この記事の三行要約
- 1942年、フロムは『自由からの逃走』で、「人は自由そのものではなく、自由に伴う不安から逃れるため、自ら権威に従うことがある」という心理を分析した。
- ナチスは社会不安や大衆心理を巧みに利用し、人々に安心感を与えることで、自発的な服従と人権の放棄を引き出したと考えられる。
- ロックが「人は生まれながらに権利を持つ」と説いたのに対し、フロムは「その権利は恐怖や不安によって、人々自身の手で手放されることがある」と指摘した。
さて、この記事でお伝えするのは歴史的に証明済みの「人々自らが自発的に人権を放棄する方法」です。
そして、おそらく現代のソーシャルエンジニア達はこのことを熟知しており、様々な手段を講じて、多くの人々がこの方向に向かい、自発的に人権を放棄してくれるようにしています。
もちろん、この意見には何の証明もありませんよ。私の見方としては、そう考えざるをえないと言ったところです。
『自由からの逃走』
1942年に発行された社会心理学者エーリッヒ・フロムによる『自由からの逃走』という本があります。おそらくこのあたりが、自発的人権放棄を心理学的に説明した最初のものです。
※この本はかなり難しいです。フロムの思想を理解するには、『生きるということ』、『愛するということ』の方がやさしいです。この二つはおすすめできます。
『自由からの逃走』以前に、ラ・ボエシによる『自発的隷従論(1550年前後)』などもありましたが、フロムのように心理学的側面から説明したものではありませんでした。また、ギュスターヴ・ル・ボンやジークムント・フロイトなどもこの線に近いようです。
これらの中で、フロムの優れていた点は、「自ら支配を望んでしまう人間心理の仕組み」を説明し、「自由そのものが服従への欲求を生む場合がある」という理論を提示したことです。「人間はもって生まれた自由を、自ら放棄してしまうことがある。それは心理学的な問題である」というものです、とはAIの意見です。
人間は自由を求めながらも、それを自ら放棄しまうのはなぜか?この逆説的な状況をフロムは説明しました。誤解を恐れずに、ずっと簡単に言えば、
あなたには何でもできる自由があるが、逆にそれが不安になってしまう。誰かに従っていた方が楽だ。そして、従うのであれば、お母さんのように包んでくれる大きな存在がいい。
これをかなり卑近な例で言うと、「独立すれば何でも好きなことができるけど、それでは不安だ、だから、思いっきり安定した大企業に入って一生すごそう」といった考え方です。もちろん、昇進すれば結局、自分が決めて、責任をとらなければならなくなりますが、当初の動機としてですね。
フロムはナチの手を逃れて米国でこの本を書きました。そしてこの本は「なぜナチスが人々の支持を受けるようになったのか」を軸としています。
自由には不安が伴う
私自身は大学時代に少々難しい『自由からの逃走』について友人と読書会をやって読み進めたのですが、かなり忘れているので、ここではAIにフロムの考えを誰でもわかるように簡単にまとめてもらいました。
フロムの考えを一言で表すと、「人間は自由がほしいと言いながら、その自由が重荷になると、自分から自由を捨ててしまうことがある」というものです。身近な例で考えてみましょう。
子どもの例
子どもの頃は、「早く大人になりたい!」と思います。ところが大人になると、自分で働かなければならない、自分で決断しなければならない、失敗しても自分の責任になります。すると、「誰か決めてくれた方が楽だ」と思う人も出てきます。
フロムが言いたかったこと
自由とは、「好き勝手できること」ではありません。自分で考え、自分で責任を負うことでもあります。これは意外と大変です。だから、強いリーダー、強い国家、強い組織が現れて「私について来ればいい」と言うと、安心して従ってしまう人がいます。
ナチスの場合
第一次世界大戦後のドイツでは、失業、貧困、将来への不安で苦しむ人が大勢いました。そこにヒトラーが現れて、「悪いのはユダヤ人だ」「私がドイツを立て直す」と言いました。すると、多くの人は「自分で悩まなくて済む」という安心感を得たのです。
フロムの結論
フロムは、「人は自由を失いたいのではない。自由に伴う不安から逃げたいのである」と言いました。その結果、「自由から逃げる」という現象が起こる、と考えたのです。簡単に言えばフロムの思想は、たった一文でまとめることもできます。
「人は、不安になると、自分で考えることをやめ、『誰かに従う方が楽だ』と思ってしまうことがある。」
これが、フロムがナチズムを分析してたどり着いた核心です。
ナチスの手法
では、ナチスの心理学的手法とは何だったのでしょうか?以下もAIにまとめてもらったものです。
「ヒトラーやナチスが現代の社会心理学のような理論を持っていたわけではないが、人々の心理を経験的・直感的に非常によく理解し、それを意図的に利用していた」というのが歴史学では一般的な見方です。
アドルフ・ヒトラー自身は『我が闘争』の中で、大衆心理についてかなり多くのことを書いています。例えば、
- 大衆は複雑な説明より単純なメッセージを好む。
- 同じ主張を何度も繰り返すべきである。
- 感情に訴えることが理性への訴えより効果的である。
- 共通の敵を示すことで集団を結束させられる。
といった考えです。これは現代心理学の実験に基づくものではなく、ヒトラー自身が政治活動や演説を重ねる中で得た経験則でした。
さらに重要なのは、ヨーゼフ・ゲッベルスです。彼は宣伝を徹底的に研究し、ラジオ、映画、ポスター、大集会、シンボル(ハーケンクロイツなど)、制服や行進を組み合わせ、人々に強い一体感と感情を生み出しました。これは今日でいう社会心理学や群集心理学の知見と非常に近い効果を生んでいます。
では、「偶然だった」のかというと、それも少し違います。ナチスが勢力を伸ばした背景には、
- 第一次世界大戦の敗戦
- ヴェルサイユ条約への不満
- 世界恐慌による大量失業
- 政治の混乱
といった社会状況がありました。つまり、社会不安で人々が強い指導者を求める状況が生まれ、ヒトラーはその心理を鋭く見抜き、宣伝技術を駆使して支持を拡大した、という流れです。
フロムの見方
わかりますよね。要するに、人間心理を操れれば、その人間を操ることができる。極めて単純な原理です。そして、危機的な状況、不安な状況、誰かに助けてもらいたい状況こそ、その目的に利用できる最適な状況ということです。
これは、国民という大衆に限らず、詐欺師がよくやっている手法です。不安を感じている人ほどカモにしやすいわけです。
ということで、その当時の一般大衆には、ヒトラーのような指導者がハマったわけです。今風に言えば、バズったわけですね。
- ヒトラーは「どうすれば人を動かせるか」を知っていた。
- フロムは「なぜ人はそのように動かされるのか」を理論化した。
フロムはナチスの成功を偶然とは考えませんでした。彼は、権威への服従や集団への同調を求めやすい心理状態が、当時のドイツ社会で広く形成されており、ナチスはその心理的土壌を利用したと考えたわけです。
現代の歴史学や社会心理学でも、「ナチスの成功は偶然の産物ではなく、社会状況と人間心理を巧みに利用した結果である」という点では、おおむね一致した見解となっています、とはAIの意見です。
ロックによる「自然権の獲得」とフロムによる「その自発的放棄」
ジョン・ロックは、「人間は自然権を持つ」と提唱しました。国とは、これを守るために人々が作ったサービス機関にすぎません。そしてロックは、そのただのサービス機関が人々に牙を向くようであれば、それを倒さねばならないとしました。
しかし、ナチズムはこれを逆転させ、国家・民族・総統が絶対であり、個人はそのための部品にすぎないとしたのです。要するに、「不安に思うなら俺についてこい!」「ただし、俺の言う通りにしろよ!」ということですね。
そして、ナチスの考えとしてはこうでした。
- 人種によって権利を与えたり奪ったりする
- 国家への忠誠によって権利を決める
フロムはこう考えました、「なぜ人々は、自らの人権を放棄してまで独裁者に従ったのか」と。
自由を持つ存在だからこそ、その自由を自発的に手放すこともできるのです。ですから、憲法に人権が書かれていても、不安、恐怖、経済的困窮、孤立、「強い指導者が何とかしてくれる」という期待が広がれば、人々は自発的に自由や人権を抑圧する政策を支持します。
- ロックは「人間は生まれながらに権利を持つ」と述べた。
- 日本国憲法は「その権利は国家でも侵すことのできない永久の権利」と宣言した。
- フロムは「にもかかわらず、人間は恐怖や孤独の中で、その権利を自ら手放してしまうことがある」と分析した。
つまり、人権は制度だけでは守れないのです。それを支える市民の心のあリ方が問題になるのです。
(続く)

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