フラットアーサーの愚かさ(73):詐欺師デュベイによる太陽の嘘4連発

フラットアーサーのトンデモはこちら詐欺師エリック・デュベイについてはこちら

平面詐欺師エリック・デュベイ(Eric Dubay)によるツッコミどころ満載の馬鹿げた書籍『Flat Earth FAQ』から、

  • 第22章『How Do Sunrise and Sunset Work on Flat Earth?(平面説における日の出と日の入りの仕組み)』、
  • 第19章『Local Sun(近くの太陽)』、
  • 第24章『How Does the Midnight Sun Work on Flat Earth?(平面説における白夜の仕組み)』、
  • 第29章『 How Can Ushuaia Get 17 Hours of Daylight on a Flat Earth?(ウシュアイアにおける17時間日照を平面説でどう説明する?)』

を見ていきましょう。こいつは、本当に信じがたいほどの嘘つきの詐欺師であり、人類の恥さらしです。

第22章 平面説における日の出と日の入りの仕組み

この章では、日の出・日没がどうして起こるのかを説明しているのですが、単純に「遠近法」だというわけです。要するに、「遠くのものは見えない」、遠くから太陽が近づくから日の出が起こり、遠くに行くから日没が起こるというのです。

いつものように、19世紀のロウボサムの著作を引用してます。

「物体は観察者から遠ざかるほど低く見えるというのは、ごく普通の遠近法の効果である。灯台や教会の尖塔、記念碑、ガス灯、その他高い建造物を数ヤード離れた場所から眺め、その見上げる角度を観察してみるとよい。さらに遠ざかれば、その角度は小さくなり、観察者との距離が増すほど物体は低く見える。遠ざかるにつれて、物体はだんだん低く見えるようになり、やがて遠近法によって地面と重なって見える。その重なった位置が「消失点(地平線)」であり、それより先では物体は見えなくなる。」

そして、次のような比較写真を掲載しています。「街灯は曲率のために沈むのではなく、遠くに行くからだ」「太陽も同じだ」と。

こんな説明で納得する人間がもしいるとすれば、あまりに知性が低いとしか言えないのですが、ともあれ、この説明の穴を指摘しておきましょう。

街灯と現実の太陽では比較にならない

街灯の場合は、遠くにあるほど、その見かけの大きさは小さくなります。現実の太陽の場合は遠くに行ってしまっても同じ大きさです。上の写真自体がそれを示していますね。

実際のところ、街灯にしても、太陽にしても、観測者との距離が二倍になれば、その見かけの大きさは半分になります。それが遠近法というものです。「遠近法で消失する」と言っているのに、遠近法の実証にならない写真を掲載しているわけです。人をバカにしてます。

現実の太陽は、途方もない遠方にあるため、地球が自転して太陽との距離が多少変わろうが、見かけの大きさはまったく変わりません。

現実の太陽は消失しない

そしてもちろん、遠近法で太陽が消失することなどありません。現実には、日中と同じ大きさで水平線・地平線に沈んでしまうのです。「小さくなって見えなくなる」ことはありません。デュベイは、水平線・地平線に太陽が半分だけ隠れている状態を見たことがないとでも言うのでしょうか?

これが常識というものであり、観測事実というものです。我々が生まれてこのかた毎日のように見ていることです。

こんなことは、誰からも指摘されることであろうに、厚顔無恥にも、これまで同じ説明を延々と繰り返してきたのでしょう。ロウボサムを引用していることからも明らかです。

この本の第一章には「常識で考えることが重要だ」と書かれているのに、最も常識がないのはデュベイ自身であることを示しています。

平面地球において太陽が沈むことはない

しかしそもそも、もし平面説が正しい場合には、太陽が沈むことは決してありません。計算上明らかです。デュベイの想定する太陽高度と「世界の本当の姿(平面地図)」を用いれば、どうやっても太陽は沈みようがないのです。

他の平面信者と同じくデュベイは、グリーソン地図を使って説明しますが、この地図は正距方位図法(Azimuthal Equidistant Projection, AE図法)と呼ばれるものと同一で、緯度一度あたりの距離が球体説と同じとして無理やり平面に投影したものです。

また、第19章では、太陽高度を3000マイル(4800km)としています。すると、私がフラットアーサーの愚かさ(68):太陽高度は自由に設定できないで計算したように、夏至の東京では、真夜中でも太陽を仰角20度で見ることができるはずです(この例では高度を5000kmとしていますが)。

AIに計算させてみると、南中時の太陽の見かけの大きさに比較して、「真夜中の太陽」の大きさは直径が0.36倍、面積としては、13%になるはずです。南中時の直径の1/3の直径のものが、仰角20度で見えるはずですが、現実ではそうなりません。

デュベイは嘘をつくたびに、足跡のように具体的な数値をあちこちばらまいていくのですが、それを使って単純な計算をしてみると、まったく成立しないことが明らかになります。時々私自身もこの人物が、ただの馬鹿なのか、本物の詐欺師かわからなくなるのです。

第19章 近くの太陽

この章では、コペルニクス、ケプラー、ニュートン、その他の人々の計算した「太陽までの距離」は誤りであり、

六分儀による測定と平面三角法による計算では、太陽と月はいずれも直径約30マイル、地球から3,000マイル未満の距離にあることになる。

としています。さらに、

雲間から差し込む太陽光が、さまざまな角度で収束していることを示す写真や動画は数え切れないほど存在する。その収束する場所こそが、もちろん太陽であり、それは何百万マイルも彼方ではなく、地球の比較的近くにあることをはっきり示している。

としています。

三角測量では太陽高度を計算できない

「太陽と月はいずれも直径約30マイル、地球から3,000マイル未満の距離にある」は、完全な嘘です。これについては、この記事シリーズで何度も説明してきましたが、観測者の位置によってその都度高度は変わってしまいます。

例えば、フラットアーサーの愚かさ(45):自らの誤りを確認する実験で示したように、静岡・アデレードという二つの地点で同時に太陽高度を計測した場合、6400km, 4000kmという食い違いが現れます。もちろんこれは、「現れるはず」です。異論があるならば、実際に計測してみれば良いでしょう。

さらに、フラットアーサーの愚かさ(10):北極星を例とする論理破綻で示したように、北極星の高度もまた実際に計算してみれば、観測地によってバラバラの値になります。もちろんこれも、「なるはず」です。異論があれば、実際に計測を。

ですから、実際には、平面説は未だに確定的な太陽高度を求めることができません。こんな計算で算出できるのであれば、正確な値が出ているはずです。なぜ「地球から3,000マイル未満の距離にある」などとしているのでしょうか?なぜ別の値、例えば、100kmなどとする者がいるのでしょうか?

「雲間から差し込む太陽光が、さまざまな角度で収束している」

だから太陽は近距離だというのですが、これも嘘です。

この現象については、私もこの目で見たことがあります。雲の合間から太陽光線が地上に降り注いでおり、それが「平行光線ではない」ということですね。だから太陽は近距離だと。この書籍には例となる写真がありませんが、例えば、次のような状況です。

単純な嘘です。論破は簡単です。

太陽から地球への線路があるとします。レールは平行ですね。その線路がこちらに向かっている場合、どう見えますか?近いほど広がって見えます。これが遠近法というものです。太陽光線自体は平行でも、近くでは広がって見えるのです。

デュベイは、都合の良いところでは「遠近法」を使い、都合の悪いところでは無視しているだけです。

別の例を考えてみると、例えば、ごく普通の線路が地表面を走っており、はるか遠方まで続いているとします。この線路は地平線で一点に集まって見えます。しかし、「両方のレールがそこで収束している」とは誰も考えません。同じように、雲間から差し込む平行な太陽光が一点に収束して見えても、その収束点が実際の太陽の位置を示しているわけではないのです。 

第24章 平面説における白夜の仕組み

ここで注意すべきなのは、デュベイはやはり、グリーソン地図が「地球の本当の姿である」との前提で説明していることです。

夏至を過ぎて太陽が再び赤道へ向かい始めると、ようやく太陽は完全に沈むようになり、北極圏では昼が徐々に短くなり始める。一方、南極では(北半球での)夏至の時期に太陽は2か月以上完全に姿を消し、南極圏より南では5月中旬から7月中旬まで厳しい寒さと暗闇が続く。 

ここでは、球体説と同じく「南極に極夜(日が上らない)がある」と認めていますね。

地動説・球体地球モデルに合わせるのであれば、この白夜現象は(北半球での)冬至の南極圏でも同様に起こらなければならない。観測者がどれほど南にいるかによって、北極と同じように、太陽は数日から数週間にわたり沈まずに見え続けるはずである。しかし実際には、南極では一年のいかなる時期にも24時間太陽が照り続ける場所は存在しない。

はい、決定的な一文です、「南極では一年のいかなる時期にも24時間太陽が照り続ける場所は存在しない」と主張しています。この2023年の書籍の後で、フラットアーサーの愚かさ(72):都合よく説明を変える詐欺師デュベイの南極白夜論 で見たように、デュベイは2024年に「自分が嘘をついていた」ことを認めているのです。

しかも、19世紀の平面説の必須文献はすべて読み込んでいるであろうデュベイのことですから、それ以前からずっと、「南極に白夜はある」を知っていた可能性さえあります。

知りながら何年も嘘をつき続けてきたのです。さらに、「南極旅行は禁止されてる」とか「南極白夜の録画は加工されたものだ」と嘘の上塗りをしてきたのです。

第29章 ウシュアイアにおける17時間日照を平面説でどう説明する?

第24章で嘘をついていたことがばれ、二枚平面モデル(北半球用平面と南半球用の平面)を持ち出したので、この章についても嘘ついていることが既にバレています。またも検証もせずに別モデルを持ち出していますね。

この章は「アルゼンチン最南端の都市ウシュアイアでは、12月に約17時間20分の日照があるが、これを平面説どう説明するんだ?」という問いに答えるものです。

ともあれ、デュベイがどういう嘘をついているかは気になるところでしょう。

球体地球説の支持者は、これ(ウシュアイアでの17時間日照)は平面地球では不可能であるとし、近距離を周回するスポットライト状の太陽では、このような南方の地域をこれほど長時間照らすことはできないと主張する。 

で、エリック君はどうしたかと言えば、今回は「Vedic Flat Earth model(ヴェーダ平面地球モデル)」なるものを持ち出し、太陽が平面地球の外周に来るほど(つまり、南極に近づくほど)照射パターンが変化するのだそうです。要するに、結晶質で半透明のドームが地球平面の上にあるというモデルです。

さて、以下の図の最上段は、批判者側による「点光源の太陽でこの範囲をどう照射するんだ?」という意見ですね。これは観測事実をそのまま平面地図に表したものです。私自身もフラットアーサーの愚かさ(59):さらにありえない太陽照射範囲でとりあげています。

中段は、デュベイによる「こうすれば実現できる」という図です。ここでよくみてほしいことは、この時点でデュベイは、「南極圏における24時間太陽」を認めてしまっているのです。

よく考えてください。ウシュアイアでの17時間日照を認めるのであれば、さらに南に行けば24時間日照(白夜)になることは容易に想像可能であり、実際に「そうなるよ」という実験までしているわけです。この実験が本物であればの話ですが。。。

ここでの説明はこうです。

一般的な平面地球地図の上にガラス製の半球状ペーパーウェイトを置き、その上から小型の懐中電灯を異なる高さで照らすと、照明範囲の形は timeanddate.com の年間表示とまさに同じように変化する。懐中電灯が地図の北側内周付近を照らしているとき、照明範囲は通常のスポットライト状になる。しかし、懐中電灯を南側へ移動させるにつれ、照明範囲は次第に三日月形となり、その結果、この時期には昼の時間が大幅に長くなる。 

ガラス製の半球状ペーパーウェイトでこんなことになるのか、もちろん疑問ではありますし、そもそも、これが成立するとしても、平面の上すべてがこういった「光が極端に屈折するガラス状の物質」で覆われていることになります。我々は、大気以外のこういった物質の中で暮らしているようです。

しかし、そもそもこういった「光が極端に屈折するガラス状の物質」で満たされているのであれば、平面信者がよくやる「球体なら見えるはずのないものが見えた!だから平面だ!」という議論はどうなるのでしょうか?いや素朴な疑問ですよ。

説明自体もツッコミどころが満載です。太陽は平面上空を周回しているのではないのでしたか?ドームの外側にありますよ?また、「異なる高さで照らす」としていることから、太陽高度が変わるのですか?測定したのですか?

そして、さらにこんな戯言を付け加えています。

さらに、高層大気中の不活性ガスの電離について現在行われている研究は、この世界で光がどのように伝わるかを理解する新たな手掛かりを与えている。太陽が近づくと、一定体積のガスに電磁場が生じ、高い電荷を持つ電子が生成される。それらが衝突することで化学反応が起こり、日の出で見られる様々な色の光が発生する。(その後だらだらと言い訳が続く)。 

 

コメント