この記事の三行要約
- 「もし地球が本当に平面なら、なぜ支配層が人々に球体説を信じ込ませる必要があるのか」という疑問があるが、フラットアーサーはそこを追求せずに平面説だけに固執する。
- 古代から球体説には観察的根拠があり、特にエラトステネスは二地点の太陽の影の差から地球の円周をかなり正確に推定した。
- 北極星や太陽の仰角を十分離れた地点で測定すれば、平面モデルと球体モデルの差が現れ、球体説を支持する証拠が得られる。
球体説を信じ込ませたい理由
フラットアースに触れたときに、どうしても理解できなかった点があります。今でも、いくら考えても答えが全くわかりません。仮に真実としては「地球は平面だ」としてみましょうか。その仮定の上で大きな疑問が出てくるのです。
仮に真実としては平面であるなら、なぜわざわざ人々の直感に反する球体説を信じ込ませる必要があったのか?
という点です。もちろん、人々に信じ込ませていたのは、いわゆる「支配層」だと思われます。
ずいぶん以前の話ですが、Twitter(X)においてこの疑問点を表明したら、いくつかコメントがついたのですが、多くは「これが平面の証拠だ!」というものでした。今そんなものは求めていないのに。
この時点で、「フラットアーサーは、何を問題としているのか理解できないのだ」と思いました。とにかく、「わかっていない者に対する自分の主張」ばかりなのです。話の仕方を知らない人ばかりです。
さらには、無関係な話題の時に、いきなり「あなたは平面説を信じてますか?」とか「あなたはフラットアーサーなんですか?」と聞いてくるわけです。私の印象としては、「TPOをわきまえようとしないのがフラットアーサー」と感じます。彼ら側の理由としては、おそらく「私は正しい!皆がこの考えになる必要がある!」と信じ込んでいるからなのでしょう。仮にフラットアースが正しいとしても、この態度はないでしょう。フラットアーサー以前の問題です。
先の支配層云々の話ですが、平面説にこだわる者は真のフラットアーサーではないで書いたような理由であれば理解可能です。「お前はこの宇宙でゴミみたいな存在だ。何の価値もない」と、支配層が思わせたいのかもしれません。しかし、以前にも書いたように、ほとんどのフラットアーサーはその方向性を探求しようとはしません。動機と実際の行動がまるでちぐはぐと感じます。
ですから、私はこう考えています。「平面にのみこだわる者は、いつまでたっても初心者フラットアーサーのままである」と。仮にフラットアースが正しいと仮定した場合ですが。
紀元前の球体説
で、今回、球体説が紀元前からあることが、AIの指摘でわかりました。ガリレオとかコペルニクスとかではないのです。AIが指摘した紀元前の球体説としては以下のようなものでした。
ピタゴラス(前570年頃)
最初期に球体説を唱えたとされますが、根拠は観察よりも「球体は最も完全な形である」という哲学的・美学的理由でした。実証的というより思想的な主張です。
パルメニデス(前515年頃)
同じく哲学的理由から球体説を支持しました。この時代はまだ「なぜ球体か」という観察的根拠は薄く、宇宙の調和・完全性という概念が主な動機でした。
アリストテレス(前384〜322年)
ここで初めて観察に基づく複数の証拠が提示されます。
- 月食のとき地球の影の輪郭が常に円弧である
- 北から南に移動すると見える星座が変わる
- 南に行くほど南の星が高く見える
特に月食の影は純粋な観察事実であり、エラトステネス以前に最も説得力のある実証的証拠でした。アリストテレスは「どの方向から見ても影が丸い物体は球体しかない」と論じています。
ディカイアルコス(前350年頃)
アリストテレスの弟子で、山の高さや地点間の距離を測定し始めました。エラトステネス(後述)の実験の先駆けとなる地理学的測定を試みた人物です。
もちろん、一般庶民には、遠のく船が沈む現象(地球が球体だとすればですが)や、その逆に蜃気楼で浮き上がって見える現象も観測していたと思われます。ですから、不安定な観察であり、球体の証拠とは認識されていなかっただろうとは想像できます。
エラトステネスの実験
エラトステネスは前240年頃に、地球の円周を驚くほど正確に計算したと言われます。それ以前の人物も地球の円周を計算したらしいのですが、かなり曖昧なところがあるようです。エラトステネスの円周計算方法は
- 測定方法が明確で再現可能
- 二地点の角度差と距離という具体的な数値を組み合わせた
- 計算手順が後世に詳しく伝わっている
という点で際立っていると言います。実際の実験はアレクサンドリアとシエネ(現在のアスワン)の2つの地点で行われました。
彼は、夏至の正午にシエネで垂直の棒に影ができないこと、アレクサンドリアでは棒に影ができることから計算して地球の円周をかなり正確に計算したわけです。概念的には次のような図です。
当時の距離単位は、スタディオン(stadion)だったこと、実測値も正確ではなく、シエネでは太陽が完全に真上ではないことなど、様々な誤差の要因があったわけですが、かなりいい線を行っていたと思われます。
この実験は誰にでも可能
現代の測定技術から見れば、かなり原始的な測定方法ですが、逆に言えば、条件が揃えば、誰にでもできる実験だと言えます。その条件とは、
同じ経度だが緯度の異なる別々の都市において、「いっせいのせ!」で、決められた長さの垂直に立てた棒の影の長さを測る
だけです。シエネとアレクサンドリアは925kmなので(現代の実測値は832km)、南北距離が2,700kmの米国であれば、素人でもより正確な計測ができそうです。
同経度にこだわらなければ日本でも可能です。
| 組み合わせ | 距離 | 予想角度差 |
|---|---|---|
| 那覇↔東京 | 約1,600km | 約14° |
| 鹿児島↔東京 | 約1,100km | 約10° |
| 大阪↔東京 | 約400km | 約3.6° |
| 東京↔札幌 | 約830km | 約7.4° |
「太陽から離れた場所で影が長いのは当たり前!」
もちろんですが、フラットアーサーはこういう反論をしてくるでしょう。
定性的にはそのとおりです。これは、球体説でも平面説でも同じです。ここで私の言いたいことがわかると思いますが、これは、フラットアーサーの愚かさ(10):北極星を例とする論理破綻と同様の議論で完全論破できます。つまり、
異なる地点での影の長さの変化を正確に測ってみれば、平面モデルはありえないことがわかる
ということです。
ただし!
計算してみると、測定地点のあいだの距離が短いと、平面説と球体説であまり差はでないです(平面説において太陽高度を適切に設定した場合)。先にあげた例は、あくまでも球体と仮定して地球の円周を測るという目的のためですね。
しかし、距離が長い場合、例えば、赤道直下の国と北欧やカナダ北方で行った場合には明らかな差がでてしまいます。太陽の仰角がかなり違ってくるからです。
再度ですが、仰角とはこの角度のことです。この角度によって影の長さが決まるわけです(この例は北極星の場合)。

太陽の仰角の変化の具合は、フラットアーサーの愚かさ(10):北極星を例とする論理破綻で示したグラフで説明できます。これは、球体説(青線)、平面説(赤点線)の場合を比較しています。
上の図は北極星の場合ですが、太陽の場合に読み変えると、太陽直下が右端の90°の場所になります。そして、60°の場所というのは、そこから(太陽直下)から(90-60)×111km離れた場所ですから、3333kmです。ということは、米国の南北くらいでは大して差が出ません。
例えば、コンゴとノルウェー北部の距離は7660kmですから、ノルウェーは、上の図に当てはめると20°あたりの場所になります(混乱するかもしれませんが、ちゃんと考えてください)。
わかりにくいというので以下修正版です。
このグラフを見てみると、ノルウェー北部において球体説での仰角(青)は20°程度、平面説での仰角(赤点線)は38°程度ですから、その影の長さはかなりの差になって現れることになります。
まとめ
太陽の仰角測定でも、北極星と同様に球体説を支持する証拠が得られます。しかし、これは北極星でも同じなのですが、測定地点の距離を十分とらないと(太陽光度を適切に想定した場合の)平面説との差があまり出ません。
また、「いっせいのせ!」で測定しないと、フラットアーサーによる「条件が変わったからだ」といういちゃもんが出かねません。
とすれば、動き回る太陽よりも、じっと動かない北極星を測定した方が簡単でしょう。どの季節であっても何時でも動かないのですから、一人で旅をしながら測定することも可能です。レッツ・チャレンジ!







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