フラットアーサーの愚かさ(83):元祖詐欺師ロウボサムの騙しの手口(北極星仰角)

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この記事の三行要約

  • ロウボサムは、航海・測量の基盤だった「北極星仰角=緯度」という観測事実は認めながら、その理由を遠近法だと主張したが、平面地球で航海術や地図作成をどう再構築するのかという具体的な説明は示していない。
  • デュベイの「南半球で北極星が見えない理由」は、このロウボサムの説明をほぼ踏襲したものであり、現代風の要素を付け加えただけ。
  • 当時すでに世界中の航海・測地学を支えていた実用技術を、「遠近法」の一言で片づけながら代替体系を提示しない点に、ロウボサムの議論の根本的な問題がある。 

フラットアーサーの騙しの手口は最初から

もはや私の課題としては、どうやってこれらの詐欺師たちが読者・視聴者を騙しているのか、その手口の研究になってきています。連中が読者・視聴者を故意に騙そうとしているのです。自説にとっての不都合を故意にとりあげないことで明らかというものです。

そしてもはや、平面説が誤りであることも明らかです。これまでの記事シリーズでもわからないのであれば、理解力がないのですから何を言っても無駄でしょうね。しかしそもそも、その程度の理解力もないから平面説などに引っかかってしまうのですが。

他の分野と同じことなんですが、私にできることとしては、この詐欺を徹底的に叩くことで、被害者を最小にすることです。

さて、フラットアーサーの愚かさ(82):詐欺師デュベイによる「南半球で北極星が見えない理由」の元ネタは明らかにロウボサムです。デュベイの著作はロウボサムや他の著者のパクリと引用だらけです。それに「現代風味」を付け加えただけの代物です。

そして、ロウボサムの著作を読んでみると、デュベイと同じく詐欺師であったことがわかります。これは既にフラットアーサーの愚かさ(80):平面信者の本質「Zetetic」とは、不都合を見ない態度であるに書きました。

平面説とは要するに、何も検証できず、鵜呑みにするしかない人たちに、何かしら人類の大きな嘘を知った気にさせ、自分の著作やら何やらを売るだけの嘘でしかないということです。それが延々と続く平面説の伝統なのです。

昨今でも、特に平面説以外の多くの分野でこういった詐欺師連中はいますし、すぐに引っかかる人たちがいます。突飛なことを言えば、飛びつく人間が多いのです。そして、人気が得られ、儲かります。「教育・メディアで語られていることは嘘だ!」などと言えば、その主張を検証する能力のない人間が大量に引っかかるのです。

そして、この手の人間は、他の分野の「教育・メディアで語られていることは嘘だ!」も抵抗なく受け入れる傾向がありますね。しかし、平面信者の場合は少し違いますよ。なにしろ平面信者の場合は、他の人間よりも「格上」なので、そういうことがビビッとすぐにわかるらしいです。なにしろ、何ひとつ勉強していないのに「フラットアースがわかればすべてがわかる」と豪語してますからね。

ロウボサムの北極星議論

ここでは、ロウボサムの著作『Zetetic Astronomy: Earth Not a Globe (Third Edition, Revised and Enlarged, 1881)』から、そのことが端的に現れている北極星の説明について見てみましょう。以下で公開されています。

Zetetic Astronomy, Earth Not A Globe: Chapter XIV. Examin... | Internet Sacred Text Archive
Earth Mysteries: Another phenomenon supposed to prove rotundity, is thought to be the fact that Polaris, or the north po...

北極星の高度低下(DECLINATION OF THE POLE STAR)

球体地球説の証拠とされるもう一つの現象は、北極星(ポラリス)が、旅行者が赤道へ近づくにつれて地平線へ沈み、赤道を越えると見えなくなるという事実である。

しかし、このことから地球が球体であると結論づけるのは、これまで述べてきた諸例と同様に、まったく早計であり、論理的でもない。

観察者が物体から次第に遠ざかれば、その物体がだんだん低く見えるというのは、ごく普通の遠近法の効果である。

試しに、灯台、教会の尖塔、記念碑、ガス灯、あるいはその他の高い物体を、ほんの数ヤードの距離から眺め、その見上げる角度を観察してみるとよい。

そこからさらに遠ざかるにつれて、その物体を見上げる角度は次第に小さくなり、観察者との距離が増すほど、その物体はますます低く見えるようになる。そしてある地点に達すると、その物体への視線と、その物体が立っている地表――あるいは、その物体の下にあって、あたかも盛り上がって見える地表――とが、「消失点(vanishing point)」すなわち地平線を形成する角度で一致する。その地点を越えると、その物体は見えなくなる。

長く並んだ街灯の列の一方の端に立って観察すれば、最も近い街灯が最も高く見え、最も遠い街灯が最も低く見えることほど、ありふれた現象はない。

そして、その列に沿って反対側へ歩いて行けば、近づいていく街灯は次第に高く見え、後にしていく街灯は徐々に低く見えていく。

南へ向かって進むにつれて北極星が低く見えること、また南の星々が近づくにつれて高く見えることは、観察者の視線、観察対象、そして観察者が立っている平面との間に働く、至るところで見られる遠近法の法則の必然的な結果にすぎない。

したがって、この現象は、地球が球体であるという仮説とは何の関係もなく、それを裏づけるものでもまったくない。 

フラットアーサーの愚かさ(82):詐欺師デュベイによる「南半球で北極星が見えない理由」にて参照したデュベイの読者誘導方法とまったく同じですね。

そして、現代の感覚ではわかりませんが、北極星仰角について、これしか論じていない事実が異常さを際立たせています。北極星仰角について触れているのは、この大著の中のこの部分だけなのです。この当時は、北極星仰角が超重要だったのです。

この記述の異常性

現代の感覚で考えてしまうと、当時の航海や測地学にとっての北極星の重要性がわかりません。

当時は、飛行機もなく(ライト兄弟初飛行が1903年)、当然ながら人工衛星も、当然ながらGPSもなかったわけです。電信はありましたが、一部区間の海底ケーブルのみで航海中の船は利用できません。さらに、無線通信が実用化されたのは、1895年頃のことです。

では、船はどうやって自分の位置を知ったのか?時刻と天体観測しかなかったのです。そしてさらに、当時既に「北極星仰角=緯度」であることが知られており、航海のみならず、地図の作成にも使われたわけです。

何しろ、当時鎖国状態であった江戸幕府にもこの知識が入ってきており、球体説と北極星仰角をもとに伊能忠敬が極めて正確な地図を作成したことは既に論じました。再度、年代を確認しておきましょう。

  • 江戸時代:1603-1868年の265年間
  • 伊能忠敬(江戸後期)
    • 1795年(50歳)、天文学者高橋至時(よしとき)に師事
    • 1800年(55歳)から蝦夷地方面の測量を実施、以後全国測量
    • 1818年死去
    • 1821年に弟子が全国地図を完成

つまり、当時の航海・測地学にとって北極星は超重要なツールだったのです。もちろんこれは球体説が前提です。しかし、ロウボサムはなぜか「遠近法だ」の一言で済ませてしまっています。

明らかに故意であり、読者を騙そうとする意図は明らかです。

この部分をAIに評価してもらいました。

『Zetetic Astronomy』を通して見る限り、北極星の仰角変化をまとまって論じているのは、この「DECLINATION OF THE POLE STAR」の節が実質的に唯一です。

私も内容を確認しましたが、ロウボサムは他の章で北極星に触れることはあっても、北へ行くと仰角が上がる理由、南へ行くと仰角が下がる理由、「仰角=緯度」という航海術上の事実を体系的に議論しているのは、この節だけです。むしろ驚くのは「議論の少なさ」です

この現象は19世紀にはすでに、天文学、測地学、航海術の根幹をなす観測事実でした。実際、

  • 緯度は北極星高度から求める。
  • 世界中の船が毎日それを使っている。
  • 世界中の測量でも使われている。

という状況です。にもかかわらず、ロウボサムの反論は要約すると、「高い街灯も遠ざかれば低く見える。北極星も同じだ」だけです。数学的検証がない。さらに興味深いのは、彼は一度も北極星の高さ(H)、観測地点までの距離(D)、仰角(θ)を結び付ける計算をしていません。つまり、「街灯が遠ざかれば低く見える」という類推だけで終わっています。

もし彼が、北極星は高さHと仮定したなら、直ちに「tanθ=H/D」という関係になります。しかし、この式で一度 H を決めると、世界中の仰角を一意に予測してしまいます。

私は、この点がロウボサムの本全体でも最も弱い部分の一つだと思います。彼は本書のいたるところで、遠近法、三角測量、幾何学を持ち出しています。それなのに、北極星高度だけは定量計算を避けています。もし本当に平面地球モデルに自信があるなら、例えば、

  • ロンドン(約51.5°)
  • パリ(約49°)
  • リスボン(約39°)
  • カイロ(約30°)

など、当時すでに知られていた都市について、「北極星の高さを○○マイルとすると、この都市では仰角が○○度になる」という計算を示すのが自然です。しかし、そのような表や計算例はありません。 

さらにAIに聞いてみました。

「星だけ」ではなく、「星+時刻」が航海術の基本でした。19世紀、ロウボサムの時代(1881年)の船舶では、位置は次のように求めていました。

  • 緯度:太陽や北極星などの高度を六分儀で測る。
  • 経度:正確な時計(マリンクロノメーター)と太陽・恒星の観測を組み合わせる。

つまり、緯度は「空の高さ」、経度は「時刻」で決めていました。緯度は北極星だけでかなり分かります。北半球では非常に便利です。

夜なら、北極星を六分儀で測る、補正表を使う、緯度が求まる。昼間なら太陽高度を使います。つまり、「北極星高度=緯度」は机上の理論ではなく、毎日世界中の船が使っていた実用技術でした。

ここが面白いところです。ロウボサムは「北極星高度は遠近法で説明できる」と言いました。しかし当時の航海士は、世界中で毎日、北極星高度から緯度を決め、しかもそれで目的地へ到着していました。

もしロウボサムの説明が正しいなら、航海士が使う緯度表(Nautical Almanac など)は平面地球用に作り直さなければならないはずです。ところが、そうした代替表を彼は提示していません。

私が一番不思議なのは…ロウボサムは「既存の天文学は間違いだ」と言う一方で、航海士たちが日常的に使っていた観測データそのものは否定していません。

つまり、北極星高度は認める、六分儀も認める、観測値も認める。しかし、解釈だけを変えるのです。

ところが、もし解釈を変えるなら、緯度の計算法、航海表、海図まで一貫して新しいものを提示しなければなりません。

しかし『Zetetic Astronomy』には、そのような実用的な代替体系は示されていません。

この点は、19世紀という「天体観測が実際の航海を支えていた時代」を考えると、とても興味深い点です。ロウボサムは観測事実を否定するのではなく、その意味づけを変えようとしましたが、その新しい解釈と実際の航海術全体とどう整合するのかについては議論していません。 

北極星仰角に関する詐欺師の手口

先のAIの感想での最重要点は、「さらに興味深いのは、彼は一度も北極星の高さ(H)、観測地点までの距離(D)、仰角(θ)を結び付ける計算をしていません。つまり、『街灯が遠ざかれば低く見える』という類推だけで終わっています。」です。

そうなんです。フラットアーサーの愚かさ(82):詐欺師デュベイによる「南半球で北極星が見えない理由」でも指摘しましたが、これらの詐欺師の騙しの手口というのは、

不都合な場合は具体的な数字を出さない

ということなのです。数字を出すと計算されてしまい、ただちに嘘がバレてしまうからです。

逆に言えば、私の記事シリーズでさんざん北極星仰角について書いてきたことは、まさにこの詐欺師連中のアキレス腱を突く行為だったわけです。ですから、平面信者は何の反論もしてきません。他のカルト宗教と同じで、(1)私の批判を一切見ないか、(2)見てもこの異常性をまるで理解できないか、あるいは(3)反論しようにも反論方法がないのでしょう。

しかし、もっともありそうなことはオプション(1)ですね。これはカルト宗教にすぎないからです。

 

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