この記事の三行要約
- 都築正男の1954年3月22日の国会証言は、第五福竜丸の症状・灰を一貫して放射能・核分裂生成物による障害として説明しており、「毒ガス」とは一言も発言していない。
- 「毒」という語も「放射能性の毒物」「帽子に(放射性の)毒がある」「(カルシウム、ストロンチウムという)毒を洗う」という文脈で使われており、毒ガスを意味するものではない。
- したがって、林千勝の「第五福竜丸についても毒ガスだとわかる証言を国会で残している」という主張は、一次資料の内容とは明らかに食い違っており、まったくの嘘である。
都築博士の国会証言の嘘
林がまたも嘘をついています。以下の動画です。

つっこみどころが満載で、私としてはおいしいネタが揃っているのですが、それは後のお楽しみとします。しかし、特に気になったのは、10:52からです。ここで林はこう言ってます。
(都築博士は)第五福竜丸についても毒ガスだっていう証言を残してるんですよ。っていうことがわかる証言を国会でね(残してる)。
※第五福竜丸については、この記事の最後で説明します。
さて、これも調べてみると、全くの嘘です。この記録は第19回国会 衆議院 厚生委員会 第18号 昭和29年3月22日にあります。もちろん、都築はこれ以外にも国会での証言をしていますが、第五福竜丸とは無関係です。
この非常に長い国会証言を全部読むのは大変なので、重要部分を抜き出してみます。が、「ほんとかよ!」という方は全部読んでみてくださいね。
まずは、044・都築正男という個所を見てみます。
都築参考人 それでは御要求によりまして、先般三月一日でありましたか、南方で原子力の実験の結果発生したと思われます灰をこうむりました第五福竜丸の船員の被害状況について一言御説明を申し上げます。
…(私が見たところ)どうもこれはやはり放射能による障害でなければならぬ、同時に船の上に降つた灰を集めまして、一グラムばかり紙に包んでその漁師の方が持つておいでになりましたが、それを見ると非常に放射能が強いので、これは原子爆弾のようなものが爆発したときに、すなわち原子核の破壊という現象が起りました際に発生する原子核分裂生成物であるに違いない。
…少くとも日本の第五福竜丸の上に落ちて来た灰の成分、並びにそれによつて起る障害の模様の筋道だけはわれわれの手によつて、日本医学の手によつて一週間の間に判明することができたということを、まず最初に申し上げておきたいと思います。
…第五福竜丸に落ちました灰の主成分は、普通の化学の分析では炭酸カルシウムであります。…この炭酸カルシウムに、さつき申しました原子核の分裂生成物が付着しておるというのであります。今までその付着しております原子核の分烈生成物で確かだとわかりましたもの、これは非常に重大問題でありますので一々申し上げますと、まず第一は放射性のジルコニウムであります。
…それから放射性の沃素というものがあります。…なおそのほかにストロンチウムというものが出ております。
…従つてこの成績から学問的に判断いたしますと、原子核の分裂が起つたのであろうということは、もう十分に確かに言うことができると思います。
…その船を専門家が調べまして驚いたことは、その船の放射能たるやたいへんなものであります。…船員室にしてすでに八十であります。一・八というのがどうやらよろしいというのに対して八十でありますから、もう非常な強さであります。
…治療方法としては、もう御承知のことと思いますが、こういうふうにできました放射能は、今の学問の治療では、酸をアルカリで中和するように、打消して毒を消すという方法は全然ないのです。
…その第五福竜丸へ落ちました灰をねずみに食わして、それから注射してみる。そうするとその放射能性の毒物がねずみのからだのどういうところに分布してどういうぐあいになるのだろうという検査であります。
…もう一つ誤解を防ぐために申しますが、広島、長崎の場合は、原子爆弾が爆発した瞬間に出ました非常に強い熱と爆風と放射能と、三つの作用によつて数万、数十万という人が障害を受けた。ところがその原子爆弾が爆発してできた粉は、幸いなことには広島、長崎の町には落ちて来なかつた。…今度の場合は非常に遠方(※160km)でありますから、何が爆発したのだか知りませんが、爆発した瞬間に出た強い熱と爆風というものは、第五福商丸はちつとも影響を受けていないわけです。ただどういうわけでありますか、爆弾のかけらといいますか、灰が落ちて来たということで、こういう状態になつたのであります。
都築の意図は説明しなくても明らかです。そして、この証言の中で「毒」という言葉が出てくるのは、上に示した「打消して毒を消す」「放射能性の毒物」の二箇所です。
これ以外に都築が毒という言葉を使っている一つは、070・都築正男という個所です。
都築参考人 その点につきましては、数日来魚河岸の連中から非常に責め立てられておりまして、一昨々日でありましたか、金曜日、東大の医学部の放射線科の主任教授であります中泉教授と私といろいろ相談いたしまして、声明というほどでもありませんが意見を発表いたしました。その結論は、魚を食べたということについては心配がないということであります。
…それはたとい福竜丸に積んで来たまぐろであつても、今日から見ればさしつかえなかつた。
…今度は厚生省から電話がかかつて来まして、また築地に入つた。ガイーガーを持つて行つたらブーブー言うというわけで、またたいへんだということで中泉君が行つた。そうしましたら船のデツキと船員の帽子がガーガー言うのであつて、中の魚はうんともすうとも言わない。
…三月の一日にはビキニから二千海里離れていたわけで、帰る途中にビキニから二百マイル離れた地点を三月六日に通つておる。にもかかわらず帰つて来たときに、その帽子が鳴るのですからたいへんなことだということになるんですね。けれどもその分量はミリ・レントゲンで申しますと、間違いがあるかもしれませんが〇・一以下ですから、健康障害には全然ならないで、その連中は帽子をかぶつて何日おつても、別にどうにもならぬはずです。けれどもその帽子は毒があるから捨てたらよかろうということにしたわけです
次は、077・都築正男を見てみます。
都築参考人 今の御質問の薬の問題でありますが、EDTAと称します。それは日本でもつくつております。これはずいぶん古くから医学的に使つておるのでありまして、使つておりますところは主として血液の凝固を防ぐ、…その薬の性質としてカルシウム、ストロンチウムとかそのほかの金属で、鉛なんかもそうですが、そういう金属と化合して水に溶けやすい物質ができるということで、それを飲ませたり注射したりしますと、骨についておりますカルシウム世びにストロンチウムなんかを溶けやすい状態にして血液の中に洗い出し、それが小便や便に出て行くということで、毒を洗うということに使えると思います。
この記録全体で「毒」を検索してみると、都築の発言としては、上の他に「お気の毒」しかありません。最初に示した林の発言をもう一度読んでみましょう。
(都築博士は)第五福竜丸についても毒ガスだっていう証言を残してるんですよ。っていうことがわかる証言を国会でね(残してる)。
この記録を検索しても、「ガス」あるいは「瓦斯」という言葉は一切出てきません。林が嘘をついていることは、この一次資料が証明しています。都築が「放射能の害である」と主張していることは誰の目にも明らかでしょう。
林の主張があまりと言えば、あまりに嘘まみれであることに呆れ果て、疲れるところです。1から10まですべてが嘘なのです。
これ以外に都築が国会に関わったのは、調べた限りでは二度です。
| 日付 | 議院・委員会 | 都築の発言 | 内容 |
|---|---|---|---|
| 1957/3/6 | 衆議院科学技術振興対策特別委員会 | あり | Sr-90・放射線医学・原水爆実験 |
| 1954/3/26 | 参議院文部委員会 | 少なくともこの記録ではなし | 都築を参考人にすることを決定 |
※都築は1968年没だが、上記以降も国会会議録に名前が登場することあり
第五福竜丸とは?
これはAIに説明してもらいました。
第五福竜丸事件とは、1954年に日本の漁船「第五福竜丸」の乗組員が、アメリカの水爆実験による放射性降下物(いわゆる「死の灰」)を浴びて被曝した事件です。
1954年3月1日、アメリカは太平洋のビキニ環礁で「キャッスル・ブラボー」という水爆実験を行いました。第五福竜丸は、実験場から約160km離れた海域で操業していました。ところが、この水爆実験はアメリカ側の予想を大幅に上回る規模となり、大量の放射性物質を含む降下物が周辺海域に降りました。乗組員は白い粉状の灰が船に降ってくるのを目撃し、それを浴びました。
その後、乗組員23人に、吐き気、倦怠感、発熱、皮膚障害、白血球減少などの症状が現れました。帰港後、乗組員は東京の病院に入院して治療を受けました。そして同年9月23日、無線長の久保山愛吉さんが亡くなりました。
この事件は、日本社会に非常に大きな衝撃を与えました。広島・長崎からわずか9年後だったため、「日本が再び核兵器による被害を受けた」という認識が急速に広がりました。また、第五福竜丸だけではなく、周辺海域の漁船や住民、食品などへの放射性降下物の影響も問題になり、日本で原水爆禁止運動が広がる大きなきっかけになりました。
一言でいえば、第五福竜丸事件とは、1954年、ビキニ環礁でのアメリカの水爆実験によって、近くで操業していた日本の漁船の乗組員23人が「死の灰」を浴びて被曝し、1人が死亡した事件です。
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