またも平面説の致命的欠陥を発見してしまいました。この指摘も世界初かも。。。(既にご存知であればお知らせください)
南極についてはごたごたがありますが、しかし、平面信者自身も受け入れていることとしては、「太陽が赤道より北側を回るとき、北極では24時間太陽が見える」です。これは観測事実です。ここで言うのは、「北極付近」ではなく、「北極」そのものです。つまり、これは球体説だろうが平面説だろうが同じなのですが、
赤道にいる太陽の光は北極点までしか到達できない
ということです。すると、平面説では解決不能な重大な矛盾が発生します。平面説のほとんどの「派閥」においては、「太陽は地球平面上を周回する点光源」ということになっていますね。では、この点光源を赤道に置いてみて(つまり、春分・秋分のとき)、その光が到達する範囲を描画すると、どうなるでしょうか?
※もちろん、平面上を周回する点光源であれば、その照射範囲が制限されず、平面全体を照らすことになるはずですが、ここでは仮に平面信者の言うように「制限される」としてみましょう。
これを見れば、ひと目でおかしいとわかります。さらに、太陽を同じ経度で南回帰線(北半球にとっての冬至)に動かしてみると、はるかに状況が悪くなります。これをどう説明するつもりでしょう?
太陽の照射範囲は地球を飛び出し、無駄なところを照射しています。さらには、南極の照射領域が大きくなり、南半球の人の住んでいるところへの照射は減少してしまいます。これは南半球が夏のときですよ。ありえますか?
では、最初の春分・秋分に戻り、現実に太陽が照射している範囲は? 季節を問わず、太陽は地球の半分を照らしていますが、春分・秋分のときは、ちょうど北極点と南極点を通る面で地球を半分に分割した片側が照射されています。
これはもちろん観測事実ですし、球体地球を想像すれば、簡単に理解できますね。
これを平面地図に表現してあげると、こうです。
さて、こういった照射範囲を実現可能な点光源とは何でしょうか? ありえません。平面をこのように照らすことなど不可能と誰でもわかることです。そして、この仕組みがどう動くかを見てみると、こうです。
太陽は時計まわりに移動していき、照射範囲から外れた人たち、つまり、図の黒い直線上にいる人たちが一斉に「沈む太陽」を見ることになります。もちろん、「沈む」わけないことは、これまで何度も指摘していますが。
ともあれ、この位置の太陽が、黒線上の人たちにおいては一斉に「沈む」、平面信者の言葉としては、「遠近法で見えなくなる」そうですが、太陽までの距離が全然違いますね。南方の人にとっては太陽が遠いですが、北方の人にとってはかなり近いのに「沈む=見えなくなってしまう」のはなぜですか?
もし、こういう「星」を題材とした小説やアニメがあるとするなら、「その仕組みは何か?」まで説明しなければならなくなり、かなり面倒ですね。作家さんはどういう設定をするでしょう?
ともあれ、平面信者の方は、どうしてこんなことが起こるのか説明してください。何から何まであまりにめちゃくちゃです。再度ですが、平面信者の頭の中は、次のような感じのはずですが、これでどうやって上のような照射範囲を実現するのでしょうか?






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