この記事の三行要約
- 私が接した平面信者は、「自分は目覚めた側」という自己イメージを優先し、球体説への疑問のみから自動的に平面説を正しいとする。しかし、検証は一切せず、都合の悪い観測事実を避ける。
- 知識不足に気づけないダニング・クルーガー効果や認知バイアスの影響から、反証を公平に検討できず、議論よりも中傷や侮辱に流れる場面が多く見られる。
- 「知識や信念を持つこと」を自己価値と結び付け、疑問や反論への対峙を避け、自己イメージの維持を優先する。
さて、平面信者の精神構造はどのようなものでしょうか? これは私が見聞きした範囲での私自身の印象ですよ。
自分は目覚めた側だ!
平面信者の第一の目的としては、「騙されたまま、眠ったままの一般大衆とは違う別格の人間である」という自己像を描くことです。
これが彼らの第一の目的であり、それにより自分に価値を見いだすのです。逆に言えば、外部のものに依存しないとアイデンティティを保てない、弱く情けない人間が平面信者になります。ラベルを自身に貼り付けることにより、それを腕章・勲章のように見せびらかすのです。自身のそういった心理に気づかず、ほんの少しの疑問さえ持てないところが、平面信者の本来的な問題です。
ですから、たまたま引っかかったのが平面説であるだけで、この種の人々は簡単にネトウヨ、共産党にも引っかかります。ネタは何でも良いのですよ。心理的効果としては同じで、「自分は一般庶民とは違う、目覚めた人間だ」という自己像を描けるからです。
「球体説は誤りだから平面説が正しい」は成立しない
平面信者は、NASAが嘘だのニュートンがフリーメーソンだの、あれこれがおかしいだのと言います。そして、球体説は誤りとするわけですが、「仮に球体説が誤りだからと言って平面説が正しいわけではない」という単純な論理を理解できていません。
平面説は平面説で正しさを確認しなければなりませんが、なぜか自動的に正しいことになっています。しかも、「地球は平面」以外については平面信者の中でも見解がまるで異なります。例えば、月食が起こる仕組みについてもバラバラです。
平面説とは、実際には、寄せ集め仮説の集合体でしかありません。事実と論理によって検証されたものでは一切ないのです。そして、素人レベルであっても観測事実とまるで一致しないと確認できる点はこの記事シリーズで見てきた通りです。
これらにも今のところ反論は一切ありません。反論などできやしないからです。
徹底的なチェリー・ピッキングと疑問の無視
平面信者は徹底的なチェリー・ピッキングを行います。例えば「遠くの山が見える」(実際には大気屈折、蜃気楼)などという都合の良い話ばかりを取り上げる一方で、都合の悪い話を徹底して無視します。
これは、ウイルス学や医療科学にそっくりです。こういったものは科学ではなく、特定目的のための宗教でしかありません。平面説はそれらと同レベルです。
ダニング・クルーガー効果
ダニング・クルーガー効果とは、あまりに知識不足のため、自分の知る範囲しか見えておらず、その限定された範囲でのみ「自分は何でもわかっている」と思い込むことです。簡単に言えば、「自分の愚かさに気づかないほど愚かである」ということです。
もっと簡単に言えば、「愚かであればあるほど、自分は賢いと簡単に信じ込んでしまう」ということですね。
世界を広げるには、自身の信念に反するもの精査し、考えることが近道ですが、平面信者にはできません。つまり、平面信者は以下のような科学的プロセスを一切採れないのです。したがって、いつまでも知識を増やせません。
- 自身が、何をなぜ信じているのかを明確にする。
- 反対意見を正確に理解する。
- 双方の証拠を比較する。
- 自分が誤りなら修正する。相手が誤りなら、理由を明確に説明する。
そもそもの目的が「科学すること」ではなく、「信じ込むこと」だからです。第一の目的は「自己イメージ作り」なので、それを崩壊させる可能性のある反論や矛盾に正面から対峙はできません。平面信者には、それに立ち向かう勇気などないわけです。ですから、平面信者は一生そのままの状態で生きていくしかありません。
疑問に答えられず、議論ができない。中傷・侮辱・陰口のみ
平面説はただの宗教です。彼らは、事実と論理によって「平面説が正しい」と確認したわけでもないのに信じ込んでいます。単に「教典」を覚えるだけなのです。自身で考え、精査して納得したことではないため、他者からの疑問にも一切答えられず、事実と論理による批判に対して反論もできません。
ですから、多くの宗教と同じく、反撃方法は中傷・侮辱・陰口になります。それしかできないのです。これらの態度が「支配層に洗脳されてしまった一般庶民」が彼ら自身の信念を破壊されそうになったときの態度とまったく同じであることもわかりません。
人生は物事ではなく、態度であることを理解できていない
「これだけ物を持ってるから、これだけ知識を持ってるから、自分の人生はOK」という「持つ様式」の思考しかできないのが平面信者です。これは、よくありがちな「お金=自分自身」という思考形態と同じで、「平面説=自分自身」という固着した状態から抜けられないのです。
これは自由な人間とは言えません。外部のものに頼らねば自身を定義できない状態です。ですから逆に、何が何でもそれを守ろうとするわけです。
これもまた、新聞・テレビに「洗脳」されている一般庶民とまったく同じ態度と言えます。彼らもまた、「言われていること=自分自身」になってしまっているため、それに対する否定的な見解を聞くことさえ拒否します。私自身、これを何度も経験してきました。
平面信者もまるで同じです。「そうではない」と言いたいのであれば、まずはこの記事シリーズの主張を吟味し、私の言うことが正当か否かを考えてみることです。






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