この記事シリーズも87回になったわけですが、「まったくついていけないよ!」という人のために、これまで論じてきたフラットアースのデタラメぶりをまとめておきます。あまりにたくさん書いているので、抜けがあるかもしれませんが。
今フラットアーサーを名乗る者も、このデタラメぶりを指摘すれば今日をもってフラットアーサーを辞め、穴に入ることになるでしょう!あまりに恥ずかしくて。。。
って、そんなことはないか。フラットアースは愚か者が引っかかるカルト宗教でしかないので、それほど十分愚かであれば恥という概念もないでしょうし、何があっても辞めるなんてことはないですね。
フラットアースの世界観
いわゆるフラットアーサーという人たちには様々な種類がいるようですが、それらの人たちの中で「地球は平らである」は同じです。分派があっても、この点が是が非でも譲れない根本となる教義です。
そして、この世界の真の姿としてはグリーソン地図になるようです。注意として、この地図は「紙に表現するために仕方なく地球儀を平面化したもの」ではありません。「このまんまが地球の姿だ!」と言うわけです。ただし、後述しますが、この地図というのは球体説における正距方位図法(AE図法、azimuthal equidistant projection)とまったく同じものです。
そして、実際の世界の姿を是が非でもこうしておきたいので、現実に起こる観測事実に合わせるためには、当然ですが、極めてテキトーで穴だらけの追加設定が必要になります。
まず、太陽や月や星々は、この平面の上を周回することになります。唯一動かないのは北極星のみということになってます(観測事実として実際には若干動いているのですが、そこは置いときましょう)。太陽、月、北極星の高度としては、論者により様々な値がありますが、この記事シリーズではおおよそ5000kmと仮定しています。
注意したいことは、これらの天体を遠距離に設定してしまうと、平面上空を周回するようには見えなくなってしまいます。したがって、絶対に遠距離には置けません。このことはよく覚えておいてください。多少不都合があっても、近距離でなくてはならないのです。
以上が基本事項ですが、主流派にはさらに「重力は存在しない」「宇宙は存在しない」という、これまたテキトーな追加設定があるようです。
重力があると、物が円盤の中心に集まってしまい、最終的には球体になってしまいます。宇宙が存在し、宇宙開発が事実だとすれば、宇宙から見た地球の姿が明らかになってしまいます。とても不都合なので、これらは存在しないことになっております。もちろん、テキトーな理屈をつけて、それを信者が信じ込むという構図です。
また分派によっては、「地球平面はドームに囲まれている」とか、「太陽、月、星々はドームに張り付いている」などの設定があるようです。
注意点としては、これらには、一切何の科学的証明もなく、あるいは「嘘を暴いた」という証明もありません。アドホック仮説というものであり、その場で思いついただけの「言い訳」にすぎないのです。証明しようという努力すらされていないようです。私に言わせれば、フラットアーサーというものは、
「何の証明もないものを完全に信じ込む能力に長けている」人たち
のことです。もっとも、フラットアースは科学ではまったくなく、ただの宗教でしかないので、科学的根拠など一切必要ありませんけれども。
唯一、「球体なら見えないはずのものが見えたから球体説は誤りだ!平面だ!」という戯言を言う人たちもいますが、私に言わせればただの蜃気楼です。なぜなら、
「もし地球が平面であれば、常に見えるはずのものが全然見えない」という事例の方が圧倒的
だからです。フラットアーサーというのは、こういった「不都合な事例を一切無視する能力」にも長けている人たちと言えます。
太陽に関するデタラメ
ここでは太陽に関する連中のデタラメぶりをまとめてみましょう。
「太陽が沈んでしまう」ことはありえない!
フラットアースが真実であれば、太陽が沈むことは絶対にありません。そりゃそうでしょう?平面上空高度数千kmの点光源が「沈んでしまう」ことはありえないのです。遠近法だの消失点だのという言い訳をしていますが、通用しないことは明らかです。「フラットアーサーは常識を大切にするのだ。平面にしか見えない」と標榜しますが、不都合な場合には一切働きません。
また、計算してみれば、夏至の東京の真夜中において、太陽は真北方向に仰角20度で見えなければなりません。太陽はその都度その都度、照射範囲を変更して、「見えないようにしている」とでも言うのですかね?現実とはあまりに一致しない点光源太陽の照射範囲については後述します。
「太陽の見かけの大きさが常に一定」はありえない!
現実には、太陽が真上に来ようが、沈む直前だろうが、太陽の見かけの大きさは常に同じです。夕日は大きく見えますけどね。他の物が近くにあるので、上にある時よりも大きく見えるわけです。
しかし、フラットアースがもし正しいのであれば、夕日はすごく小さく見えなければいけません。これは「遠近法」というものです。近距離にある球体は、例えば、その物体との距離が二倍になれば、直径は半分に見えます。これも科学以前の常識というものですね。
平面詐欺師のエリック・デュベイなどは、「遠近法によって太陽が見えなくなる」などという戯言で騙していますが、「太陽の見かけの大きさが変わらない」ことは不都合なのでスルーしています。太陽の大きさは遠近法を無視して一日中変わらず、一体全体どういうわけか、沈む直前に「遠近法で」見えなくなるようです。
「太陽の角速度一定」はありえない!
現実には、太陽の移動する見かけの速度は一切変化しません。まぁ、実際には、太陽が移動しているのではなくて、地球が自転しているので、地球の自転速度が変わらない限り太陽の角速度も変わらないのですが。しかし、もし平面上で近距離天体が周回しているのであれば、近づいた時にはそのスピードが速くなるはずです。これも科学のはるか以前の常識というものです。
角速度一定であることは、素人でも日時計を使って簡単に観測できます。
太陽はそんなに北側にはいない!
例えば、夏至の東京と太陽軌道(北回帰線上)を平面地図上に描いてみた場合、東京から見た太陽の方角がデタラメになります。観測事実とはまったく合いません。
どういうわけか、平面地図上では東京の日中のほとんどで、太陽は天頂よりも北側にあることになりますが、現実にはほとんど南側です。まるで観測事実と一致しないのです。
太陽の照射範囲が全然むり〜
現実においては、太陽は常に地球のちょうど半分を照らしていますよね。地球が自転すると、そのちょうど半分の照射範囲が変わっていくわけです。これは観測事実というものです。
しかし、この現実の照射範囲を、フラットアーサー御用達の平面地図に投影すると、まったくありえない範囲になってしまうのです。どんなふうにありえないかは、こちらをご覧ください。特に、(北半球の)冬至のときに、どうやったら点光源がこんな範囲を照射できるのか?皆様も考えてくださいませ。
再度確認ですが、フラットアーサーは常識を大切にするのではないのでしたか?
太陽高度が未だに決まらない!なんで?
太陽が平面上の近距離に存在するならば、その高度は簡単に求まるはずです。
- 観測地と太陽直下との距離
- 観測地における太陽の仰角
- あとは中学レベルの三角関数
ところが、論者によってバラバラな値が出てくるのです。5000kmという値もあれば、100kmという値もあります。19世紀からこんなことをやってるのに、未だに「太陽高度さえ明確にわからない」のはなぜなのでしょうか?おかしいですよね?この理由は北極星のところで述べます。
「世界中で見える太陽黒点が同じ」はありえない!
現実には、同時刻に世界中で観測される太陽黒点は同じだと思います。確認したことはないですけどね。「全然違うぞ」となったら大騒ぎになることでしょう。しかし、フラットアースが真実であれば、観測地によって異なる黒点が見えなければなりません。これも常識というものです。
この理由については、太陽よりも月の方がわかりやすいので、後述します。
月に関するデタラメ
次は月に関するデタラメぶりです。
月の裏側まで見えるはずなのに見えない!
これは超重要ですね。平面上空を近距離の月(高度5000kmが代表的)が周回するのであれば、論理的帰結として、月の裏側の少なくとも一部が観測できなければなりません。これも常識的な考えですよね?
ですから、フラットアーサーは、一部でよいので月の裏側の写真を撮影してくださいませ。それが証明ってものではないでしょうか?蜃気楼ばかり撮影してても意味ありません。
太陽黒点も同じことです。全世界の観測地において、同時刻に同じ太陽黒点パターンにはなりえないのです。全世界で同時に同じものが見えるなど、絶対に無理です。
再度、こんなことは常識的にわかることですよ。
月食の説明が全然むり〜
球体説において、月食とは、太陽光が月に届くのを地球が遮ってしまう現象です。しかし、太陽も月も地球平面上空を周回しているのですから、その間に地球平面が入ることはどうやってもできません。
そのため、フラットアーサーは、でっちあげをひねくり出さねばならないのですが、その一つが「影の天体」説です。何の証明もされていない、ただの妄想ですね。
現実の月食は満月の時にしか起こらず、地球公転面と月公転面が交差した時にしか起こらないので、かなりまれな現象です。その時を狙って「影の天体」なるものが出てきて、月に届く太陽光を隠してしまうようですよ、皆さん。こんな説明を信じ込んでしまうのが「常識ある」フラットアーサーというものです。
そもそも、世界中で同時に同じ「月の位相」を観測できない
月の位相とは、半月、三日月、満月などの形のことです。三日月の位相であれば、全世界で三日月が見えます。しかし、平面上空の近距離の月では、絶対にそうなりません。こんなものはやはり常識でわかることです。
太陽も月も近距離なのですから、太陽光による月の照らし方は、観測地によって異なって見えるはずです。
「太陽光の反射ではない、月は自発光しているのだ!」と唱えても無駄です。太陽光の反射だろうが、自発光だろうが、月のある部分が発光していることは同じです。一部が発光している球体を別の角度から見れば、発光部分は別の形になるのです。
結局、この話は、最初の「月の裏側の一部まで見えるはずである」と同じです。
地表面上空の近距離の球体であるなら、場所によってその球体を別の角度から観測でき、その球体上の模様は異なるものが見えるはずです。
北極星に関するデタラメ
北極星仰角説明のインチキぶり
私がフラットアーサーを許さない理由として大きなものは、北極星に関するものです。19世紀末までの飛行機も、電波通信もなかった時代には、航海や測地における重要な柱が北極星の仰角でした。
日本では江戸後期のこと、球体説を取り入れ、北極星の仰角を頼りにして正確な日本地図を作ったのが伊能忠敬です。「北極星仰角=緯度」という事実によって、今自分が球体地球における南北方向のどの場所にいるかが明確にわかったのです。
ところが、日本のフラットアーサーであった円通も、19世紀の元祖フラットアーサーであるロウボサムも、現代の悪徳平面詐欺師であるエリック・デュベイも「南に行くと北極星が低く見えるのは遠近法のせい」とするのです。
円通は何の知識もなく、ただただ仏教的な平面宇宙観を守りたかっただけかもしれませんが、後者の二人は違います。故意に読者・視聴者を欺いていることは明らかです。
現代ではまったくピンと来ないことですが、特に、19世紀の英国を考えてみれば、ロウボサムは、北極星の重要性を完全に理解していたはずです。ところが、「北極星仰角=緯度」にはまったく触れず、それを論破することもなく、「遠近法のせい」だとしているのです。極めて悪質と言えます。
もちろん、フラットアーサーにはこういうのが多いですけどね、GPSの恩恵を受けながら、「人工衛星はない。GPSは地上波だ」と言ってみたりです。しかも、GPSが地上波であることの何の証拠も示さないわけです。こういった悪質な人間がフラットアーサーになるわけです。
北極星の仰角=観測地の緯度である
当然ですが、二つの議論は噛み合いません。
- 1)地球は平面であり、南に行くほど北極星仰角が小さくなるのは遠近法によるものである(ということは、北極星の高度が確定できることを前提としている)。
- 2)地球は球体であり、観測地の緯度=北極星仰角である。
ところが実際には、1)が証明されたことは一切なく、北極星高度も確定的な値がないのです。例えば、北極星高度をHとし、観測地の北極からの距離をdとすれば、そこで観測できる北極星仰角θは「θ=arctan(H/d)」になるはずです。こんな単純なことさえ成立したという話を聞いたことがありません。そもそも、未だにHがわからないのです。
その一方、2)は何世紀にもわたって証明されてきた事実です。しかし、フラットアーサーにとっては、これは極めて不都合でしょうねえ。ですから、この事実は徹底的に隠しておきたいわけです。
北極星高度が決まらない!
太陽高度も月高度も北極星高度も未だに決まらない理由は、前述の1)がまったく成立しないからです。ある観測地において北極星仰角と北極からの距離がわかれば中学レベルの三角関数で簡単に高度などわかるはずです。
ところが、別の観測地では、別の高度になってしまいます。同時に計測しても無駄なことです。太陽、月、北極星は、近距離にはなく、地球は平面ではなく球体だからです。
これ自体がもはや球体の証明なのですが、フラットアーサーの頭では理解できないようです。
その他の星々に関するデタラメ
南半球では真南の一点を中心に星々がぐるぐる回る。。。観測者ごとに!
実はこの一点だけでもフラットアースなど崩壊するはずなのですが、信者はどう考えているのでしょうね。
フラットアースにおいては、地球の外周はすべて「南」です。例えば、オーストラリアと南アメリカは地球平面の反対側になりますが、それぞれの人にとって南とは逆向きです。ところが、観測事実として、真南の空の一点を中心に星がぐるぐる回るのです。
ということは、観測者によって別のものを見ているということにならざるをえないのです。少しでも、東西方向がずれると、真南の方向が違いますからね。これは、どう言い訳しようが無理筋です。
しかし、こういった問題を解決するために、パーソナルドームというバカバカしいものもひねくりだされました。これはまさに、上で述べた「観測者ごとに別のものを見ている」という「仮説」なんだそうです。しかしこうなるともう、「地球の形状どうでもよくね?なんでそこまでして平面にこだわるの?」という感想です。なぜなら、そもそも客観的事実の認識方法がないからです。人が認識可能なのは、常に仮想的なものなので、事実がどうであろうが無関係です。
例えば、オリオン座の設定は無理筋
オリオン座は北半球からも南半球からも見えます。詳細は記事を見てほしいのですが、結論を言えば、地球平面上空にオリオン座を配置することは、どう考えても不可能です。
オリオン座とは、一群の星をギリシャ神話の狩人「オリオン」に見立てたものなのですが、これらの星々をどう配置しようが、観測地によっては必ず歪みが生じてしまうのです。オリオンの上下が長くなったり、短くなったりしてしまうのです。
これも天体が近距離にしか設定できないことが原因です。
- 遠距離に置いてしまうと、世界中のどこでもオリオン座は常に天頂あたりに見えてしまう。
- 近距離であれば、北半球からは成立で、南半球からは倒立で見える。
- しかし、近距離なので、観測位置によっては、星々の見え方に歪みが生じてしまう。
したがって、どうやっても成立しません。不可能です。
グリーソン地図のインチキぶり
さて、平面信者御用達のグリーソン地図というのは、球体説における正距方位図法(AE図法)と言われるものとまったく同じものです。
つまり、「地球儀」をもとにして、その緯度方向の距離だけを同じにし、東西方向を無理やり引き伸ばしたものです。「紙にするために仕方なくそうした」AE図法とは異なり、グリーソン地図は「これが世界の姿だ」と論じてしまうのです。「嘘である地球儀のただのパクリ」が、なんで「世界の真実の姿」になってしまうのでしょうか?
こんなインチキをネタ元として「球体は嘘だ」と論じてしまうような愚か者がフラットアーサーであることは、ここやここにありますので、フラットアーサーの方は自らの愚かさを噛み締めていただきたいと思います。
これは、時刻や北極星や他の星を頼りに世界の形を描いていった先人たちの苦労に対してツバを吐くな行為だと私は考えています。残念ながら、フラットアーサーとは、そういったクズ連中であると結論づけざるをえないのです。
見えるはずのものが見えない!
フラットアーサーは常に、「球体なら見えないはずのものが見えた!だから、平面だ!」とかやってますよね。しかし、こんなものはただの蜃気楼です。たまたま見えただけです。
なぜなら、「平面であれば見えるはずのものが見えない!」事例の方が圧倒的に多いからです。そして、もしそんなものが見えたならば、世界中で大騒ぎになるはずです。
この事実をフラットアーサーはスルーし、「見えないはずのものが見えた!」と騒ぐだけです。頭が悪いですね。
わかりにくいでしょうか?つまり、こういうことです。
- 皆さん「地球は球体だ」と洗脳されているが、真実は平面である。
- しかし、球体なら見えないはずのものが常に見えてしまっているはず。皆さんが写真をバシャバシャとりまくる。
- その写真を見て、「あれ?おかしいな。球体ならこんな場所からこれが見えるはずがない」と気づくやつが出てくる。
- 一度でもそんなニュースが出れば、「我も我も」と、多くが撮影して大騒ぎになる。
メディア側がこういったニュースを流さないと報道管制されていたとしても、現代ではこの秘密を隠せないことはわかるでしょう。SNSで広がり、やはり「我も我も」と写真をアップします。すると、
- これまで教えられてきたことは嘘だった!地球は平面じゃないか!
と、やっぱり大騒ぎになるでしょうね。
重力不存在説
フラットアースでは「重力はない」というのが主流のようです。これもただのテキトーな御都合主義です。この馬鹿げた教義が設定された理由は二つと考えられます。
- 重力があると、様々なものが円盤の中心に集まってしまい、結局は球体になってしまう。
- 球体の裏側にも人が住めてしまう。
ですから、フラットアーサーは「なぜ物は下に落ちるのか」を説明する必要にせまられますが、どれもこれも説明になどなりません。
- 物と空気との密度差(質量)によって下に落ちる
- 密度・質量という言葉の定義に方向の概念は含まれません。そもそも言葉を都合よく勝手に再定義しているのです。
- 浮力によって上にあがる
- 浮力の発生する大前提が重力であることを知らないようです。もし重力でないとすれば、何らかの下向きの力を仮定しなければなりません。電磁力だとすれば、あまりに巨大な電磁場です。お話になりません。
さらに決定的なのは、平面詐欺師エリック・デュベイによるデタラメな説明です。何しろ、一つの短い章の中でさえ論理的整合性がないのです。読者を馬鹿にしています。この説明は穴だらけなのですが、特に重要な点は以下です。
- 真空中で物が下に落ちることを認めている(認めざるをえない)
- 圧力勾配によって「下」という向きができると主張(しかし、圧力勾配ができる理由も、それで「下」が発生する理由もまったく説明なし)
- ところが、真空中では圧力勾配などできようがない。つまり、真空中で「物が下に落ちる」ことを認めているにも関わらず、そこで「下」という方向ができる理由はまったく説明なし。
こんなにテキトーでも信者は疑問も持たずに信じ込むことの証左でしょうね。
フラットアースはそもそも詐欺として始まったのである
フラットアースの始まりはそもそもが詐欺です。
これは、19世紀の元祖フラットアーサーであるロウボサムの言い分を読めば明らかです。「科学や権威を信じず、自分の目で見たものだけを信じる」というZetetic方法論を唱えましたが、その中身としては、
- 結論ありき
- それに都合の良いものを自分の目で見る
- 伝聞であっても都合よければ採用
- 都合悪ければ不採用
その流れを汲む現代の平面詐欺師エリック・デュベイも同様なのですが、彼の場合は特に「常識」を強調しますね。地球が平面なのは常識なのだそうで、上下があることも常識なのだそうです。
しかし、これまで見たように、フラットアーサーという人たちは不都合なものについては一切常識が働かなくなるようです。
そういった矛盾を抱えたままでも平気な人たちを騙すための詐欺がフラットアースというものの本質なのです。





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