原爆なかった論の戯言:林千勝の大嘘(11)〜都築論文の変遷

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原爆なかった論の戯言:林千勝の大嘘(10)〜1964年中国新聞の記事はトンデモの続きです。

この記事の三行要約

  • 都築の1945/9/8論文には「毒ガス様物」やその死者、故意の発散の可能性への言及があるが、10/1論文ではその表現が変化し、放射線による空気の電離や窒素化合物などの可能性を説明している。
  • 9/8論文の削除部分は検閲前の校正ゲラにあったとされるが、現時点ではその一次資料そのものを確認できておらず、出所は笹本征男の記述までしか遡れていない。
  • したがって、1955年の都築の「毒ガスという言葉を使うなと言われた」という回想だけでは、都築がその後も「故意の毒ガスによる死者」という説を維持した証拠にはならず、むしろ10/1以降の記述を含めて検証する必要がある。 

都築の資料を調べていたら、重要な点を発見しました。1945年の9月8日と10月1日の論文を比べてみると、かなり違っているのです。

1945/9/8の論文

原爆なかった論の戯言:林千勝の大嘘(8)〜林は「毒ガス」を証明できない(3) に書いたように、

昭和20・9・8(『総合医学』第2巻第14号所収)『いわゆる「原子爆弾傷」について(特に医学の立場からの対策)』においては、問題の個所は次です。

『広島県史 原爆資料編』の272–180コマ、印刷ページ497-509ページ。

4 未知の威力による障害作用

爆発直後、爆心直下には白い煙様の刺激性の悪臭あるガスが漂っていて、それを吸い込むと咽頭または喉頭を害し、時には窒息様の苦悶を覚えたと訴える人が少なくない。いわゆる原子爆弾なるものがいかなる構造を有し、いかなる操作によって作動するものであるかが不明の今日、この問題は我らの手で解答できないことであるが、

(※ここに検閲による削除部分。林によれば、以下だという。

「幾多の点から考えてみて、爆発に伴う毒ガス様物が認められることであり、これらの毒物によって死亡された犠牲者のあったことは想像に難くない。次にこの爆発が故意に毒ガス様物を発散する様作られていたかどうかということは、目下のところ何らの手がかりを得ていない。適当な機会があればアメリカ側に聞いてみたいと思っている。」

) 

ただし、削除部分の一次資料は私は未確認です。AIによれば、この記述の出所は以下と思われるというのですが、

  • 著者:笹本征男
  • 論文名:「原爆報道とプレスコード」
  • 掲載書:『「通史」日本の科学技術 第1巻』
  • 出版社:学陽書房
  • 刊行年:1995年
  • 掲載頁:286~307頁 

都築正男『所謂「原子爆弾傷(特に医学の立場からの対策)<綜合医学>2巻14号(1945年10月号)』の校正ゲラから得たらしい。 

笹本がそんなものをどうやって入手したのか、この校正ゲラなるものの写真(当然あるはず)があるのかは後ほど追求したいと思います。

1945/10/1の論文

昭和20年10月1日『日本医事新報』第1169号掲載『原子爆弾による広島市の被害について』には次の記述になっているのです(現代語訳)。

広島新史. 資料編 1 (都築資料)、205コマ、印刷ページ371

未知の因子による損傷

第四の未知の要因をなぜ考えるのかというと、現在広島に生き残っている人々が、口をそろえて、「爆心地には何か白い煙が立ちこめ、悪臭がして、息苦しかった……」と証言しているからです。

これは余談ですが、原子爆弾のことを広島地方では「ピカドン」と言っています。「ピカッ」と光ったあとで「ドン」と音がするからだそうです。重症の原子爆弾傷を負った患者に現れる顔つきを、「ファチエス・ピカドニカ(原爆顔貌)」と呼んではどうかと言う人もいます。白血球数が1,000以下になり、出血、歯ぐきの炎症、扁桃腺炎などを起こした患者が死ぬ前になると、その顔つきは遠くから一目見ただけでも分かります。「これはもう一、二日くらいしかもたないだろう」と分かるような、どす黒く、意識がぼんやりした、放心状態のような顔貌を呈するのです。したがって、「原子爆弾傷」のことを「ピカドニアジス」と呼んでもよいのではないか、とも考えます。

そこで話を元に戻して、何か特別な有害物質があったのか、という問題です。爆発によって避けられずに発生したものとも考えられますし、あるいは、意図的にそれを発生させるために作られたものとも考えられます。この点については、次のようにも考えられます。つまり、原子爆弾は、故意に毒物を散布するように作られていなくても、ガンマ線や中性子などによって空気が電離することでイオンが発生し、さらにさまざまな窒素化合物が生じることがある。その場合、刺激作用が強ければ、死に至らせることもあり得る。しかし、これはせいぜい数時間しか作用しません。

以上の四つの障害作用を引き起こすものが原子爆弾であり、それによって生じる損傷を「原子爆弾傷」というわけです。

2つの論文の違い

いずれの論文でも「爆心地あるいは爆心直下」には、白い煙が漂い、吸い込むと咽頭または喉頭を害し、時には息苦しかったとの記述は共通しています。

違いは以下です。

9/8:爆発に伴う毒ガス様物が認められることであり、これらの毒物によって死亡された犠牲者のあったことは想像に難くない。次にこの爆発が故意に毒ガス様物を発散する様作られていたかどうかということは、目下のところ何らの手がかりを得ていない。適当な機会があればアメリカ側に聞いてみたいと思っている。

10/1:爆発によって避けられずに発生したものとも考えられますし、あるいは、意図的にそれを発生させるために作られたものとも考えられます。この点については、次のようにも考えられます。つまり、原子爆弾は、故意に毒物を散布するように作られていなくても、ガンマ線や中性子などによって空気が電離することでイオンが発生し、さらにさまざまな窒素化合物が生じることがある。その場合、刺激作用が強ければ、死に至らせることもあり得る。

明らかに記述が後退していますね。9/8には、「故意に毒ガス様物を発散するように作られたかもしれず、死亡者もいたと想像する。そして、アメリカ側に聞いてみたい」としています。

しかし、この直後にファレルに聞いたところ、否定応答を受け取り、その様子を1955年に都築はこう話しているわけです。

「原子爆弾毒ガス傷(?)」というのがあります。これは私その当時非常に疑わしかったので、疑問符をつけて置いて、毒ガス傷とやったんですが、それでアメリカに叱られまして、毒ガスなんて言葉は絶対に使ってはいけないてんで、ワシントンの総合参謀本部となんべん交渉があったかしれませんが、結局そういう言葉を使っちゃいかんからやめろと……

毒ガスという言葉を使うと、アメリカが国際法を違反したと考えられる、毒ガスというものは使ってはいけないと、細菌兵器も使ってはいけないという事が国際法に明記してある。アメリカは国際法にしたがって戦争しているのである。したがって、一人も戦犯はないはずであると。こういうことをいっている時に、毒ガスは疑問符がついているのではありますが、毒ガス傷という言葉を出すという事はいろいろ誤解を起こすからどうしてもこれはやめてくれ、とこういうわけであります。

そして、10/1には、こう後退しているわけです。

「不可避かもしれないし、意図的かもしれない(わからない)。しかし、原子爆弾は、故意ではなくても、ガンマ線や中性子などによって空気が電離することでイオンが発生し、さらにさまざまな窒素化合物が生じることがある。その場合、刺激作用が強ければ、死に至らせることもあり得る。」

都築がその後も「毒ガス」説を貫いたとは考えにくい

ここから間違いなくこう結論づけられるはずです、原爆が真実であれ、偽装が真実であれ、ここでは関係ありません。都築がこれ以降も「故意の毒ガスのために死亡者がいた」という主張を貫き通すことはありえないということです。

もし林が「都築は毒ガスを主張し続けたことにより追放された」などという馬鹿げた主張をし続けたいのであれば、明らかに次の証明が必要です。

  • 都築が1945/10/1以降に「毒ガスである動かぬ証拠を掴んだ」事実
  • そして当然だが、1945/10/1以降に「やはり毒ガスである!」と主張した事実

もちろん、林の本にはそんなものは一切ありませんね。この本は徹底的なデマにすぎないからです。1955年の講演の「それでアメリカに叱られまして、毒ガスなんて言葉は絶対に使ってはいけないてんで」が何の証拠になるのですか?

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