人権とは(7):いかにして自ら人権を捨てさせるか?

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「国家」はその民に人権を捨ててもらわねばならない

ジョン・ロックの言う自然権、日本国憲法の言う人権が、最初から個人に備わっていたとするなら、人類の歴史は、「いかにして自分から自主的に捨ててもらえるのか?」という歴史でした。

強力な警察や軍などによって強制もできますが、彼らには、「人々には自然権がある」という概念をまず捨ててもらう必要があります。強制したい場合は、力を行使する人間をどうやって説得するかが問題になります。

結局のところ、自発的に捨てさせる、あるいは強制者に「そんなものはないと思わせて他者に強制させる」は同じことなのです。いかにして思想を統制できるかが問題です。

再度確認しておきますが、ロックの言う自然権はこんなところです。

  • 命が守られる権利がある
  • 財産を保有する権利がある
  • 自由に生きる権利がある

そして、こうです。

  • 人々にはそもそもこれらの自然権がある
  • これは国家が与えるものではない
  • 国家の役割は、人々の自然権を守ることである
  • 政府が人々の権利を侵害する場合、それを打倒する権利がある

しかし、アナーキストの言うように、結局のところ国家はますます人権を侵害しようとします。それも、「あなたのため」というフリをします。

典型的な言い訳としてよくあるのは、「強力な敵がいます。国があなた方を守るから文句を言わずに従いなさい」というロジックですね。

王権神授説

さて、人類の歴史を振り返ると、一部支配者や支配階層は、様々な思想や制度を利用して人々を従わせてきました。その代表例の一つが、古代から近世にかけて広く見られた「王権神授説」です。

王は神から統治権を与えられた存在であり、民はこれに従うべきである。王に逆らうことは神に逆らうことに等しいという考え方です。

もちろん、実際の政治は理念どおりに運営されたわけではないでしょうね。王様の権威を背景として、その周囲の有力者や官僚が特権を享受し、時には民衆を抑圧する手段として利用した例も少なくなかったでしょう。

そして、このような統治の正当化は、人々の宗教観や信仰心と密接に結びついていたと考えられます。程度の差こそあれ、国家や統治者を神聖視する傾向は近代にも見られ、日本でも明治以降から終戦までの国家体制には、そのような側面がありました。

優生思想

人々が宗教的な信仰から離れていくと、支配層は優生思想を持ち出します。これは、ダーウィンのいとこであるフランシス・ゴルトンが言い出したものです。英国です。

人間には優れた者と劣った者がおり、劣った人間は優れた人間の言うことを聞けばよろしいと言ったものですね。さらに劣った人間は必要ないから断種したりと、そういう思想までばらまいていたわけです。

それが顕著に現れたのがご存知の通りナチスですが、これはもともとヒトラーの思想ではありません。優生思想はそもそも英国から米国にわたり、その後でドイツに渡ったのです。

※このあたりの事情は、王権神授説も含めて、『認知戦争・認知支配の全貌』の『第4章 あなたは繁殖に不要!?–科学の名の下の「優生学」』および『第16章 誰が環境保護運動を操っているのか?–王族、石油王、優生思想』に詳しくあります。

この本からいくつか紹介しましょう。

もう一人の有名な優生学熱狂者は、マリー・ストープスである。1921年、彼女は英国初の家族計画クリニックに関連する組織「建設的避妊と人種的進歩協会(Society for Constructive Birth Control and Racial Progress)」を設立した。その設立理念のひとつは、「人種的に病的な人、すでに子どもを抱えて過重な負担を強いられている人、あるいは特別な意味で親としてふさわしくない人たちに、受胎(妊娠)からの保障(防護)」を提供することであった[13]。この「保障」には「親としてふさわしくない」とみなされた人々の強制不妊手術も含む[14]。驚きでもないが、彼女は、1939年にはヒトラーに自著『若い恋人たちのための愛の歌(Love Songs for Young Lovers)』を送り[既にヒトラーが、ユダヤ人の市民権剥奪や全土規模のユダヤ人襲撃を行っていた頃]、1942年には「カトリック教徒、プロシア人、ユダヤ人、ロシア人、みんな呪いであるか、もっとより悪いものだ」[15]という文章を含む詩を作り、英国優生学協会の終生フェローであった[16]。

第一次世界大戦後のドイツで優生学がすぐに受け入れられたことは、さほど驚くべきことではない。米国優生思想の代表的論客であるマディソン・グラントが、1916年の『偉大な人種の消滅(The Passing of the Great Race)』で北欧人優位を主張し、人種混血の危険性と厳格な優生法の必要性を説いたが、それに対してドイツ軍の若き伍長アドルフ・ヒトラーはグラント宛への私信で、この本は自分の「バイブル」と書いていた[32]。

彼の社会的地位と素晴らしい経歴を考えると、なぜグラントが現代環境保護運動の創始者として記憶されていないのか、すぐにはわからない。しかしその答えは、グラントのもうひとつの主要「業績」を知れば明らかになる。これは、1916年の『偉大なる人種の衰退:あるいは欧州史における人種的基盤(The Passing of the Great Race: Or, The Racial Basis of European History)』であり、「欧州のみならず世界中で劣等人種と階級が復活している」ことを警告するものだった[2]。アドルフ・ヒトラーは、グラントの北欧人優位論に感銘を受けた。そして、総統はこの本を「私の聖書」と呼ぶ個人的な手紙を著者に送ったのである[3]。

ヒトラーの思想と現代日本

さて、ヒトラーは何をどう認識していたのでしょうか?AIに聞いてみると、こんな答えでした。この辺の事情には詳しくないので、別のAI二つにも確認しましたが、いずれもこの記述は妥当という評価でした。

ヒトラーの世界観では、

  • ユダヤ人が国際金融を支配している
  • ユダヤ人が共産主義を操っている
  • ユダヤ人が報道や文化を支配している
  • ユダヤ人がドイツ民族を内部から弱体化させている

でした。彼は著書『 我が闘争』の中で、ドイツ敗戦(第一次世界大戦)や経済混乱の原因をユダヤ人に求めています。しかし、歴史学的にはこれらの主張を裏付ける証拠はありません。

当時のドイツには確かにユダヤ系の銀行家、企業家、知識人がいましたが、それは他の民族集団と同様であり、「ドイツを支配していた」「国家を乗っ取ろうとしていた」という証拠は見つかっていません。

むしろ、第一次世界大戦の敗北、巨額賠償、ハイパーインフレ、世界恐慌、政治的不安定によって不満が高まる中、人々が複雑な問題の原因を特定の集団に求めやすくなり、ヒトラーはその感情を利用したのです。

興味深いのは、ヒトラーが単に「ユダヤ人が嫌いだった」のではなく、「ドイツ民族は生存競争にさらされており、ユダヤ人との闘争に負ければ民族が滅びる」という、一種の危機意識を本気で抱いていたらしいことです。

つまり彼の主観では、「自分は侵略者ではなく、防衛者である」という認識でした。

もちろん、その認識自体が事実に基づいていたわけではなく、陰謀論や人種主義的な前提に立脚していました。その誤った認識が、最終的にホロコーストという歴史上最大級の犯罪につながったと考えられています。

ですから質問に直接答えるなら、『ヒトラーは「ユダヤ人によるドイツの侵食」を本気で恐れていたと考えられています。しかし、その脅威認識を裏付ける客観的証拠はなく、歴史学では偏見・陰謀論・人種主義に基づく誤った認識とみなされています』というのが最も正確な答えになります。 

どうでしょうか?現代日本の、いわゆるネトウヨなどの思想と似てはいませんか?

敵に立ち向かうためには人権が邪魔

そしてこの論理に行きます。

国が敵による危機に直面している。これに立ち向かうためには、人権が邪魔である。

もちろんこんな説得の仕方はしません。実際には「人権」などという言葉は使いません。例えば、

  • スパイが暗躍しているから、スパイ防止法が必要だ(これについては、この辺を参照してください)。
  • 未成年のSNS利用が問題だから、利用者IDとスマホを結びつけよう(最近の英国。日本でもメディアが騒ぎ出している。プライバシーの侵害)。
  • 国が緊急事態に陥ったとき、今のままでは大変なことになるから緊急事態条項を追加しよう(その時には一時的に人権を停止する)。

当然ですが、国側は「あなたがたの人権は、我々が好き勝手するのに邪魔だから、捨ててもらいます」などとは言いません。様々な理由をつけて、人権を剥奪するように、剥奪されても仕方がないと思わせるようにしていくわけです。

 

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