この記事の三行要約
- エリック・デュベイは、平面説では地球の影で月食を説明できないため、「影の天体」が観察者と月の間を通るという仮説を持ち出す。
- しかし、その説では三日月や半月でも月食が起こるはずだが、現実には必ず満月のときにしか起こらない。これは数千年もの観測事実であろう。デュベイの説は「なぜ満月のときだけ影の天体が現れるのか」を説明できていない。
- さらに、科学であるなら月食を事前に予測できる計算式を示すべきだが、デュベイはそのような理論や計算モデルを提示していない。つまり、科学的検証に耐える説では全くない戯言である。
エリック・デュベイ(Eric Dubay)という平面説詐欺師がいます。
実は、このシリーズを始めるずっと以前にデュベイの詐欺的説明を私は論破しています。2023年7月のことですね。3年も経過しているのに誰も反論してきません(まぁ、誰も読んでないのかもしれませんが)。
ともあれ、この悪質でデタラメな詐欺師は、上の他にも様々なデタラメを言い放ち、それを極めて頭の弱い人たち、数学もわからず、論理も理解できないような人たちが信じ込んでいるという状況のようです。まさに「鵜呑みにする」という言葉がふさわしいと言えます。
基本的にデュベイの言い分は19世紀のロウボサムの焼き直しにすぎないようです。ですから、デュベイの馬鹿げた代表的主張「重力はない。密度と浮力だ」も、そのあたりから来ているようです。
この悪質な詐欺師のあまたある言い分の中で、今回は「月食は影の天体のせい」をとりあげてみましょう。
月食が起こる理由(球体説)
球体説において月食が起こるのは、太陽・地球・月が一直線に並んだときです。つまり、太陽の光が地球に遮られて月に届かなくなった状態です。図にするとこんな感じです。
実は、ここが非常に重要なポイントであり、デュベイのようなトンデモ詐欺師にとってのアキレス腱です。なぜでしょうか?
この図から簡単にわかると思いますが、月食は満月の時にしか起こらないのです。
これは何千年も続いてきた観測事実ですし、原理的に三日月や半月の時には起こりようがありません。月食の前後を考えてみましょう。地球から月を見た場合、見かけ上、月は全面的に太陽光を浴びています。この状況では、月から地球を見れば、必ず満月にしかなりようがありません。
もちろんこれは球体説の場合ですが、筋は通っており、容易に理解できますよね?
詐欺師デュベイによる「月食が起こる理由」
では、詐欺師デュベイによる「月食が起こる理由」は何でしょうか?
でもその前に、平面説では、「太陽光を地球が隠す」ということは絶対にありえないですね?平面地球の上を、太陽と月が回っているからです。
しかしそもそも、このモデルでは、「満月」という現象は起こらないようにも思えますが、そこは今回置いときましょう。フラットアーサーによっては、「月は自分で発光しているのだ」と主張する人もいますから。
しかし、この後の議論では、太陽光の反射で月が光っていようが、月が自分で光っていようが関係ありません。いずれの状況であっても、デュベイ説は等しく誤りです。
ともあれ、平面説においては「月食は地球の影で起こるのではない」という設定しかありえないことは理解してもらえるでしょう。そんな位置関係にはなりようがないからです。
そこで、詐欺師デュベイは「影の天体」というものをでっちあげました。何か、どこかわからないけれども、「影の天体」というものが存在し、それが、観察者と月のあいだに入ってしまい、月が消えるように見えるという設定にしたのです。トンデモ論者のいつものトンデモ設定です。
さて、デュベイの言い分通りであれば、論理的帰結としてはどうなるでしょうか?最初に説明した何千年もの観測事実が成立しなくなります。つまり、
もし影の天体が月を隠すのであれば、三日月や半月の時にも月食が起こるはずである
が当然導かれるはずです。しかし、実際にはそんなことは起こらないのです。ですから、この「影の天体」説を唱えるのであれば、デュベイは次を説明せねばならないはずです。
なぜ影の天体は、必ず満月のときにしか現れないのか?
つまり、もし「影の天体」が観察者と月の間に入って月を隠すのであれば、その現象は月の満ち欠けとは無関係です。したがって、三日月や半月など、どの状態の月であっても月食が起こる可能性があるはずです。
しかし、実際には、観測事実として、月食は必ず満月のときしか起こらないのです。つまり、この説をとるならば、「なぜ満月のときだけ影の天体がいきなり現れるのか」を説明せねばならないはずです。
しかし、デュベイはそんな説明はしません。デュベイは重々承知しているからです、「極めて愚かなフラットアーサーは、適当な言い分を信じ込んでしまう」と。
科学であるなら、計算式で月食を予測できなければならない
さて、ここで私が追求している江戸時代の天文知識についてですが、幕府天文方の高橋至時は、間重富と共に作成した寛政歴(幕府から作成を命じられたもの)において、1802年に日食時刻が15分ずれた!といって悔しがったと伝えられています。
つまり、彼は天体の運行を計算し、どこでいつ日食が起こるのかをあらかじめ予測できたのです。これは江戸時代後期のことで、明治維新(1868年)より66年も前、現代より220年以上も前のことです。
もし、平面説が正当であり、影の天体が正当であるならば、現代の天文学が予測する日食や月食を独自の計算式を使って完全に予測できなければならないはずです。
しかし、デュベイはそんな計算式は提示していないことでしょう。
仮説を提示するのは良いことですが、言いっぱなしでほったらかし、誰も何の検証もしない、科学としての価値は全くない戯言。これが平面説の本質というものです。



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