フラットアーサーの愚かさ(49):科学とは理論と観測事実の一致である

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この記事の三行要約

  • 科学理論は、観測や実験によって検証され、事実と一致しない理論は退けられる。
  • しかしフラットアースは、その理論を実験で検証できない。わずかに行われた実験はいずれも球体地球を支持している。
  • 平面説は科学ではなく、反証を受け入れない宗教的信念・アイデンティティである。 

科学とは、その理論が観測事実に一致することです。

科学理論はあくまでも自然を説明するための「仮説」にすぎません。どんな理論も例外なく観測や実験という客観的な事実にて検証されます。そして、事実と一致しない理論は、どれほど人気があろうが、どれほど長く信じられていようが、観測事実の前に却下されてしまいます。 

フラットアーサーはこう考えるようです。

多くの科学(医学なども含む)は嘘であり、皆が騙されている。代表的なものはNASAであり、宇宙なども嘘である。また、医学においても、医療業界の利益を第一にしており、研究者は嘘の研究報告をし、その結果、治りもしない薬を与えられることになる。あらゆるものが力の強い者による都合の良い嘘なのである。

これには私もある程度同意するところはあります。

だから、「いったん、すべてを無視して、自分の目で見たものだけを信じようじゃないか」、そうしてみると、「地球が平らであることがわかった!」というわけです。つまり、「地球は平らであるという理論」と「地球は平らにしか見えないという観測事実」は一致すると主張します。

私もこの考え方はよくわかります。

では、その先に行きましょう。地球が平らであり、球体理論が誤りであるなら、この世界が、本当はどう動いているかを探求するのが筋では?

そしてこれは、現代科学とはまるで異なるものであり、現代科学の予測する世界の動きとはまるで違うものになるはずです。そして、どのような方向から観測しても、誰が観測しても同じになり、明らかであるに違いありません。それが科学というものです。

しかし、フラットアーサーには、高価な観測機器も、自分たちが使える飛行機も船舶ありません。どうしたら良いでしょうか?地球規模の計測はできません。

ですから、ひたすら望遠鏡で「球体で見えないはずのものが見える、フラットだ!」などとやっています。その一方で、理論らしきものを構築します。平面地球の上空を太陽や月や星がまわっているという仮説のモデルです。あるいは、月食は「影の天体」によって起こるなどです。しかし、まるで検証されていません。「検証する手立てがない」ことをいいことに、いや、むしろそれを口実にして、すべてがほったらかしの言いっぱなしなのです。

「球体では見えないはずのものが見えるからフラットだ!」は、球体論者から言わせれば単なる蜃気楼なのですが、その先には行きません、行けません。しかし、わずかなフラットアーサー自身による実験は、これまでの記事で見てきました。

  • 映画『ビハインド・ザ・カーブ』の中での実験
    • ジャイロスコープによる実験→一時間に15度回転した。球体地球の証拠でしかない
    • 光の実験→大地と平行に進まなかった。球体地球の証拠でしかない
  • 南極白夜の観測
    • 三人のフラットアーサーが参加→球体地球の証拠でしかない。少なくとも信じていた理論は間違いと三人とも認めた。

しかし私は、この問題を熟考するうちに、誰でも簡単にできる(であろう)実験を考えついたわけです。

この三つの「その気になれば誰でもできる実験」は、近距離太陽点光源周回モデルが正しいことを確認する実験です。何度も書いていますが、地球が平面であるなら、必然的に太陽や月や星は近距離になければならず、平面説ではそのような設定がされています。それを証明する実験と言えます。

しかし逆に、球体説の立場としては、これらの実験では、当然ですがそれが成立しない証拠が出るだろう、球体理論と一致する結果になるだろうというものです。つまり、平面説が誤りである科学的・客観的な証拠です。

  • 第一の実験は、二つの都市(静岡、豪州アデレード)で観測できる太陽仰角から太陽高度を求めるのですが、矛盾だらけの結果になってしまうであろうというものです。
  • 第二の実験は、夏至のお昼における札幌、東京、那覇で太陽が見える方向を観測するという、ただそれだけのものです。この結果としては、日本に住む者であれば常識的な、しかし厳然たる観測事実と平面説の予測する角度は大きく違ってしまうだろうというものです。
  • 第三の実験は、平面説においては、太陽の角速度は一定に「なりえない」のですから、「角速度一定を前提とする日時計」を使ってみれば、平面説のモデルは誤りとわかるのではないかというものです。

これらの実験は、フラットアーサー側にとっては、自分たちの理論が正しいことを証明するチャンスのはずです。簡単な誰でもできる実験で、球体理論が誤りであることを証明できるのです。

しかし、彼らにはできません。失敗すれば、自分たちの理論が否定されてしまうからです。そして、実際に行えば必ず失敗します。

平面説においては、近距離天体モデルが必須ですが、いずれの実験でも近距離太陽点光源周回モデルは否定されてしまいます。どのように太陽高度を設定しようが、AE地図(平面地図)を設定しようが、平面説に一致する結果が出ることはありません。したがって、近距離天体モデルは否定され、その結果、それを必須とする平面説も否定されるのです。

そう、彼らは実験をすればするほど、意図しない結果がでてしまいます。球体地球の証拠がでてしまうのです。

ですから、フラットアーサーは実証実験などできないのです。ひたすら「球体なら見えるはずのないものが見えた!」と言い続けるしかありません。

先に例としてあげた、自分で実験をして失敗してしまったフラットアーサーは、科学というものの本質を理解している稀有な例と言えます。しかし、こういう言い方では足りないでしょうね。彼らの本質を言い表すのであればこうです、「平面説を科学としてとらえており、宗教的信念にはなっていなかった者」です。

多くのフラットアーサーは、現実に目を背け、自身の科学理論の正当性を証明する実験もできず、ひたすら「地球は平面だ!我々は騙されている!」と言い続けるチキンでしかありません。

実際に実験してみれば、自らの誤りを確認することになってしまいますが、世間様に「ごめんなさい、間違いでした」と言うことなど決してできないのです(南極白夜観測のフラットアーサーはカメラ前で認めていました、立派な人です)。

そしてこれは、彼らが平面説を科学として捉えているのではなく、宗教的信念として身に染み付いていることを意味しています。もっと明確に言えば、それが自らのアイデンティティとなってしまっているのです。「私による見方・意見」ではなく、「私そのものである」ということなんです。ですから、これを死ぬまで続けるしかありません。

フラットアースは科学ではありません。ただの宗教です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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