この記事の三行要約
- 林千勝は、日本軍が毒ガスを製造・中国で使用し、米国の報復を警戒して対ガス防御を整えていたという重要な背景を省き、パルマーの論理を読者から見えにくくしている。
- 一方パルマーは、日本軍の毒ガス使用、大久野島の工場、全軍規模の対ガス訓練を指摘し、広島で毒ガスが使われたなら日本側は検知できたはずだと論じる。
- そして林は「毒ガスを検知したのか、検知して隠したのか」という核心を説明せず、毒ガスを示唆する証言だけを強調することで、読者に「原爆=毒ガス」という印象を与えようとしている。
林千勝著、経営科学出版の書籍『広島・長崎 悲劇の正体』の、再度『第11章 日本は米軍による毒ガス攻撃を想定していた!』についてです。
何かおかしいと思っていたんですが、林千勝が「日本軍が毒ガスを製造し、中国大陸で使っていた」という事実を故意に隠そうとしたことが明確になりました。パルマーの本をちゃんと読めばわかります。
どういうことか?
原爆なかった論の戯言:林千勝の大嘘(5)〜毒ガスを懸念したのは米国の方および原爆なかった論の戯言:林千勝の大嘘(6)〜林は「毒ガス」を証明できない(1) にも書いたことですが、林は『第11章 日本は米軍による毒ガス攻撃を想定していた!』において、こう書いています。
本書P113:日本は米軍による毒ガス攻撃を高度に想定していた。そして、当然のことながら広島でも防毒体制が整えられていた。
(略)
日本は第一次世界大戦の非人道的な毒ガス兵器の教訓をしっかりと研究し、対応を怠らなかったのだ。
以前の記事で私が指摘したことはこうです。
私:林の言う通りです。日本が「米軍による毒ガス攻撃」を想定していたのは確実と言えます。しかし、その理由がまるで書いてありませんね。なぜでしょうか?
また、その後がいけません。「日本は第一次世界大戦の非人道的な毒ガス兵器の教訓をしっかりと研究」という記述については、さて何と申し上げて良いのかわかりません。お手上げです。
事実はまるで逆です。毒ガスを使ってたのは日本です。そして、米国から「毒ガス使用をやめろ。やめないと報復するぞ!」と言われていました。だから、「米国から毒ガス攻撃があるかも」と思うのは当然だったのです。
そして、最後に私はこう書きました。
私:林がこの事実を知らないというのは、実のところ考えにくいです。知りながら、印象操作をしているとしか考えられません。その理由を私は思い当たるのですが、ここで表明するのはやめておきましょう。こんなことをもし本当に知らないのだとすれば、歴史を語る資格などないでしょうね。
私の想像通りです。林は事実を知りながら、故意にその事実を隠そうとして曖昧な書き方をしているのです。なぜ隠そうとしたんですかね?以下で説明しますよ。
パルマーの記述
林がネタ元としたパルマーの、『Michael Palmer / Hiroshima Revisited(偽装された原爆投下 広島・長崎原爆の物理学的・医学的エビデンスへの再検討)』をちゃんと読んで見ると明らかでした。パルマーはこんなことを書いているのです。
パルマーP125:In World War II, both agents were stockpiled by several of the participants, but the only acknowledged use was by Japan in its Chinese campaign.
第二次世界大戦では、硫黄マスタードとルイサイトの両方が複数の参戦国によって備蓄されていた。しかし、公に認められている使用例は、日本が中国で行った戦争における使用だけである。
パルマーは、日本が中国で毒ガスを使っていたことを認めています。
パルマーP252:Lung cancer rates were indeed very greatly increased among former workers of the Okunoshima mustard gas factory [266]. However, most of these workers had been exposed to the poison continuously for more than five years, and some for more than ten, whereas the bombing survivors suffered only a single acute exposure. More suitable for comparison are veterans who were exposed to the gas in battle. Studies on British [267] and Iranian [268] veterans found only slightly and non-significantly increased rates of lung cancer among them. Overall, therefore, the available data don’t provide conclusive evidence for or against the use of sulfur mustard in the bombings.¹¹
実際、大久野島のマスタードガス工場の元労働者では、肺癌の発生率が非常に大きく上昇していた[266]。しかし、これらの労働者の大半は5年以上にわたって継続的にその毒物に曝露されており、中には10年以上曝露されていた者もいた。それに対して、爆撃の生存者が受けたのは一度だけの急性曝露であった。比較対象としてより適切なのは、戦闘中にガスに曝露した退役軍人である。英国[267]およびイラン[268]の退役軍人を対象とした研究では、肺癌の発生率はわずかに上昇していたものの、統計的に有意な上昇ではなかった。したがって全体としてみれば、現在利用可能なデータは、爆撃において硫黄マスタードが使用されたことについて、肯定する決定的な証拠も、否定する決定的な証拠も提供していない。¹¹
パルマーは、広島から50kmの大久野島の毒ガス工場の労働者が被害を受けたことを認識しています。
パルマーP275:In this context, we must also consider that the Japanese army was thoroughly familiar with chemical warfare. Japan had used poison gas against Chinese troops, including on occasion mustard [300]. Fear of overwhelming retaliation in kind would account for the avoidance of such tactics against the U.S. However, according to Grunden [301],
the training of Japanese soldiers in defense against gas warfare was well organized and well executed, and all Japanese troops and a large number of reservists received CW [chemical warfare] training.
Several thousand soldiers had been in Hiroshima when the city was bombed. While very many were killed, some survived. The survivors would surely have recognized the signs of poison gas use, and they may well have started the widespread “rumor” that poison gas in fact had been used.
Nor would expertise on mustard gas have been hard to come by. As noted in Section 12.2.5.1, the Okunoshima factory, which manufactured large amounts of sulfur mustard and of several other poisons, was located only 50 km from Hiroshima; this means that specialists with intimate knowledge would have been close to hand. Under these circumstances, it is wholly incredible that the Japanese authorities were unable to ascertain the presence of poison gas, and more specifically of mustard, and to institute appropriate mitigating measures in a timely manner. Their failure to warn survivors and helpers of the danger is one of the most telling and damning indications of their collusion in the hoax.
この文脈では、日本陸軍が化学戦について非常によく知っていたことも考慮しなければならない。日本は中国軍に対して毒ガスを使用しており、その中には場合によってはマスタードガスも含まれていた[300]。アメリカに対して同様の戦術を取ることを避けたのは、圧倒的な報復を同じ手段で受けることへの恐れによって説明できる。しかし、Grunden[301]によれば、
「日本兵に対するガス戦防御の訓練は、よく組織され、十分に実施されており、すべての日本軍部隊と多数の予備役兵がCW[化学戦]訓練を受けていた。」
広島が爆撃された時、市内には数千人の兵士がいた。非常に多くの兵士が死亡した一方で、生き残った者もいた。生存者たちは、毒ガスが使用された場合に現れる兆候を当然認識できたはずであり、実際には毒ガスが使用されたという広範な「噂」を、彼らが広め始めた可能性も十分にある。
マスタードガスに関する専門知識を得ることも、決して難しいことではなかった。12.2.5.1節で述べたように、大量の硫黄マスタード(マスタードガス)やその他数種類の毒物を製造していた大久野島の工場は、広島からわずか50 kmの場所にあった。つまり、こうした物質について詳細な知識を持つ専門家がすぐ近くにいたということである。このような状況を考えれば、日本当局が毒ガス、より具体的にはマスタードガスの存在を確認できず、適切な被害軽減措置を速やかに講じることもできなかったというのは、到底信じ難いことである。
生存者や救援者に対してその危険性を警告しなかったことは、日本当局がこの「でっち上げ」に加担していたことを示す、最も際立った、そして決定的に非難すべき証拠の一つである。
パルマーの論理はこうです。
- 広島から50kmの大久野島で毒ガスが生産されていたし、中国で毒ガスを使っていた。
- 米国に対しては毒ガスを使わなかった。なぜなら、圧倒的報復が来るだろうから。
- 当然、日本兵は化学戦訓練を受けていた。
- 広島爆撃のとき、生き残った兵士は(原爆はなく、毒ガスなのだから)毒ガスの徴候を認識できたはず
- ところが、日本の当局がマスタードガスの存在を確認できず、適切な被害軽減措置を講じなかったことは到底信じがたい。
- これは、日本の当局がこの「でっち上げ」に加担していた決定的証拠である。
パルマーP275:
13.3.2 The Japanese were not surprised but colluded from the outset
A key consideration for deciding between Japanese acquiescence after the fact vs. collusion from the start is the American perspective. Without any prior mutual understanding, the Americans could not expect that the Japanese would go along. The Japanese government could have obtained proof of the poison gas attack and accused the U.S. of it before the world. Without prior assurance that this would not happen, why would the Americans have chanced it? As Alperovitz [68] and other historians have amply demonstrated, the American leadership clearly understood that Japan was defeated, and also that the Japanese government had long been trying to make peace on terms similar to those which were in the end implemented after the war.
Another important indication of the Japanese authorities’ collusion is their failure to trigger an air alarm before the bombings, both at Hiroshima and at Nagasaki.
13.3.2 日本人は驚かなかった――そして当初から共謀していた
日本側が事後的に受け入れたのか、それとも最初から共謀していたのかを判断するうえで重要な考慮事項の一つは、アメリカ側の視点である。事前に相互の了解がまったくなかったのであれば、アメリカ側は日本側がこの話に乗ってくるとは期待できなかったはずである。日本政府は毒ガス攻撃の証拠を入手し、世界に向けてアメリカがそれを行ったと告発することができたはずだからである。そのようなことが起こらないという事前の保証がなかったとすれば、なぜアメリカ側は、そのような危険を冒したのだろうか。Alperovitz[68]やその他の歴史家が十分に示しているように、アメリカの指導部は日本が敗北していることを明確に理解していた。また、日本政府が以前から、最終的に戦後実施されたものと類似した条件で、和平を実現しようと長期間努力していたことも理解していた。
日本当局が共謀していたことを示すもう一つの重要な兆候は、広島と長崎の双方で、爆撃前に空襲警報を発令しなかったことである。
ここでも同じですね。パルマーの立場としては、これは原爆ではなく、毒ガス攻撃だったのだから、日本側がすぐに検知できたはずだ。しかし、「米国が毒ガス兵器を使った!」と世界に向けて言わなかったのは、日米の事前の共謀があったからだという主張です。
林は故意にパルマーの論理を読者から隠そうとしている
林は、この本をネタ元にしているにも関わらず、パルマーの指摘する点を自分の読者からは明らかに隠そうとしたのです。そのために辻褄が合わなくなっています。再度、林の書いたことを見てみましょう。
本書P113:日本は米軍による毒ガス攻撃を高度に想定していた。そして、当然のことながら広島でも防毒体制が整えられていた。
(略)
日本は第一次世界大戦の非人道的な毒ガス兵器の教訓をしっかりと研究し、対応を怠らなかったのだ。
はい、ウソです。林は決定的な事実を故意に無視しています。林はこの章で『広島市永年防空計画』等の文書を示し、日本側の毒ガス対応が万全であったと主張しています。しかし、日本の毒ガス製造と使用、そのために米国からの報復を恐れた、その準備だったことは書いていません。
また、例えば、P114以降で林の紹介する『広島永年防空計画』には、次が記述されているのです(現代語訳)。
本書P114文書:
第147条:防毒の目的は、敵航空機が使用する毒性のガス・煙霧・液体等による被害を防止・軽減すること
第152条:防毒機関の任務を具体的に、毒ガスの検知、消毒、毒ガス警報の発令・解除、被毒地域の交通規制、被毒物件の使用制限。
第153~154条:毒ガスが検知された場合の現場管理を細かく規定。被毒地域や毒ガス警報発令地域では、交通制限、持久性毒ガスの地域を縄張り等で区画、赤旗・青旗で表示、夜間は注意灯、立入禁止、必要に応じてガスの種類を表示、迂回路を表示。
しかし、林はこの内容に一切言及していません。ですから、これ以降の話とのつながりがまったくないのです。
さらに、都築博士が1955年の講演で「人々が毒ガスと思ったのは無理もない」という意図の話をしていることもカットしています。
都築の講演(1945):もちろん、広島の人々がなぜそれを「ガス」と呼んだのかというと、目や鼻や口などを非常に強く刺激するような、ひどい悪臭を伴った刺激性の、息もできず胸が詰まるような空気が、その場所いっぱいに充満していたという感覚があったからでしょう。そのため、「何か毒ガスなのだろう」ということになったのだと思います。
まあ、当時は皆が「毒ガス、毒ガス」と言っていて、防空の隣組などでも、毒ガスについていろいろ教育を受けていましたから、そういう理解になったのだろうと思います。
そして、どういうわけか、林はこう書いているのです。
本書P120:しかし、通常兵器群による大規模な破壊力の支援の下、想定を大幅に上回る大量の毒ガスが投下され、防御は限られた。
さらに、戦後、毒ガスマスクを装着している無数の写真は消された。私達が習う「歴史」は作られたものだ。
そして、この万全の防毒体制で毒ガスが検知されたのか否か、まるで記述がありません。そうではなく、民間人の証言や都築博士による当初の「白いガスに関する疑問(1945)」ばかり取り上げているのです。
要するに、林の矛盾はこうです。
- 何らかの意図で林は、日本が毒ガス使用という戦争犯罪を行っていたことを読者に知られたくなかった。
- しかし、実際にはそれが理由で『広島永年防空計画』などが作られ、人々には「敵機が毒ガスをまくかもしれない」という意識が植え付けられていた。
- 林はそれらの文書を紹介したものの、「通常兵器群による大規模な破壊力の支援の下、想定を大幅に上回る大量の毒ガスが投下され、防御は限られた」などと書いてごまかした。
- これは想像だが、その理由は、先の防空計画にのっとって毒ガス検知器などを使ったが何も検知できなかったからである。その一方、パルマーは「日本当局が毒ガス、より具体的にはマスタードガスの存在を確認できず、適切な被害軽減措置を速やかに講じることもできなかったというのは、到底信じ難いことである」と書いている。つまり、パルマーの立場としては、「当然検知できたはずだが、当局がそれを隠した」ということ。
- しかし、実際に私が調べてみると、「毒ガスを検知した」という報告は見つからない。
- しかし林は、最初の姑息な意図を隠すため、「検知しなかったのか、検知したのに隠したのか」には一切ふれず、それ以外の方法で読者に「毒ガス」を印象づけようとした。
- 実際には上のような事情があり、煙を見た人々は「毒ガスかもしれない」「ガスだ」と恐れ、それが証言に残った。
- 林はそれをとらえて「ほらみろ、毒ガスだと言ってる」との印象操作に使った。
だから、林は日米の通謀(共謀、協力)に言及しはするものの、パルマーと同じく「毒ガスを検知したはずだが、当局がそれを隠した」という主張ができないのです。一体どういうわけか林は、日本が戦争犯罪を犯していた事実に触れたくないからです。だからおかしな話になっているのです。
日本軍の毒ガスについては、日本軍が条約違反の毒ガスを製造・使用し、終戦時に中国に遺棄した事実をどうぞ。

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