正距方位図法
先ごろ国連がイコールアース図法の使用を推薦(強制ではない)したとして話題になりました。メルカトル図法ではいかにも面積が大きく歪んでしまうというのですが、それはその通りですね。
しかし、フラットアーサーは文句を言ってるようです。地球の本当の姿は以下だと。しかし、この正距方位図法では、南に行けば行くほど、大きく歪み、とんでもなく面積が大きくなってしまいます。 (一点を除き)現実とは何の関係もありません。
当然ですが、フラットアーサーは地球がこんな姿であることを証明したことはありません。ただの妄想です。そして、オーストラリアがこんなに東西に長いことさえ証明できやしません。彼らは何も証明できないのに、空想の世界で「これが正しい」と言ってるだけです。
この地図において、現実と一致する点はただ一つだけ、子午線の長さが正しいことだけです。ざっくり簡単に言えば、地球上の各地点の北極からの距離だけが正しいのです。
こんな馬鹿げたものを信じ込んでいる理由は、19世紀にアレクサンダー・グリーソンという人物が「聖書に書いてある!地球は平面だ!」と言って、地球儀を単純に切り開いて引き伸ばしたグリーソン地図というものを作ったのが始まりです。これは上に述べた正距方位図法とまったく同一のものです。
もちろん、彼自身も、その後のフラットアーサーも、一切何の測地もしたことがありません。根拠もなくこんなものを信じ込んでいるのです。
ところが、愚かなフラットアーサーたちは、この地図が本当だと思い込み、「飛行機の経路がおかしい。グリーソン地図なら納得できる。やっぱり地球はフラットだ!」などと論じているのですから笑止というものです。
フラットアースをざっくり
で、フラットアースをざっくり言えば、上のような姿の地球平面上空を太陽・月・星々がぐるぐる回っているのだというものです。この記事では、太陽についてのみ論じますが、この高度については諸説あり、ここでは5,000kmとしてみます。
この高度で上の平面上空を時計回りにぐるぐる回っているわけです。
これはありえません。現実、観測事実とはまったく合致しなくなります。
これが太陽を見るだけで発覚します。フラットアーサーとは、こんなこともわからずに信じ込んでいるだけの、ただの宗教者です。
夕日に関する矛盾
日が沈むはずはない
まず、この説が正しければ、「夕日が沈む」という現象は絶対に発生しません。論理と理性をお持ちの方であれば納得できますね。太陽は絶対に沈むことはないのです。フラットアーサーとは、こんな簡単なことさえ理解できない人たちのことです。
例えば、東京の夏至を考えてみます。この日に東京で夕日が(現実に)沈むとき、太陽直下はエジプトあたりになります。そこでは太陽が真上にあるはずです。エジプトの知り合いがいれば、電話して聞いてみてください、「お前のところでは太陽はどうなってる?」と。どこかに沈んだでしょうか?
太陽黒点が同一のはずがない
ついでに、東京とエジプトでの太陽黒点を観察してみましょうか。エジプトでは、太陽が真上、東京では地平線・水平線ぎりぎりにあります。この時、この太陽という球体を、真下からと真横から観察することになります。すると、この2つの地点で観測できる黒点は、まったく違うものになるはずです。
わかりますね。エジプトでは太陽という気球を下から見ており、東京ではそれを横から見ているのです。気球の模様は違うはずです。以下の絵では、斜め45度から見てますが、もっと極端です。この気球を完全に横から見ているはずです。明らかに見える模様は違うはずですよね?
それ以前に、こんなに観測角度が違うのに、あるいは、どこから見ても円に見えるということは太陽は球体でなければなりません。ですから、太陽は球体に確定します。であれば、気球と同じ理屈が適用されます。
さて、フラットアーサーにとって大変残念なことですが、現実には、同時刻であれば太陽黒点はどんな場所から見ても同一です。
太陽の見かけの大きさが同じはずがない
これだけでも十分な気がしますが、まだあるのです。フラットアースが真実であれば、お昼と夕方の太陽の大きさは極端に違うはずです。
例えば、東京の夏至の日では、太陽は次のような経路(北回帰線上)を通り、日の出・日没の位置は図に示した通りです。これは、現実の日の出・日没時刻から導きだしたものです。
太陽は、この平面上空のおおよそ5000km位にいます。AIに聞いてみましょう。
フラットアースが正しいと仮定し、地球の姿は正距方位図法そのものだとします。太陽高度は常に5000kmとします。東京の夏至で太陽が南中したときの太陽と東京との距離と、日没の時の東京との距離を求めてください。現実の日没時刻に合わせてください。論理的にフラットアースでは日没が起こらないことは無視してください。
各AIに違いが出ましたが、最終的には以下の値になりました。最初からこの値を出してきたのはClaudeでした。
- 南中時(正午ごろ、太陽が真南に来たとき):約 5,183 km
- 日没時(19:00ごろ):約 12,090 km
つまり、南中時と日没時では、東京と太陽との距離は二倍以上になるわけです。すると、南中時の見かけの太陽の直径を1とすれば、日没時の見かけの直径はいくつになりますか?
- 直径:43%
- 面積:18%
要するに、南中時の見かけの太陽の大きさに比較して、日没時(フラットアースでは沈むことはありえないが)には、すごくちっちゃく見えるはずなのです。
現実にはそうはなりません。太陽の見かけの大きさは常に一定です。
遠近法と消失点
平面詐欺師のエリック・デュベイなどは、「遠近法によって太陽は見えなくなるのだ、消失点というものがあるのだ、それで消えるのだ」などと戯言を言います。もしそれが本当であれば、太陽は次のように見えるはずです。遠くなるにしたがって、低く見えますが、太陽自体も小さく見えるはずです。もちろんですが、いくら遠くなっても「沈む」ことはありえません。しかし、現実には、太陽がいくら遠くになっても、低くなっても、その見かけの大きさは一定です。大きさ一定のまま沈んでしまいます。
一体どういうわけなのでしょうか?現実の太陽には遠近法が一切適用されません。真昼の太陽の見かけの大きさは、日没直前の見かけの大きさとまったく同じです。
この時点でもはや、この詐欺師は現実から空想の世界に軸をずらしています。
事実として、太陽の見かけの大きさがまったく変わりません。そして、そのままの大きさで地平線・水平線に沈んでしまうのです。この不可解現象をフラットアースはまったく説明できないのです。
ほとんどの時間帯で太陽は天頂より北にあるはず
まだまだあるのです。先の夏至の日の太陽軌道と東京の位置関係をみてください。ずいぶん太陽が北側になっていますよね?日中のほとんどの時間帯で、太陽が天頂より北側にあることになってしまいます。
現実にはまるで一致しません。
そして、日の出もですが、日没もかなり北よりに沈むことになっています。実際に、日没は若干北よりになるのですが、西から30度程度北よりです。ところがこの図では50,60度くらい北よりになっています。
ありえません。
真夜中でも太陽は見えるはず
まだありますよ。最初に「日が沈むはずはない」と指摘しましたが、このモデルでは、真夜中でも太陽が見えることになります。計算してみると、東京の夏至の真夜中に真北を見れば、そこに太陽が地上から20度の位置に見えるはずです。
でも、実際には見えません。
フラットアーサーはなんだかんだ言い訳をするでしょうけれども無駄です。
地球はフラットなんでしょう?フラットだから、球体ではありえないような遠くの物が見えるのでしょう(実際には蜃気楼ですけどね)?であれば、なんで太陽のような超エネルギーの物体が見えないのですか?20度の高さにあるはずですよ。「地平線・水平線に沈む」ときよりもはるかに高いですよ。
フラットアーサーの言い分はまったく辻褄が合わないのです。まさに「御都合主義」以外の何物でもありません。
まとめ:夕日を見るだけでフラットアースなど成立しないことがすぐにわかる!
以上は、フラットアーサーの主張にもとづき、「もしそうであれば、太陽の動きは一体どうなるか?」を論理と数字で論じただけです。すると、観測事実には全く一致しないという結果になります。
フラットアースはまったくのウソです。
こんなものを信じ込むのはただの信仰であって、事実や論理とは無関係です。科学と言うことさえおこがましい。
そして、私のこの論理にフラットアーサーは一切の反論ができません。ただただ、侮辱・中傷・陰口を繰り返すだけなのです。それこそがフラットアースというものの本質です。
フラットアースとは、事実と論理ではありません。ただの信仰です。反対者を感情的に排除するだけなのです。フラットアーサーとはその程度の存在です。










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