一人活動家から見たダブスタ塚口さん

2022年1月31日

塚口洋佑の悪事については、/tag/塚口をご覧ください。

彼のことを何と呼べば良いのかわかりませんが、とりあえず「一人活動家」としてみました。どこかで街宣があれば参加し、講演会があればボランティアをと、時間の許す限り続けている太田泉さんです。男性です。彼こそ、「どこそこのグループだから」などとこだわらずにどこでもやろうという姿勢のある人でしょう。

先日驚いたことは、彼は東京を拠点としているのに、豊中で行われたナカムラさんの講演会にボランティアで来ていたことです。「こんなところにまで!」と。

彼からはダブスタ塚口について、たしか半年前にもメールいただいてました。これについても公開させてもらうかもしれません。過去に塚口氏の街宣かデモに参加した時の話でした。実名で構わないとのことなので、今回いただいたメールはそのまま公開します。

私の感想としては、大田さんは物事をきちんと把握しているということです。これが普通の感覚なのですが、言い出さない人、それ以前に見通せない人がいることは残念ですが、資質の違いに尽きるでしょう。


 

太田泉
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方向は同じでも、歩く道が違う理由。
それはどのように歩きたいか、誰と一緒に
歩きたいかの違いに起因しているのだと思います。

塚口氏が中立という垣根の無い集合体を作る動きは
どのように歩くかよりも誰と一緒に歩くかという
「人の和」を再構築することこそが最重要で、寧ろ
そこだけにに尽きます。

きちんと各団体に、今までのしこりを解きほぐす
礼と仁義を尽くす手打ちは絶体に欠かせません。
それだけ塚口氏は様々な方面で軋轢を生んできた
だけでなく、こだわりの哲学や方針で参加者が
選別される分断の一翼を担ってきた人物なのですから。

そういう根回しプロセスを経たうえでも、果たして
すんなりゆくかどうかではありますが、まずは
礼と気配り、心配りを全方位へ示してから。

自分の知りうる範囲では、突如twitterで
「集まれ」「この指とまれ」をやりだしたような
印象も窺えます。

中立団体に集わない集団は協調性の無い独り善がりという
レッテル貼りによって新たな分断が産まれることさえ
危惧されます。

すなわち、中立団体は「参加しなかった団体からも
尊重される」集合体になって意味を成すものなのです。

志は理解出来ますし、思想は尊いと受け止めます。
しかし「何をやるか」以上に「誰がやるか」が問題。
まだ各団体への礼を尽くしきれていないのなら
塚口氏は中立団体を作るに「不適格者」の烙印を
押されても仕方ない履歴なのです。

現時点ではもうひとつの寄合が出来るだけで分断の
新たな火種が出来る見通しを拭えません。