この記事の三行要約
- フラットアースは「地球は平面」を大前提としているため、太陽の日没など基本的な現象を説明するために次々とおかしな追加設定が必要となり、多くの矛盾を抱えている。
- 日没については遠近法や大気屈折・散乱などが持ち出されるが、太陽が地平線の下に沈むように見える現象を全く整合的に説明できていない。
- フラットアースは証拠より結論を優先する思想であり、その本質は科学ではなく信念や自己満足に近いものである。
フラットアース理論は徹底的なご都合主義です。
これまで説明してきたように、最初に「地球は平ら」という大前提を置いたがために、必然的に奇っ怪な追加設定が多数必要となり、その結果あちこちで矛盾が噴出しています。彼らはそれを抑えることができないのです。まるで、崩壊しつつある自動車を何とか皆で押さえながら前に進ませようとしているかのようです。
これらの矛盾は放置されたままか、仮に説明があっても、現代科学では検証不能なトンデモ設定ばかりで、ますます奇っ怪なものになってしまっています。
太陽はなぜ沈むのか?
さて、ここでは最初にあげたテーマ、遠くのものが見えるから地球はフラットだを再訪してみましょう。ここでとりあげたのは2つです。
- カニグー効果という、球体地球であれば見えないはずのカニグー山が見えること。
- マーク・ブレットのギネス記録として、球体地球であれば見えないはずのアルプス山脈が撮影できたこと。
ここでは、大気屈折によって光が曲がるから、球体地球であれば見えないはずのものが見える・撮影できるのだと私は説明しました。
でも、いいんです。フラットアーサーは私のこんな説明は鼻で笑うようですから。ここではいったん平面地球だと認めてみましょう。フラットだから見えるのだ・撮影できるのだと認めてあげようじゃありませんか。フラットアーサーたちがとても可哀想だし。
しかし、そうしてしまうと、今度はフラットアース最大の謎が持ち上がってきます。あまりに巨大すぎて誰も否定しようのない謎です。
なぜ太陽は見えなくなるんですか?地平線・水平線の下に沈むように見えるのですか?
これについていくら調べても、フラットアース側からのまともな説明は出てきません。
太陽は平面上を回っている点光源、例えば高度5000kmで直径31kmの物体(この数字には諸説あり)であるはずですね。先にあげた山などよりもはるかに大きく、自ら発光しており、そもそも、「完全に沈んでしまう」までは、はっきりと見えています。太陽は霞とか大気状態で見えなくなることはないですね。晴れてれば沈むまで見えています。
ではなぜ、地平線・水平線の下に沈んでしまうのでしょう?
もう一度確認します。地球は平面なのだから、いくら遠方の物体であっても、それなりの条件が整えば見える・撮影できるわけです。しかし、山などと同じように平面の上、それもはるか上方に居続ける太陽が、白昼堂々と発光しながら遠ざかっていくだけなのに、沈むように見えてしまうのです。我々が生まれてこのかた毎日のように、裸眼で確認していることです。
ここにフラットアースの本質がある
フラットアーサーもまた、この事実を子供の頃から何度も見ているにも関わらず、フラットアース界隈で何の統一的な説明もなく、あったとしても非科学的なトンデモ説明しかないのに、なぜこんなおかしな話を納得しているのでしょうか?
もちろん、その理由はフラットアーサーが精神的な問題を抱えているからです。これこそがフラットアースというものの本質です。ここまで読んできてくれた方ならもはや理解できているでしょう?
つまり、こういうことです。
- 地球は平面だ!
- 球体では見えないはずのものが見えるから平面だ!
- (しかし、結論を守るために目の前にある巨大なものを無視する)
英語に「Elephant in the room」という表現があるんですが、まさにこれですね。意味は調べてみてください。
そして、単に質問しているだけなのに逆ギレしてくる、論理的に批判すると罵倒してくるなどのフラットアーサーの態度もあわせて考えれば私には確信しかないのです、
これがフラットアースの本質である
と。
太陽はなぜ沈むように見えるのか?フラットアースの説明
頭がこんがらがるので、もう一度確認しておきます。平面説では太陽が地球平面の下になること(沈むこと)は絶対にありえません。常にこの平面よりも、例えば5,000km上空にあり、直径31kmの巨大物体です(諸説あり)。常識ある方であれば、こんなものが「沈むように見える」ことは絶対にないとわかるでしょう。
フラットアーサーは「自分の目で見える」ことと、「常識」をもって、「地球は平面だ」と主張しているはずなんですが、なぜかこの点には常識が一切働かないようです。
しつこいようですが、もう一度確認しておきますよ。我々は円盤上に暮らしており、その上空を太陽がぐるぐる回っています。落ちてくることなどありません。しかし、一日の終わりには、太陽がこの円盤の下に沈むように見えてしまうのです。一体なぜなのでしょうか?
フラットアーサー側の説明なるものを見ていきましょう。
遠近法で消えるのだ!
太陽が遠くなるから小さくなって消えるんだそうです。これは元祖フラットアーサーのロウボサムや、その主張をパクった悪徳詐欺師のエリック・デュベイが唱えている代表的な説らしいです。もちろん無理筋です。こんな馬鹿げた説をフラットアーサーの皆さんは信じ込んでいるのでしょうか?こんな子供だましに簡単に引っかかっているわけですか?
そんなことより、なぜ太陽との距離が二倍になっても太陽の直径が半分に見えないのかを先に解決してほしいものです。「遠近法で小さくなる???」、現実には太陽は小さくならないし、むしろ、平面説では小さくなる計算にしかならないから困ってるんです!アホですか。
大気による光学効果だ!
- 大気屈折:光が曲がって届く
- 光の減衰:遠くでは光が弱くなる
- 光の散乱:光の波長により大気で散乱し、目に届かなくなる。夕日が赤いのもこの理由
どれも無理筋ですね。特に、ここでフラットアーサーが大気屈折を認めていることに注目してください。いつも、「球体では見えるはずのないものが見えた、地球はフラットだ!」(実際には大気屈折、つまり蜃気楼)と言ってるくせに都合の良い時には大気屈折を持ち出してくるわけです。
ともあれ、ここでは「大気屈折によって太陽が地平線に沈むように見える」を検討してみましょう。これが無理筋であることを丁寧に説明しますよ。
まず、今、太陽が地平線に半分沈んでいるように見えているとします。下半分は見えない状態です。しかし平面説では、太陽は地平線の向こう側ではなく、約5,000km上空に浮かんでいるはずです。フラットアーサーは、「大気屈折によって太陽が実際よりもずっと低く見えるのだ」と説明します。
しかし、よく考えてみてください。大気屈折で目に届くのは、上半分だけではなく、下半分もです。つまり、大気屈折だけで説明するなら、下半分の光も届くはずです。

大気屈折だけでは「太陽全体の像が下に移動する」ことは説明できても、「太陽の下半分だけが消える」ことはできません。もし本当に太陽全体の光が届くのであれば、観測者には地平線に半分隠れた太陽ではなく、地平線と重なった完全な太陽が見えるはずです。つまり、大気屈折は太陽の位置を変えることはできても、太陽を地平線の向こう側に隠すことはできません。不可能です。
さらに、もしそんなに強い大気屈折が働いているのであれば、地平線自体もはるかに下がって見えることになるのでは?すると今度は、地平線より上に太陽が見えることになり、「太陽は決して沈まない」ということになってしまいます。
その他
上に述べた2つが主要な説明のようですが、常識ある大人であればすぐにデタラメとわかるような子供だましです。他にもいろいろあるようです。
太陽は球体ではなく、スポットライトだからそれが照らしてる部分だけが昼になるとか、電磁気的な説明とかですが、そもそも、こんなに諸説が出ていて、どれも科学的に整合性もなく、現象を全く説明できていません。
フラットアーサーがこの先何十年努力を続けようが、合理的な説明は一切できやしないでしょう。地球は球体という現実を捨て去ったことで、自ら進んで多大な困難を抱え込んでしまったのです。
それでも続けられるのは、これがただの宗教であり、これが自らの価値を感じさせてくれるからであり、「私は他者より優れており、真実を見破っている」という傲慢さを醸成してくれるからです。これもまたフラットアースというものの本質なのです。



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