ラスベガス銃撃事件のウソ7

ラスベガス銃撃事件については、オフシャルストーリーの他、それに疑問を呈するこれまで見てきた独立メディアによる考察があるわけですが、これに加えて、いわゆる無責任な書き込みも大量にあったようです。これを非難する記事は、例えば以下ですね。

ラスベガス乱射事件、偽ニュース防げず–Facebook、グーグルが反省

津田大介「ラスベガス銃撃事件でわかった単純な事実」

4chan(日本で言うなら2ちゃんねる)やTwitterの無責任な書き込みで、無関係の人を犯人とし、それが広がったり、Google検索やFacebookで上位に来てしまい、人々が混乱した話で、これは問題だとおっしゃるわけです。何らかの規制や懲罰をする必要があると。

陰謀論を多少信じている者としては、これらもまた何らかの陰謀とみなしてしまいます。つまり、これらの記事を書いた人はその陰謀に加担しているんですね。トランプにまつわる偽ニュースも同じことなんですが、こういった極端な偽ニュースをとりあげて、「偽ニュースが問題だから取り締まれ」と叫ぶわけです。つまり、当局からのオフィシャル・ストーリー以外はすべて偽だから取り締まる必要があるというわけです。

しかし、日本人であれば、松本サリン事件を忘れてはいないはずです。当局が事実上ウソをついて、関係無い会社員をあたかも犯人であるとし、日本中が長いあいだ指弾し続けたことをお忘れなのでしょうか?これは非常にわかりやすい代表的な例に過ぎず、例はそれこそ無数にあります。もし当時ネットがあり(パソコン通信程度はあったと思いますが)、真犯人はオウムだと主張する人がいたらどうだったでしょうか?会社員の持つ機材ではサリンを作れるはずがないと主張する人がいたらどうだったのでしょう?こいつを取り締まれと言えるのでしょうか?

さらに、何らかの情報を得た場合に、それを信じるかどうかは、その人のリテラシーの問題だということです。

例えば、「あなたの旦那浮気してるわよ」と言われた場合、彼女の信頼性でその情報の重みが決まります。誰が2ちゃんねるのような掲示板の誰ともわからない情報を見て「誰それが犯人」などと信じるというのでしょうか?少し考えればわかることです。

しかし、こういったところにはそれこそ「☓☓事件は韓国人の仕業」なんて書き込みは以前から大量にあるわけなんですが、なぜこれを問題にされないんでしょうかね。

こうした単純な事実さえ考慮せず、先の記事の執筆者は、「大衆というものは見たものをそのまま信じるものである」などという、極端な視点をもって記事を書いてるんですね。そして、「偽情報から大衆を守らなければならない」というわけです。この傲慢に裏打ちされた妙ちくりんな正義感は何なのでしょう?

そして、自らが利用されていることに全く気がついていないんです。陰謀論者ならこう言うでしょうね。これは単なる私の想像ですよ、確信は全然ありません。こういう可能性さえあるということです。

偽旗であるラスベガス事件に加え、それを利用してオフィシャル・ストーリー以外のすべての懐疑論を一網打尽にして禁止するため、偽の犯人ニュースを故意に流して混乱を起こした。

可能性が全く無いとは言えませんね。米国の歴史上、大衆を欺いて特定の方向に向かせるなんてことは多々あったわけです。先の執筆者達はそういった歴史さえ知らないのでしょうか?

単なる私の想像なんですが、それを補強するようなものがBBCから出ていました。まぁ、同じことを言っていますね。

つまり、事件のオフィシャル・ストーリーに加え、懐疑論を禁止するためのオフィシャル・ストーリーです。彼らは、いっけん自分で考えて記事を書いているように見えるのですが、全く同じものを多少アレンジしているだけです。すべてが同じストーリーです。