この記事の三行要約
- 平面説は近距離天体モデルと重力不存在説を前提とするが、太陽や月の見え方、月食、南半球の星空など多くの観測事実と矛盾し、素人レベルの観測や計算でも成立しないことが確認できる。
- これらの指摘に対して平面信者から実質的な反論はなく、観測や検証よりも既存の主張を無批判に受け入れている。
- そのため、近距離天体モデルは撤回されるべきだが、もちろんこれを失えば平面説そのものが成立しえない。
どういうわけか、私の記事シリーズに対する平面信者側からの反論が一切ありません。ということは、私の言い分は正当であり、これを認めるということなのでしょうか? では、「平面説は誤りでした、もう平面信者はやめます」と声明するのがまともな大人というものと思いますが、平面信者はそうではないのでしょうか?
もちろん、そうではありません。平面信者というものは、他者を「教育やメディアによって洗脳され、鵜呑みにしている愚かな人たち」などと描きますが、自分自身が「自ら進んで洗脳されにいき、何も考えずに鵜呑みにして信じ込んでいるだけの一般人よりタチの悪いおバカさん」と認めるようなことは一切ないからです。
なぜなら、彼らは「我々は庶民の知らない真実を理解している格上の人間だからだ」などと傲慢にも思い込んでいるからです。この自己イメージを破壊することは決してできません。
そして、平面信者こそが、洗脳教育の哀れな犠牲者です。誰かが言ったことを「正解」と決め、何の検証もせずにそれを信じ込んでいるだけなのです。
洗脳教育の最大の成果は、「都合によって嘘を教え込む」ということではありません。「正解と認識したら、それを検証もせずに信じ込む」という思考の態度です。
何を教えるか、そのネタは何にでも当てはまります。「考えずに鵜呑みにする態度」こそが洗脳教育の最大の成果です。平面信者はこれにぴたりと当てはまります。他の例としては、ネトウヨ、歴史修正主義、共産党、参政党、そのほかあらゆるものがありますね。これらを信じ込む人間というのは、まさに洗脳教育の犠牲者と言えます。
平面説の必須事項
何度でも繰り返しますが、平面説が成立するためのには、近距離天体モデルと重力不存在説が必須です。単に地面を平らにしただけではだめで、この二つの大きなトンデモを置かないと成立しません。これについてはこちらを。
重力不存在説というトンデモ
重力不存在説を平易に論破するのは、なかなか難しいです。重力と密度・浮力の本質や重力不存在説を論破する思考実験などで反論していますが、残念ながら平面信者にこれが理解できるとは思っていません。
しかし、そもそも、平面信者の使う言葉が誤りです。「物が落ちるのは密度(質量)のせいだ」は、何の説明にもなっていないのです。
密度、質量という言葉を使った時点で、自ら誤りを認めているようなものです。
この説というのは、19世紀のロウボサムから始まり、平面詐欺師のエリック・デュベイなどが広めていますが、それをそのまま鵜呑みにし、とくとくと流布しているのが平面信者というものです。本当に何の疑問も持たないのです。なぜこんなにも疑問を持たずにいられるのでしょうか?
近距離天体モデルのトンデモ
しかし、重力不存在説とは異なり、近距離天体モデルの誤りは、誰もが確認できる観測事実から明らかです。素人レベルでも簡単にわかります。
そして、事実とはまるで一致しないのです。誰も否定しようがないのに、平面信者はなぜか完全スルーです。以下は、ロケット・飛行機・高価な観測機器を持たない素人でも確認・計算・観測できる事実です。
太陽が沈んでしまう
平面説では、様々な天体が地球平面の上空を周回しています。このモデルでは、太陽に限らず、すべての天体が地平線・水平線に沈んでしまうことを説明できません。なぜこんなこともわからないのか、まったくわかりませんが。。。
例えば、太陽が地球平面上空5,000km上空と仮定すれば、太陽が沈むことはありえません。夏至の日の東京では、太陽が地球の裏側に行ってしまっても(つまり東京の真夜中)、相変わらず仰角20度で太陽を見ることができるはずです。
その一方、太陽を100km高度とすれば、「太陽が見えなくなる」かもしれませんが、その一方でこれはありえません。そんなことになっていれば、人類は存在していないはずです。
一部の平面信者は「遠近法で見えなくなる」との言い訳をするようですが、次の項目とは完全に矛盾しています。都合の良いところでは遠近法を持ち出し、悪いところでは遠近法を無視するのが平面信者というものです。
太陽の見かけの大きさが一定
近距離天体モデルにおいては、太陽高度や半径をどのように設定しようが、近づいた時は大きく見え、遠ざかった時には小さく見えるはずです。それが遠近法というものです。さらには、夏至と冬至のそれぞれの南中時(太陽が真南に来たとき)を考えてみると、太陽との距離がまったく違うので、見かけの大きさが変わらなくてはいけません。
しかし、そうはならないのです。太陽の見かけの大きさは、いつ、どこから見ても常に一定です。この疑問に対する答えも未だに得られません。無視されたままです。もちろん、月にも同じことが言えます。
太陽の見かけの角速度が一定
太陽が近距離で周回しているのであれば、近い時には速く移動し、遠い時には遅く移動するように見えるはずです。これもまた誰でもわかる理屈ですね。でも実際にはそうなりません。赤道式日時計を使えば、角速度一定であることは素人でも簡単にわかることです。
この答えも未だに得られません。何の言い訳も聞けないのです。無視されたままです。
太陽の照射範囲が異常
太陽は点光源のはずなのに、その照射範囲が異常です。例えば、春分・秋分の日には、円形の地球平面の直線で区切られた半円を照らさねばなりません。こんなことはありえません。冬至に向かうにしたがって、さらにありえない範囲を照射することになっています。
海外の一部の平面信者は、「光の屈折」と説明するようですが、照射範囲の境界が直線になったり、全面を照らしているのに一部だけ抜けているという状態を、光の屈折でどうやれば実現できるのでしょう?
月の裏側が見えない
月も近距離天体ですから、月の裏側の少なくとも一部は見えるはずです。空に浮かんだ球体を、場所を変えて眺めることを想像すればすぐにわかることです。
ところが、地球上のどこから観測しても、月表面の59%しか見ることはできません。この事実は、月がはるか彼方にあることを示しています。
しかしもちろんですが、月が地球平面からはるか彼方にあれば、平面上空を動いているようには見えないし、そもそも、世界中から見える月の位置は常に天頂になってしまいます。
太陽についても、ちゃんと考えてみれば、同時に地球上の複数個所から観測するなら、太陽黒点の位置や見えるものも違ってくるはずですが、そうはならないでしょう。同時に観測すれば、どの場所からもまったく同じものが見えるはずです。
月食を説明できない
月食とは、太陽・地球・月と一直線に並んだ状態です。月に届くべき太陽の光を地球がさえぎってしまうのです。
平面説では、この状況は起こりようがありません。地球平面上空を周回する太陽と月のあいだに地球平面自体が割って入ることはできないからです。そのため、平面信者は様々なトンデモ説を流していますが、どれもこれも証明されたことがないどころかそれ自体が矛盾しているのです。
天体高度が未だにわからない
ここでは、太陽高度を仮に5,000kmとしますが、こんな近距離であれば、三角測量によって簡単に高度が求まるはずです。太陽直下位置から観測地点までの距離、観測地点における太陽の仰角がわかれば、あとは中学レベルの三角関数の問題です。
しかし、太陽も月も北極星も、その高度は未だに「諸説あり」です。これが19世紀から続いているのです。平面信者はこれに疑問を持とうともしません。
もちろん、これらは近距離ではないからです。当然ですが、太陽、月、北極星の仰角は、地球が球体だからこそ意味のある値なのであって、それを無理やり平面に当てはめて計算しようとしても、まともな値が出てくるはずはないのです。
平面信者は、「なぜ諸説あるのか?」、その理由を考えようともしないため、いつまで経っても真実にたどり着けません。
太陽の位置が観測事実に合わない
例えば、夏至の東京を考えてみた場合、太陽は北回帰線上を周りますが、この時の東京から太陽が見える方角を計算すれば、観測事実とはまったく一致しません。図を描いてみれば一発でわかることです。
オリオン座を正しく設定できない
例えば、オリオン座についても、それらを構成する星々を近距離に置かねばなりませんが、どうやっても正しい場所に置くことはできません。これについては、記事をご覧ください。
南半球の星空を説明不能
南半球での星空も説明不能です。そもそも、平面説というのは19世紀英国のロウボサムが言い出したことで、冬至は、北半球のことしか眼中になかったようです。ですから、南半球で大きな矛盾が生じるなど思ってもいなかった可能性がありますね。しかし、現代人がこんなものを信じるなど、明らかに異常です。
まとめ
これらの指摘において私は、「非科学的だ」「科学としてはこうなってる」「NASAの写真はこうだ」などと言っていないと思います。まったくの素人レベルで可能な、事実と論理と若干の数学しか用いていません。
平面信者は、「世間的に言われていることは皆嘘だ、科学やNASAは嘘だ」と言うだけで、思考停止してしまいます。きちんと考えれば平面説が矛盾だらけであると理解できるはずなのに、まったく見えないのです。
私に反論できないのであれば、近距離天体モデルはただちに撤回していただきたい。もちろん、これが撤回されるなら平面説自体が成立しないので、これは平面説の死を意味しますが。。。




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