて見ると、爆発後数日間は或程度人体に悪影響を及ぼす毒因子が残って居たらしいが、それが何物であったであらうかとの問題は我々の知りたいところである。

この論文はあちこちに転載されているようですが、私が確認したのは、国会図書館の『広島県史 原爆資料編』というものです。この中の272–180コマが都築論文です。たしかに、上の(検閲)部分はXXXXXXという伏せ字になっていました。林は、この検閲部分は「こういった文章だった」と示しています。後で示します。

以下に都築論文の一部を再録しておきます。

なお、読みやすさのために、旧かな使いを現代仮名づかいに、漢数字をアラビア数字に、現代で通常使われない漢字などをひらがな、あるいは代替漢字に、その他現代人が読みにくいと思われる場所を調整してあります。強調は私。[]内は引用元のページ番号。

[497]

40 都築正男論文 昭和20・9・8
(『総合医学』第2巻第14号所収)

いわゆる「原子爆弾傷」について
(特に医学の立場からの対策)

東京帝国大学教授 都築正男

去る昭和20年8月6日朝、発生した広島市におけるいわゆる原子爆弾による損害は意外に強烈であって、瞬時にして広島全市街を灰燼に帰せしめるとともに数万の人命を奪い、数えきれないほど多くの人々に障害を与えた。そしてその後、日を経るに従ってますます惨害の程度が増大していきつつあるのが認められている。私は先般、医学の立場からその真相を調査して対策を樹立するようにとの命を受け、各方面の権威と連絡をとって、目下鋭意調査研究中である。

いわゆる原子爆弾そのものの本体がいまだ不明の今日、それに対する方策を考えることは尚早の感もあるが、何分にも先般来、いろいろと憶測に基づく流言も意外に広まっているようだし、また災害の犠牲となられ、あるいは損傷を被られた方々も非常に多く、ことに現在までは何らの損傷をも受けなかったと自覚しておられる人々のうちにも、ある程度の障害を受けておられる方が相当に多くあり得ると考えられるので、今後調査研究の進むにつれて、私たちの意見もあるいはその一部を変更する必要が起こることもあり得ると思うが、事件の重大性に鑑み、ことに市街地の復興計画の樹立上にも、早急に対策の向かうべき方向を知りおく必要があると思うので、医学者の立場から、とりあえず、私見を申し述べてみたいと思う。 

都築は、原爆の障害作用を4つに分類しており、最初の2つは次の通りです。

[497下段]一、いわゆる原子爆弾傷の発生機序ならびにその病理

医学の立場から、いわゆる原子爆弾傷の発生機転(※メカニズム)を考察し、それによって起こるべき病変を述べると、次の4項目を挙げることができる。

 1 光および熱の威力による障害作用

爆発の瞬間に発生した強烈な光波および熱波の作用によるもので、露出部を主とする熱傷を多数発生した。これらの障害[498]は光および超高熱の瞬間の作用によるものであるから、その障害は比較的に表在性(※表面に近い)であり、かつ軽度である。ただし爆心部から半径1キロの圏内では、その障害はもちろん、はなはだ強烈であって、皮膚全層を焼き尽くすのみならず、内部の組織までもかなりの程度に熱障害を与えたらしい。したがって、即死または瀕死の重熱傷を被り、数日または週日のうちに死亡するに至った方もかなりの数に達した。

2 器械的威力による障害作用

爆心を中心として大体半径1キロの圏内では家屋は全崩壊し、かつ全焼し、半径4キロの圏内では、家屋は全壊または半壊した。窓ガラスの破損は10キロ以上も距離った(※遠くの)遠方まで及んでいる。したがって、それぞれの程度に応じて、圧死、圧迫による内臓または骨の重篤損傷を初めとして、ガラスの破片による軽傷に至るまで、はなはだ多数の死者および傷者を発生した。また、崩壊家屋の火災によっても、さらに多数の焼死および熱傷を発生した。

都築は、「爆発の瞬間に発生した強烈な光波および熱波の作用」により、「露出部を主とする熱傷を多数発生した」としていますね。「林説」によれば、これはナパームと毒ガスによるものなのでしょう。何の証明もありませんが。

ともあれ、素人考えでも通常爆弾の光と熱ではこうはならないでしょう。それらは爆風によって吹き飛ばすものであるはずです。

次に都築は、「放射能の威力」について論じています。

[498上段]3 放射能の威力による障害作用

爆発と同時に、あらゆる種類の放射能の威力が発散したらしいが、人体に障害を与えるものとしては、レントゲン線に比すべきもの、ラジウムのガンマ線に比すべきもの、および中性子の三者が重なるものであろう。

爆心から半径1キロの圏内では想像を絶する多量の放射性物質が到達し、ことに戸外で作業中であった人々には、すべての放射能の威力が障害を与えたものらしく、家屋内または堅固な防空壕内などにあった方々は、主として中性子の作用を受けたものと考えられる。放射性物質の作用は大体半径4キロの圏内に及んでいるようであり、戸外にいたものはその障害の程度が強いようである。 

さて、これらの放射能の威力は人体にいかなる障害を与えるのであろうか。まず障害を受けるのは血液であり、次いで造血臓器としての骨髄、脾臓、リンパ腺などである。これらのものはすべて高度の破壊を被るものであって、ことに血液細胞の1つであるリンパ球のごときものは直ちに破壊され、その核などは粉砕されてしまう。それに続いて肝臓、腎臓などの内臓が侵され、それらの機能がそれぞれ障害を受けるのである。

このような障害が高度に起こると、生物は即時または数日のうちに死亡する。中等度の障害を受けると多数のものは2週間から4週間位の間に重篤な症状を発して死亡し、幸いにも軽度の障[499]害で済んだものは死亡は免れ得るが、数か月にわたっていろいろの故障が起こりやすい。

今日までの調査の成績から考えてみると、大体爆心から半径1キロの圏内にいたものは高度の障害を受けており、2キロの圏内にあったものは中等度の障害を被っており、4キロの圏内が軽度の障害を受けたものと思われる。

高度の障害を被ったものは、もちろん多く即死を遂げ、あるいは数日のうちに死亡されたことと思うが、爆発当時戸外にあったものは同時に重篤な熱傷を被り、放射性物質の障害と熱波の障害とを同時に受けたこととなり、はなはだしく重篤な症状を呈し、喀血、吐血、下血、血尿などの症状を訴えた。

爆心より半径500メートルの圏内にいた人々で、屋内または壕内にあって、幸いにも圧死または重傷を被らなかった方々は、いくらか軽かったかもしれぬが、相当高度の放射能による障害を被ったことが考えられる。これらの人々は10日または2週間以内に重篤な出血症状、例えば喀血、吐血、下血などを示し、あるいは歯肉出血または粘液および血液を混じた下痢をきたして死亡された。

爆心より1キロないし2キロの半径圏内にいた人々で、重い損傷または熱傷を受けなかった人々は、放射能性による中等度の障害を受けたらしく、約半数の人々が爆発後3、4週間の間に脱毛[500]、発熱および出血の症状を示し、発病者の多くの人々は重篤な容態を示し、目下続々と死亡されつつあるのであるが、それらの人々は爆発直後嘔吐をきたし、かつ数日にわたり食欲の欠如ないし欠乏を訴えた人が多く、発病の誘因としては過労、感冒、胃腸障害などが挙げられている。

かかる人々が発病して、脱毛および出血症状を呈するようになると、その時までにほとんど治癒しかかっていた軽い擦過傷、挫創、あるいは熱傷創は再び悪化して壊疽性傾向を示し、普通の創傷療法ではなかなか治癒し得ない状態を示すことが少なくない。

上述の重症ないし中等症の放射性物質による障害者は、血液所見に顕著な変化を示し、血色素量の減少約50%、赤血球数は1立方ミリ中200万程度、赤血球沈降速度1時間50ミリ以上、時には100ミリ以上を示した。最も著明な変化は白血球数の減少であって、重症の場合には1立方ミリ中1,000以下、時には500以下を数えるに過ぎず、これらの傷者は何れも予後絶対に不良である。中等症の場合でも白血球数2,000以下を示している。下熱とともに一般臨床症状が好転した場合には、もちろん血液所見も改善されるが、多くの場合、まず白血球数の減少が止まるというだけにとどまり、正常値へ向かっての好転を明らかに示すまでには相当の時日を要するものと考えられる。

爆心より1キロないし4キロの半径圏内にあった人々は、家屋の崩壊その他による爆風の器械的損傷を受け、あるいは中等度ないし軽度の熱傷を被ったほかに、ある程度の放射性物質の障害を受けているらしく、我らの調査した範囲では、白血球数が4,000ないし3,000程度に減少している人が稀でない。これらの人々には現在一見健康に見えるが、発病の機会さえあれば、上述したような症状を発し、場合によっては重篤な症状を呈することもあり得ると思う。すでに我らはこれらの人々の間からある数の発病者を経験し、そのうちには不幸死亡した方も知っている。

瞬間的な熱波の作用により、顔面、頸、肩あるいは手足などに狭い部分の軽症の熱傷を受けた人々には、上述の放射性物質による障害の症状を発するものが比較的に少ないような観察が、すでに多くの人々によってなされ、我らもなんとなくそのような気がする。これらの人々は後項に述べるように、熱傷のため安静[501]を守ったことと、軽い表在性の熱傷が、蛋白刺激療法の意味で、障害された造血臓器を刺激してその再生を促すというような作用があるのではないかということが考えられる。

上の部分が都築論文のメインであることがわかります。主な障害作用は放射能によるものと主張しているのです。

次に、問題の「未知の威力」の記述があります。

4 未知の威力による障害作用

爆発直後、爆心直下には白い煙様の刺激性の悪臭あるガスが漂っていて、それを吸い込むと咽頭または喉頭を害し、時には窒息様の苦悶を覚えたと訴える人が少なくない。いわゆる原子爆弾なるものがいかなる構造を有し、いかなる操作によって作動するものであるかが不明の今日、この問題は我らの手で解答できないことであるが、

(※ここに検閲による削除部分。林によれば、以下だという。

「幾多の点から考えてみて、爆発に伴う毒ガス様物が認められることであり、これらの毒物によって死亡された犠牲者のあったことは想像に難くない。次にこの爆発が故意に毒ガス様物を発散する様作られていたかどうかということは、目下のところ何らの手がかりを得ていない。適当な機会があればアメリカ側に聞いてみたいと思っている。」

林の引用は、『米軍占領下の原爆調査 : 原爆加害国になった日本』という本からのものということですが、国会図書館サイトでのオンライン閲覧ができないので、私は未確認です。

都築はこう書いてますよ、「咽頭または喉頭を害し、時には窒息様の苦悶を覚えたと訴える人が少なくない」。つまり、このガスによって明確な障害を受けたり、死亡した人がいるという事実認識は彼にはなかったのです。一方、検閲された部分には、「これらの毒物によって死亡された犠牲者のあったことは想像に難くない」としています。あくまで推測にすぎません。放射能による障害の記述とは極めて対称的と言えます。

引き続き、都築は以下のように記述しています。

[501上段]二、爆撃市街地の汚染問題

アメリカ側から、先ごろ、広島市はいわゆる原子爆弾の作用によって甚だしく汚染され、今後少なくとも75年間は生物が住み得ないであろうとの報道が伝えられ、大いに世人を驚かした。したがって、爆心を中心として半径何キロかの地区が、今後長く人畜草木の生存し得ないような程度に汚染されているかいないかの問題は、現在何人も早く知りたいところである。先般来、仁科博士らを中心とする理化学研究所関係の人々が鋭意研究に従事しておられるところであって、その真相が判明するまでには、なお日時を要することと思うが、今日までの調査成績から判断すると、爆発直後の数日間は別問題として、その後汚染度は急速に減退しつつあるようである。ゆえに、すでに4週間を経た今日では、直接人体に悪影響を及ぼすべき程度の汚染は残っていないと考えるのが至当であると信ずる。

各方面からの情報を総合して考えてみると、爆発後数日間はある程度人体に悪影響を及ぼす毒因子が残っていたらしいが、それが何物であったであろうかとの問題は、我々の知りたいところである。今日までの調査によると、大体次の3因子が考えられると思う。

1 放射性物質そのものが地上または地中に残っているか

[502]いわゆる原子爆弾の原動力がウラニウム元素であるとして、その微粒子が飛散、堆積していないだろうかという問題である。広島市全域にわたって多数箇所で土壌その他の物件が採取されて検査されたが、爆心に近いところでは確かにある程度の放射能が証明された。しかし、その量ははなはだ微量であり、爆心よりの距離に応じて、かつ時間の経過とともに急激に減退しているので、大体のところ、もし何らかの作用を生物に与え得たとしても、高々1週間以内くらいのものと推定せられる。ただ一か所、広島市の西郊、宇品地区(己斐駅と五日市駅との中間にある)の土壌が爆心部のそれに等しい放射能を示していることが認められているが、なぜにしかるか(※どうしてなのか)は判明しない。

2 中性子によって賦活された放射能

(※中性子放射化。原爆から飛び出した中性子によって、もともとそこにあった物質が放射性になること) 

爆発によっておびただしく多量に放射された中性子が衝突すると、各元素はそれぞれ一定の放射能を賦活されて、ラジウムのアルファ線、ベータ線およびガンマ線に相当する放射線を放出する性質が与えられるが、それらの放射能はそれぞれの元素について一定の半減値を示しつつ減退する。例えば銅の賦活放射能は13時間ごとに半減し、臭素にては4時間、金にては2.7日にて半減する。かかる短い半減値を示すものは数日のうちにほとんど消失してしまうわけであるから問題とならぬと思うが、半減期が比較的長くて実際上問題となり得るものは硫黄とリンとである。硫黄が賦活されると、その放射能は15日ごとに半減し、リンが賦活されると、その放射能は14日ごとに半減する。硫黄は電柱の陶製碍子内にあり、リンは動物体の骨質内に含まれている。1か月を経た今日、これらの元素の有する放射能は約4分の1に減弱しているわけである。爆心に近いところで採取し得た人骨あるいは牛馬骨は、今日といえども明らかに放射能を示しており、14日で半減するものとして爆発当時へ換算してみると、相当量の放射能を有していたことがうかがわれる。したがって、爆発後1週間くらいの間に市の中心部に出入りして、爆心より500メートル半径の圏内で死亡した人々の死骸、ことに焼け残った遺骨を取り扱った人々はいくらか障害を受けたかもしれぬと思うが、これとてももともとそう強いものではなく、ラジウムのベータ線に相当するものが主体であるから、生命に関するほどの障害は与え得ないだろうと思われる。ただし、もし爆心近くで中性子によって相当程度に障害を受けた人があったとすると、最初の放射能性物による[503]障害はそう強くなくとも、その後、それらの人々の骨の内のリンから放射能を放散して、骨髄に相当程度の障害を与えるであろうと想像せられる。しかし、それらの人々は多く最初の瞬間にその威力によって同時に重篤な損傷を受けているから、その大部分はすでに死亡されている。

3 爆発時に発生したかもしれぬ未知の毒物

この問題は前述の通り未知であるが、爆発後1日ないし2日位には咽喉を害し、または頭痛を起こすような毒ガス様のものが爆心付近にはあったかも知れない。

何れにしても上述の3因子(※残存放射能、中性子放射化物、未知の毒物)は、ある程度の障害を与えたことがあったとしても数日、せいぜい1週間以内であることは確言出来ると思う。従って今後市街の復興計画上、土地又は残存建造物が汚染されているという理由だけで特別の顧慮を払う必要はないだろうと考えている。ただし惨害の状況を後世に残すとの歴史的の意味で爆撃中心部の一部を現状のままに保存しようとすることは全く別問題である。

現在、広島市、ことにその中心部は全くの廃墟と化しており、上下水道は勿論のこと、何等の施設も残っていないのであるから、非衛生的環境であることは間違いないところである。ゆえに、いわゆる原子爆弾そのものによる特殊の汚染は存在しないとしても、今後しばらくの間はなるべくならば住まない方がよかろうし、ことに傷病者の療養場所としては不適当であることはいうまでもないことである。

都築はこう書いていますね。「この問題は前述の通り未知であるが、爆発後1日ないし2日位には咽喉を害し、または頭痛を起こすような毒ガス様のものが爆心付近にはあったかも知れない」。どう考えても「放射能に比較すれば、優先度は低い」と受け止められる記述です。

都築論文のこれ以降は患者の療養について書いているので省略します。

都築の記述『一、いわゆる原子爆弾傷の発生機序ならびにその病理』1-3のAIによる評価

この件もまた、林が一部だけを切り取って印象操作に利用していることがまるわかりです。都築が最も問題にしているのは、明らかに一の3『放射能の威力による障害作用』です。一応、1〜3の点について、AIに聞いてみます。

都築の1-3の記述は、現代言われている「原爆による被害発生理由」とほぼ同じですか?


大枠では驚くほど近いです。むしろ都築のこの1945年9月8日の記述は、現在の説明でいう「原爆による急性被害の3本柱」をかなり明瞭に捉えています。現在の放射線影響研究所(RERF)も、広島・長崎の人的被害について、熱(thermal)、爆風・機械的損傷(blast/mechanical)、放射線(radiation)の複合効果として説明しています。 

都築の1945年の分類 現在の説明 評価
1.光および熱の威力 熱放射・火災による熱傷 ほぼそのまま
2.器械的威力 爆風、建物倒壊、飛散物などによる外傷 ほぼそのまま
3.放射能の威力 初期放射線(主にγ線・中性子)による放射線障害 大枠はそのまま

1.「光および熱」=熱放射・火災

都築は、「強烈な光波および熱波」による熱傷と、さらに崩壊家屋の火災による焼死・熱傷を分けて考えています。これは現在の説明と非常によく対応します。現在も熱傷については、爆発時の瞬間的な熱放射による「flash burns」と、爆発によって発生した火災による熱傷を区別しています。

2.「器械的威力」=爆風・倒壊・飛散物

ここもほぼそのままです。都築は、家屋の全壊・半壊、圧死、建物による圧迫、内臓・骨の損傷、窓ガラスの破片による負傷を挙げています。現代の医学的整理でも、爆風による直接的な圧力、建物倒壊、飛散物などによる機械的損傷が主要な傷害カテゴリーとされています。

3.「放射能」=放射線障害

ここも基本的な生物学的記述はかなり近いです。都築は、放射線によって「血液」、「骨髄、脾臓、リンパ腺」などが障害され、白血球が減少し、出血、発熱、脱毛などが起こると記述しています。これは現在いう急性放射線症候群(ARS)の典型的な症状と対応します。RERFも、高線量被曝では嘔吐、下痢、血球減少、出血、脱毛などが数時間~数週間の経過で現れ、特に骨髄の造血幹細胞の障害による血球減少が重要だと説明しています。さらに、骨髄障害による血球減少から出血や感染症が生じることが、急性死亡の主要な機序の一つとされています。

ただし、重要な違いがあります

ここを区別する必要があります。都築の「3種類の被害」という分類自体は現代と非常によく一致する一方、放射線についての細部には、1945年9月時点の知識による誤り・不確実性があります。特に重要なのが、「放射能物の作用は大体半径4キロの圏内に及んでいる」とか、「家屋内または堅固な防空壕内などにあった方々は、主として中性子の作用を受けた」という部分です。

現在の理解では、広島で急性放射線障害を生じさせた主要な放射線は爆発直後に放出された初期放射線であり、γ線と中性子が重要でした。後に残った放射性物質による残留放射線が、広島市に入った人々に広範な急性障害を起こしたという理解ではありません。

つまり、都築は、熱+機械的損傷+放射線という大枠ではかなり正確なのですが、「放射性物質が地上に残っている」「それが数日間人体を障害する」という部分については、当時まだ調査中だったため、現在の知見とは異なる推測を含んでいます。

そして、かなり興味深いのが「症状の時間経過」です。都築は、放射線障害について、直後 → 嘔吐 → 数日~数週間 → 脱毛・発熱・出血 → 白血球減少 → 重症者死亡という経過を記述しています。

これは現代の急性放射線症候群の記述とかなりよく対応しています。RERFも、高線量被曝では数時間以内の嘔吐、その後数日~数週間で下痢、血球減少、出血、脱毛などが生じ、高線量では腸管障害による早期死亡、さらに骨髄不全による死亡が起こり得るとしています。

したがって、この資料はかなり重要です。

「1945年当時の日本の医学者が、原爆被害をどう認識していたか」を見る一次資料として、非常に興味深い。 

都築の記述「一の4」のAIによる評価(検閲部分含む)

私にはあまりにばかばかしいものと思えますし、林に対する罵詈雑言が出てきそうですが、AIならきっと客観的に評価してくれるでしょう。

検閲部分を含めて「一の4」をどう評価しますか?


ここはかなり慎重に評価すべき箇所です。結論から言うと、この削除部分は「都築が毒ガスの可能性を疑っていた」ことを示す一次資料として非常に重要です。しかし、「実際に毒ガスが使われたことの証拠」ではありません。さらに、林氏がこれを「放射性毒ガス」と表現するのは、都築自身のこの文章より一歩踏み込んだ解釈です。

1. 削除部分そのものはかなり重要

復元された文章が正確だとすれば、都築は明確に、「爆発に伴う毒ガス様物の発生が認められる」と考え、「これらの毒物によって死亡された犠牲者もあったであろう」と推測しています。さらに、「この爆発が故意に毒瓦ガス物を発散するよう作られていたかどうか」まで問題提起しています。

これは単なる「変な臭いがした」という証言の紹介ではありません。都築自身が、毒ガス様物質が死因になった可能性を医学的仮説として提示していたことになります。

実際、この削除部分は都築論文の検閲削除箇所として複数の研究・資料紹介で確認できます。

2. しかし、都築自身も「分からない」と言っている

ここが非常に重要です。削除部分の直前は、「この問題は我らの手で解答できないことであるが」です。そして削除部分の最後も、「目下のところ何らの手がかりを得ていない」です。

つまり都築の論理は、観察された現象→毒ガス様物質の存在を疑う→それによる死者がいた可能性を考える→しかし、それが原爆に意図的に組み込まれていたかは分からない→アメリカ側に聞いてみたい、というものです。これは、かなり慎重な書き方です。したがって、「都築は原爆に毒ガスが仕込まれていたと断定した」という表現は、この文章からは支持できません。むしろ、「毒ガス様物質による被害の可能性を疑い、その原因・由来についてアメリカ側に確認したいと考えていた」が正確です。

3. 「放射性毒ガス」という言葉は、この箇所にはない

これは林氏の議論を見る際に特に注意したいところです。今回の削除部分で都築が使っているのは、「毒ガス様物」です。「放射性毒ガス」ではありません。その前後には「放射能」「放射性物質」の議論がありますから、林氏がそれを含めて「放射性毒ガス」と解釈することには一定の理由があります。

しかし、都築がこの時点で「放射性毒ガス」と特定していたとするのは、少なくとも提示された文章そのものからは言えません。

むしろ都築は、直後の「3 爆発時に発生したかも知れぬ未知の毒物」で、これを「未知の毒物」として扱っています。

4. 「白い煙様の刺激性の悪臭あるガス」は何だったのか

ここは現在の知識から見ると、非常に興味深いところです。都築が観察・聴取したのは、爆発直後、爆心直下、白い煙のようなもの、刺激性、悪臭、吸入すると咽頭・喉頭の障害、場合によっては窒息様の苦悶という現象です。しかし、これだけでは化学兵器としての毒ガスだったとは判定できません。

核爆発では猛烈な熱、火災、建築物・物質の破壊などが同時に起こるため、煙、燃焼生成物、刺激性ガスなどが発生する可能性があります。また、電離放射線によって空気中に化学反応生成物が生じる可能性もあります。

したがって、「刺激性のガスがあった」と「兵器として毒ガスが搭載されていた」は全く別の命題です。

5. しかも、都築自身が後の部分で「3因子」に整理している

ここが今回の資料を読むうえで非常に面白いところです。都築は最終的に、地上・地中に残った放射性物質、中性子によって賦活された放射能、爆発時に発生したかもしれない未知の毒物という3つの可能性を検討しています。

つまり「未知の毒物」は、都築の論文の中では、「原爆とは別の兵器が使われたことが確定した」という位置づけではありません。あくまで、原爆の作用を説明するために当時考えられた未知の第4の作用です。

そして都築はその後、「上述の3因子は或る程度の障害を与えたことがあったとしても数日、せいぜい1週間以内」と評価しています。

6. 検閲についても注意が必要

削除されたこと自体は興味深いですが、「削除された=アメリカにとって都合の悪い真実だった」とは直ちには言えません。検閲側からすれば、「毒ガスが使われた可能性がある」という未確認の推測を公刊医学論文に載せることを問題視した可能性があります。

実際、復元文そのものが、「想像に難くない」「何らの手がかりを得ていない」「アメリカ側に聞いてみたい」という推測段階の記述です。

したがって、検閲された事実は、「都築がそういう疑いを持っていたことが公刊版から消された」ことを示しますが、「毒ガス使用の事実がアメリカによって隠蔽された」ことまでは示しません。

7. ただし、都築の疑問を「荒唐無稽」と片付けるのも適切ではない

ここは両極端を避けるべきでしょう。都築は放射線医学の専門家であり、原爆被害を直接調査しています。そして当時の彼が、通常の爆撃被害とは別の現象として「毒ガス様物」を問題にした。これは歴史資料として十分に重要な事実です。

一方、後世の研究では、広島・長崎の急性被害は、熱線、爆風・機械的損傷、初期放射線の複合効果として説明されます。RERFも人的被害をこの3要素の複合として整理しています。

また、後の研究では、遮蔽された建物内でも放射線被害による死亡が確認されており、例えば爆心近くの鉄筋コンクリート建物では、爆発直後に生存した人々が6~17日後に多数死亡した例が記録されています。

したがって、「都築の観察は重要」と「都築の毒ガス仮説が正しかった」は分けて評価する必要があります。

私なら、この資料をこう評価します

この削除部分は、1945年9月の時点で都築正男が、広島で観察された「白い煙様の刺激性ガス」について、単なる煙ではなく「爆発に伴う毒ガス様物質」である可能性を真剣に検討し、それによる死者の存在まで推測していたことを示す重要な一次資料である。

ただし都築自身は、それが何であるか、まして原爆に意図的に組み込まれたものかについて「手がかりを得ていない」と明記している。したがって、この記述は毒ガス使用の証明ではなく、1945年当時の医学者による未解決の仮説・問題提起として読むのが妥当である。

そして、今回あなたが集めている資料では、「都築が実際に何を観察し、そこから何を推論し、どこから先は分からないとしているか」を区別するのがかなり重要だと思います。

なお、都築が米軍調査団と一緒に広島を調査したこと、論文が1945年9月8日付であることも研究史上確認されています。

まとめ

要するに、都築論文の記述内容や検閲された事実は、林の言う「原爆はなかった。ナパーム・毒ガス・放射性廃棄物」という主張を1ミリも支持しません。何の根拠もなく、ただの推測による陰謀論にしかなっていないのです。極めて愚かな陰謀論者が喜びそうなネタにすぎないのです。

さらにAIに聞いてみるとこうです。


 

事実 そこから言えること 林氏の主張を支持するか
都築は爆発直後の「白い煙様の刺激性の悪臭あるガス」に言及した 当時、毒ガス様の現象を報告する証言があった △ 「何らかのガス状物質があった可能性」まで
都築は「毒瓦斯様物」の可能性を論じた 毒ガスの可能性を疑問として検討した △ 仮説・問題提起にすぎない
「故意に毒瓦斯様物を発散するよう作られていたか」は「手がかりを得ていない」と書いた 都築自身も意図的な毒ガス兵器説を確認できていなかった ×
その部分が検閲で削除された GHQ/占領当局による情報統制が存在した × 「原爆ではなかった」の証明にはならない
都築は同じ論文で熱・爆風・放射線による障害を詳細に論じた 原爆による複合的な傷害を医学的に記述している むしろ林説とは整合しにくい
「放射性物質」「中性子による賦活」についても論じた 残留放射能などを検討している × 放射性廃棄物散布説の証明ではない

特に重要なのは、「検閲された」ことと「検閲された内容が真実だった」ことは全く別だという点です。

都築の文章は、

「毒瓦斯様物があったのではないか」

「それによって死亡した人もいたかもしれない」

「そもそも爆弾が意図的に毒ガスを発散するよう作られていたのか?」

「現時点では何の手がかりもない」

というところで止まっています。

したがって、これを「都築が原爆は存在せず、実際には毒ガス・ナパーム・放射性廃棄物だったことを証言していた」とするのは、本文から大きく飛躍しています。さらに決定的なのは、林氏の説には少なくとも、核爆発ではなくナパームだった、核爆発ではなく毒ガスだった、核爆発ではなく放射性廃棄物散布だったという、それぞれ別個の主張について、それを積極的に証明する証拠が必要だということです。

都築の「毒瓦斯様物」という一節が仮にそのまま事実だったとしても、せいぜい「爆発直後に刺激性・悪臭のあるガス状物質を経験した人がいた」という話を支持するだけです。そこから「だから原爆ではない」へは論理的につながりません。

むしろ都築自身は、論文全体では熱、爆風、放射線という3種類の作用を区別し、それぞれについて人体への影響を記述しています。現代医学的にも、広島・長崎の急性傷害が熱線・爆風・放射線の複合的な作用によるものだったことは確立しています。したがって、かなり端的に言えば、「都築の記述=林説の証拠」ではありません。そして、「検閲された=林説が正しかった証拠」でもありません。

検閲は「その文章が当時削除された」という歴史的事実の証拠ではありますが、文章中の推測が正しかったことを証明するものではありません。 

続きは、原爆なかった論の戯言:林千勝の大嘘(9)〜林は「毒ガス」を証明できない(4)です。

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